8月2日(日曜日)楓坂の訪問
八月最初の日曜日。
楓坂がうちにやってくる日になった。
「さて。そろそろ楓坂を迎えに行ってやるか」
着替えを終えた俺が玄関に向かったとき、コンコン……と外から誰かがノックをした。
こんな時間に誰だ?
訪問販売ならあとにして欲しいのだが。
ドアを開いてみると、立っていたのは……楓坂だった。
「来ちゃったっ♡」
「なに彼女ヅラの口調で言ってんだ……」
ジト目で見るを俺を無視して、楓坂はわざとらしいオトメ演技を始める。
「ひどいわ。こういう時は、『もう待てねぇ!』って叫びながら玄関で押し倒すのがセオリーでしょ。テンプレを無視するとか現代社会をなめてるのかしら?」
「そんなセオリーは世界中のどこにも存在しない」
さらに楓坂は両手を合わせて、わざとらしく驚いてみせる。
「あら。私の読んでいるエロ同人誌なら普通よ」
「だから、その判断基準がおかしいんだよ」
「読む?」
「読まん」
とりあえず楓坂を部屋の中に案内した俺は、簡易のパイプ椅子に座った。
ちなみに、俺がいつも使っているオフィスチェアには楓坂が座っている。
「はぁ……。わずか数秒で疲れ果てたぜ」
「体力を使うのはこれからよ。はい」
そういって渡されたのはノートパソコンだ。
しかも最新機種でスペックもかなり高い。
「ザニー社に許可を貰って借りてきたの。これから図面の最終チェックをするから、あなたは部材の数をチェックして」
「なるほど、了解だ」
ノートパソコンには、コミケに出展する企業ブースの3Dモデルが表示されている。
俺は交通調査などで使うカウンターで、部品の数をチェックしていくことになった。
「これって普通は施工会社がやることだろ。なんで楓坂が最終チェックをやってるんだ?」
「トラブルを少しでも減らしたいの。研修生だけど与えられた仕事はちゃんとしたいのよ」
「へぇ。仕事はまじめにするんだな」
「でも、正直心が折れかかってるわ。慣れないことはするものじゃないわね」
楓坂はぐったりとした表情を作って頬杖をついた。
こいつって背伸びをしようとしているけど、中身は普通の女子大生と大差はないんだよな。
もっと肩の力を抜けばいいのに……。
「そう落ち込むな。俺でよければ、いつでも頼ってくれ」
すると楓坂は黙ってしまう。
今までのパターンならここでキツイ冗談が返ってくるのだが、今日はそれがない。
これではツッコミができないじゃないか。
見ると、楓坂はノートパソコンの画面を見ながら顔を赤くしている。
もしかして照れているのか?
楓坂は顔にすぐ出るからわかりやすいんだよな。
さっき俺が「頼ってくれ」と言ったことが原因だろうか。
……照れる要素ってないように思うのだが。
俺の視線に気づいた楓坂は、ジロッと睨む。
「な……なにかしら……」
「いや……。別に」
「んんん~っ!」
それからしばらく作業を続けていた時、俺にはわからないことが出てきた。
「なあ、楓坂。ここの操作がわからないんだが」
「ああ、ごめんなさい。その部分はややこしいのよ。教えるわ」
楓坂はそう言うと、座っている俺の隣に立ってノートパソコンを操作し始めた。
さすがというべきか、作業がテキパキしている。
そう言えば楓坂って左利きなんだな。
今まで意識していなかったから気づかなかったぜ。
その時、とんでもない出来事が発生した。
ぽにゅん……。
なんだ?
なにかが頭の後ろに触れたような……。
まさか……楓坂の胸か!?
楓坂は左利きだから、右側にあるマウスを触ろうとして胸が当たってしまったんだ!
……ヤバいぞ。
これ以上触れないようにしないと、どんな仕返しをされるかわかったもんじゃない。
「笹宮さん?」
「な……なんだ」
「聞いてましたか?」
「お……おう」
楓坂は小さくため息をついて、さらに近づいた。
「もう一度言いますよ。ここをこうして……クリック。その後ここをクリックです」
「お……おぉ」
おい……。おいおい……。
おいぃぃぃっ!!
俺が必死に体を傾けてるのに、どうして近づいて来るんだ!
次の瞬間――、再び楓坂の胸が俺の頭に触れた。
正確には顔の横側だが、そんなことはどうでもいい。
俺の姿勢も限界だし、ここは楓坂にちゃんと言うしかない。
「お……おい、楓坂」
「なにかしら? 笹宮さんって、はっきり言わないことが多いですよね。ヘタレって感じでかわいいですけど。ふふっ」
いつもの悪役キャラを演じる楓坂は妖艶に笑い、髪を耳にかけた。
「えっとだな……。非常に言いづらいんだが……。その……当たってるんだ」
「……え?」
さっきまで余裕のほほえみを浮かべていた楓坂は急に静かになり、スーッと離れて机の陰に隠れる。
しばらくすると頭を半分だけ出して、半泣きでプルプルと震え始めた。
顔に至っては、見事なまでに真っ赤だ。
「んんんっ~! んんんんんっ~!!」
「すまん……。あやまるから半泣きはやめてくれ……」
やっぱり楓坂って、悪役キャラを維持できないんだよな。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
☆評価・♡応援、すごく励みになっています。
次回、作者がマジ推しするラブコメ回!?
楓坂とクッキング!!
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
よろしくお願いします。(*'ワ'*)
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