8月3日(月曜日)結衣花の勘違い


 八月三日の月曜日。

 あと四日でコミケと思うと、さすがの俺も高揚感を覚えずにいられない。


 通勤電車に乗りながら、俺はスマホで時間を確認する。


「そろそろだな」


 先週はあまり会えなかったこともあり、俺はこの時間を楽しみにしていた。

 ちょうどその時、フラットテンションの女子高生が俺の前に立つ。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 やはり朝は結衣花の声を聞かないと調子が出ない。


 もちろん、さびしいなんて考えてないぜ。

 俺は変化のない毎日を望んでいるだけなのだ。うんうん。


「また来てくれたのか」

「別にお兄さんに会いに来たんじゃないよ」

「ふっ……。俺だって待っていたわけじゃないさ」

「冗談って言ったら嬉しい?」

「そこそこ嬉しい」


 と、ここで俺はあることに気づいた。


「今日は制服なんだな」

「うん、部活だから。しばらく朝なんだよね」


 忘れていたが、学生の部活動って夏休みもがっつりやるんだよな。

 しかも朝練とは辛い。


「CG部でも夏休みに部活するんだな」

「毎日続けないと絵って描けなくなるから」

「へぇ。そういうところは運動部と同じか」

「はぁ……。かよわいCG部員に優しい手を差し伸べて欲しいよ」

「俺の腕でよければ使ってくれ」

「その心遣い、よきだよ」


 壁に背を預けた結衣花は、俺の腕を掴んで二回ムニる。

 夏休みの朝練に落ち込んでいるのではと思ったが、意外と機嫌は良さそうだ。


「それで、研修生さんとはうまくいったの?」

「ああ。作業も一通り終わらせることができた」

「じゃあとりあえず、第一段階はクリアってとこかな」

「まぁな」


 昨日、俺と楓坂はブースや販売品などの最終チェックを終わらせていた。

 あとはメンバー達との段取り決めだが、チームのメンバーは真面目なので心配はない。


 楓坂も仕事には真面目だ。

 仕事限定だけどな……。


 結衣花はわざとらしく「うんうん」と唸った。


「そっかぁ。部屋で一緒にいちゃいちゃ作業をしたんだね。今日からお兄さんも一人前かぁ。さびしくなるなぁ」

「おーい。勝手にストーリーを作るな」


 でたよ。

 結衣花お得意の恋愛こじつけトーク。


 だいたい相手は楓坂だぞ。

 ちょっと胸が当たるとかトラブルはあったが、たいした出来事はなかった。


 あえていうなら一緒に料理はしたが、なにも恋愛要素はなかったはずだ。きっとそうだ。


「俺がそんなことをするわけないだろ」

「うん。できないもんね」

「言い方」

「まちがってないもん」


 ヘタレのレッテルをそろそろ剥がして欲しいんだけど。

 しかも自信満々に間違ってないっていうしさ。


 ここで結衣花は予想外のことを言い出した。


「でもせっかくBL展開を期待していたのに、残念」

「BL?」


 んんん? なんで急にBLの話になったんだ?

 BLって男と男がラブな感じのアレだろ。

 もしかして、研修生のことを男と思っているのか?


 そういえば、ずっと研修生が女とは言ってなかったな。


 怪訝な顔をする俺を見て、結衣花も不思議そうな顔をする。


「その人、男の人でしょ?」

「あ……。ああ」

「ふーん」

「なんだよ」

「別に」


 BLネタで扱われるのは嫌だが、かといって女だとバレれば恋愛トークの犠牲になる。

 このまま男で通しておいた方がよさそうだ。


 だが結衣花はすでに疑いの目で俺を見ていた。


「ねぇ。その人、かわいい?」

「だから違うんだって」

「三秒待ってあげる」

「どっちかって言うと美人系の女性です」


 これ以上、嘘をつき通すのは無理っぽいので素直に話すことにした。

 だって、怖いんだもん。


「もう。私に隠し事なんて、ちょこざいだよ」

「かたじけない」

「よかろう」


 研修生が女性と聞いても、結衣花は不機嫌になるようなことはなかった。

 むしろ機嫌がいい。


 もしかして、俺がおとなしく白状したことがよかったのか。

 うーん。女ごころというものはわからん。


「じゃあ、これ。はい」

「……弁当?」

「うん。今日はカツサンド。後輩さんにビーフシチューを作ってもらったって聞いたから、肉系が好きなのかなと思って」


 さすが結衣花、マジでありがたいぜ。

 実はカツサンドは好物の一つなんだ。


 こうして好みを考えて作ってくれたと聞くと正直に言ってうれしい。


 結衣花が俺のことを考えて……か。

 普段は生意気な女子高生だが、こうして弁当のメニューを考えてくれていると思うと、ジーンとくるものがあるな。


 きっと野菜は少なめで、俺の宿敵であるブロッコリーは入れていないだろう。

 素晴らしい弁当だ。  


「あ、ブロッコリーも入れておいたから」

「残していいか?」

「だーめ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます!

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、楓坂のピンチを笹宮が救う!?

鈍感だけじゃない主人公の活躍回!


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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