7月18日(土曜日)楓坂とワンちゃんの散歩


 楓坂を補佐することになった俺は、フォロー力を強化することを考える。


 そこで結衣花に進められて犬の散歩を手伝うことになったのだが、その飼い主というのが楓坂だった。


「笹宮さん。おはようございます」

「げっ! 楓坂!」

「あらあらあら。笹宮さんの朝の挨拶は『げっ!』なのですか? うふふ。すごくすごく、おもしろい。……腹パンしていいかしら?」


 いつものように肩出しでデニムジャケットを羽織っている楓坂は、ほほえみながら手でにぎりこぶしを作った。

 こいつ、マジで腹パンするつもりだ。


 そこへ結衣花がフラットな口調で注意を促す。


「もう。二人ともケンカしちゃダメでしょ」

「「はい……」」


 大人しく黙った俺達を見て、結衣花はクスッと笑った。

 まるで俺と楓坂の母親みたいな立ち位置だ。


 俺達のほうが年上なんだけどなぁ……。


「それでお兄さん。今日はワンちゃんを散歩する楓坂さんをフォローして欲しいの」

「え!? マジで!」

「うん。驚いたでしょ」

「衝撃的すぎるんだが……」


 そういえば結衣花って、俺と楓坂が対立していたことを知らないんだった。


 楓坂も俺との関係は結衣花に話していないようだし、次のコミケで一緒に仕事をすることは黙っておいた方がよさそうだ。


 だが……これはきっついなぁ……。

 そもそも楓坂の補佐のためにフォロー力を強化するのに、その練習相手が楓坂ってどうなのよ……。


 結衣花はしゃがみ込み、ミニチュアダックスフンドの頭をなでなでする。


 その隙に楓坂はこちらにそっと近づいて、結衣花にバレないように俺の腕をひじで小突いてきた。


「結衣花さんとせっかく一緒に朝の散歩ができると思ったら、あなたまでいるなんて……」


 楓坂は俺だけに聞こえるくらいの小声で話す。

 めっちゃ近いから恥ずかしいんだけど……。


「俺も楓坂がくるとは思わなかったんだ」

「結衣花さんと早朝デートでも楽しむつもりだったの? さすがエロ宮さんですね」

「なに変な名前を付けてんだ」

「すごく、とってもお似合いですよ」


 こいつ……。

 結衣花と仲良くしたからって、そこまで言う事ないだろ。


 あと、ひじで小突くのやめてくれ。

 くすぐったいんだよ。


「犬の散歩をするだけだぞ。やきもちを焼くな」


 すると楓坂はピクッっと体を震わせて、顔を真っ赤にした。


「ど……どうして、私があなたのことでやきもちを焼くんですか!?」

「俺の事じゃなくて、結衣花のことで焼いているんだろ?」

「……そ。……そうよ。私の中心は結衣花さんよ。あなたじゃないわ」

「ああ、知ってるよ」

「んんんんん~っ!」


 イマイチ会話がかみ合わないが、つまり楓坂は俺なんて興味がないと言いたいわけだ。

 ほんと……結衣花大好き人間だよな。


 ここで楓坂は、さっきから小突いていたひじに力を入れ始めた。


「このっ、このっ」

「てっめぇ、なに力入れてんだ」

「あ、やりかえしましたね。生意気ですよ。駄犬の分際で!」

「誰が駄犬だ。そっちだって恥ずかしくなったら捨て猫モードじゃねえか」

「誰のことを言ってるのかしら」

「お前だよ」


 さっきまでは小声で話していたが、しだいに俺達はエスカレートし、普通の声で話しはじめる。

 まるでガキのケンカだ。


 当然、すぐ傍にいた結衣花が割って入る。


「こーら。二人とも、仲良くしなきゃダメでしょ」

「「はい……」」


 多少の言い合いはあったものの、ワンちゃんの散歩は順調に終えることができた。


 それにしても、ミニチュアダックスフンドってかわいいなぁ。

 俺も飼いたいけど、一人暮らしで出張が多いと難しい。

 残念だが、我慢するしかないか。


 公園をひと回りして散歩を終えると、結衣花が別れの挨拶をする。


「じゃあ、そろそろ私達は帰るね。またね、お兄さん」

「ああ。夏休みを楽しめよ」


 今日から学生は夏休みだ。

 いいなぁ……。青春シーズンじゃないか。

 毎年、この時期は学生に戻りたいと思うぜ。


 続けて楓坂も振り向いて挨拶をする。


「それでは笹宮さん。しばらく会う事はないでしょうけど、せいぜい御達者で。うふふ」

「あ……。ああ……」


 楓坂は長い髪を手で払い、いかにも女王様のように去って行った。


 結衣花が夏休みに入ったので、楓坂はもう俺に関わることはないと思っているのだろう。


 しかし……と俺は思う。


 もしかして楓坂のやつ。

 次のコミケで俺が補佐につくことを知らないのか?


   ◆


 週明けの月曜日。


 ザニー社へ出向いた俺は商談室で、コミケに参加するメンバー達と顔合わせをしていた。


 専務の旺飼さんと、若手社員が四名。

 そして研修生の楓坂だ。 


 初対面の挨拶をする時、楓坂は恥ずかしさで涙目になっていた。


「……は。……はじめまし……て。……楓坂舞……です。……ぅぅ……」

「えっと……。はじめして……。笹宮です」


 土曜日にカッコつけて去ったくせに、週明けにいきなり会うんだもんな。

 そりゃあ、恥ずかしいに決まってる。


 いつもそうだが、楓坂ってイマイチ悪役キャラが板についてないんだよな。


 にしても……、楓坂との「はじめまして」はこれで何度目だ……。



■――あとがき――■

☆評価・♡応援、いつもありがとうございます。

今日も頑張ります。٩(`・ω・´)ォー


次回、楓坂からとんでもない要望が!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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