7月18日(土曜日)朝の公園で待ち合わせ


 土曜日の朝六時三十分。

 自宅から少し離れた公園で、俺は結衣花を待っていた。


 フォロー力を上げるという事で、犬の散歩に付き合うことになったのだが、どうやらそのワンちゃんはかなりの曲者らしい。


 いちおう、犬は好きだから大型犬でも怖くない。

 だが、あの結衣花が口にするのをためらうくらいだ。

 ここは用心するに越したことはないだろう。


 公園の入口で待っていると、いつもの女子高生が俺を呼んだ。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 今日の結衣花は散歩がしやすいように、Tシャツにジーンズとラフな服装だ。


 おっと。ここで服装を褒めておかないとな。


 俺の褒めるスキルもかなり向上したから、さすがの結衣花も照れたりするかもな。


 ふむ……。それも悪くない。

 たまには結衣花の女子高生らしい表情を拝むとするか。


 こうして俺は、会心の褒めトークを披露した。


「その服、グッドだぜ」

「褒めてくれてありがとう。でも語彙力をもうちょいあげて」


 不思議なことに、結衣花は大きくため息をつく。

 まるで、全然成長してないなと言いたいような表情だ。


「お兄さんってさ。なんでそんなに女子を喜ばせることが苦手なの?」

「今までの人生で必要じゃないスキルだったからな」

「あ、察し。つまり彼女いなかったんだ」


 俺は眉をピクリとさせて、視線を泳がせた。


「い……いたぞ。大学の時に……」


 そうさ。こんな俺にも彼女がいた時期がある。

 だが男という生き物は、昔の彼女のことを話したくないものだ。


 とはいえ、大学時代に恋人がいたと言っておけばリア充っぽいもんな。

 これで結衣花も俺のことを少しは見直すだろう。


 すかさず結衣花は質問する。


「何日で別れたの?」

「俺のことをどんだけ下に見てんだよ」


 ……すでに数日で別れた方向で話が進んでいた。


 結衣花はとことん俺が男として魅力がないと思っているようだ。


 一ヶ月以上も話をしてきた仲じゃないか。

 そろそろ俺の魅力にも気づいていいんだぜ。女子高生よ。


「速攻で別れたみたいに言うな。そこそこ持ったつーの。いくらなんでも数日で別れるわけないだろ」

「へぇ。すごい。昔のお兄さんは今よりマシだったんだ」

「今より……って。……あのなぁ。仕事が忙しくなかったら、ちゃんと彼女を作っているさ」

「それ。モテない人の常套句」


 モテないって言われてしまうと、ぐぅの音も出ない。


 結局、音水との関係も前に進んでいるのかどうかわからないし、そもそも彼女に男がいるのかどうかも聞けないでいる。


 もっとも、俺が音水のことを意識するのは元教育係として不誠実なのだが。


「それで恋人さんとは何年続いたの?」


 俺は結衣花の質問に目を細めた。


「何年……だと?」

「ごめん。何か月続いたの?」


 沈黙する俺に、今度は結衣花が目を細くする。


「……。何週間?」

「……一週間と二日」

「それ、数日だよね」


 そうと言えば、そうかもしれない。

 女子高生からみれば、わずか数日と受け取るだろう。

 だが恋愛とは日数ではないのだ。


 俺は大人の男として、冷静に理由を説明する。


「いいか、結衣花。たしかに日数としては短いが、思い出の時間は永遠なんだ」

「カッコつけてるところ悪いけど、とりあえず元気出して」

「ありがとう」


 結衣花は俺を慰めるように腕を二回ムニった。


 ここで俺は妙なことに気づく。


 今日の目的は犬の散歩だったのだが、肝心の犬がいないのだ。

 辺りを見回しても、犬はどこにもいない。


 おかしいな。

 もしかして犬の散歩というのはウソだったのか?


 まさか! 犬とは俺のことじゃないだろうな!!


 そんなわけあるはずが……、……、あるかも。

 結衣花って時々きついジョークを言うから、十分にあり得る。


 とりあえず、聞いてみるか。


「ところで散歩する予定の犬はどこなんだ」

「もうすぐ来ると思うんだけど」

「そうか、安心したよ。俺が犬になって首輪をされるかと思ったぜ」

「なんでいきなりSMプレイの話になってるの?」


 その時、少し離れた場所から子犬が鳴く声が聞こえた。


「わんわんっ」

「あ、きた。あれが今日一緒に散歩をするワンちゃんだよ」


 結衣花が指さした先には、かわいらしいミニチュアダックスフンドがいた。


 ふりふりとしっぽを振り、コミカルに歩いている。


 なんだよ。普通の小犬じゃないか。

 しかもお利口そうだし、全然怖くない。


 よかった。よかった……って、なにぃぃっ!?


 俺は犬に取り付けられたリードを持つ飼い主を見て、驚愕して青ざめた。


 メガネを掛けた飼い主の女性は俺を見て、あやしくにっこりと笑う。


「笹宮さん。おはようございます」


 現れたのは、なにかとトラブルの中心にいる楓坂だった。


 そうだった……。

 結衣花には研修生が楓坂ということを伏せているんだった……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂きありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、笹宮は無事にワンちゃんの散歩をできるのか!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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