7月17日(金曜日)フォロー力が足りない!
いつも通りの時間、いつも通りの電車で通勤していた俺は、……大きくため息をついた。
「はぁ……。どうしてこうなった……」
ザニー社の専務・
そこで研修生の補佐をするのだが、その人物というのがトラブルクリエーターの楓坂だった。
旺飼さんは姪の楓坂に社会経験を積ませるため、むりやり研修生として参加させたらしい。
楓坂とはいちおう和解をしているので、会った当初と比べれば関係はそこまで悪くはない。
だが、アイツの行動は予測不可能。
とても補佐できるとは思えない。
無理だ。 補佐する前に捕食される……。
どんよりとした感情にもう一度ため息をついた時、よく知っているフラットテンションの声がした。
「おはよ。お兄さん」
「……。よぉ。結衣花」
いつものように挨拶をするが、結衣花はキョトンとした顔で首を傾けた。
「どうしたの?」
「……たいしたことではないんだが」
「相談してみる?」
正直、誰かに話を聞いて欲しい。
この不安を安心に変える一言を言って欲しい。
だが、これは仕事の話だ。
しかも結衣花と接点のある楓坂が関わってる。
さすがに女子高生に話すわけにはいかないな。
俺は強気を演じてみせる。
「あのなぁ、結衣花。社会人の男が悩みをほいほい女子高生に打ち明けると思うか」
「違うの?」
「当然だ。俺だって成長しているんだぜ」
「そっか。大人って感じだね」
たんたんと答えた結衣花は俺の隣に立ち、腕を二回ムニった。
初めて腕をムニられた時はくすぐったいだけだったが、今はこれだけで安心する。
女子高生に腕をムニられて癒されるなんて、俺もそうとう無理をしていたようだ。
だが、もう大丈夫!
社畜の二十六歳、笹宮和人は以前とは違う!
この程度の問題、余裕でクリアしてやるさ。
ああ! そうさ!
すでに俺には、なにひとつ不安はない!
「……」
しばらく間を置いて、俺はなにげなく結衣花に話題を振る。
「ところ結衣花。雑談なんだが……」
「うん。そうくると思ったよ」
……俺は女子高生に相談することにした。
とはいえ、もちろん楓坂のことを話すわけにはいかない。
できるだけ曖昧に内容を伝えよう。
「実はクライアントから、夏の間だけ研修生の補佐をして欲しいと言われているんだが……」
「へぇ。頼りにされてるんだ」
「ふっ……。まぁな」
自慢げにキメ顔をする俺に結衣花は言う。
「クライアントさん。現実が見えてなくてかわいそう」
「なんでだよ」
ったく、こいつは……。
まだ俺のことをダメ男だと思ってんのか。
そりゃあ……まぁ……。この前のホテルの時は無様な姿をさらしたが、普段はそこそこ頑張ってるんだぜ。
結衣花には、そういうところも見てもらいたいものだ。
「……で、話を戻すが。その研修生というのがトラブルメーカーでな。俺だと手に余りそうなんだ」
すると結衣花は「あー」と納得するように口を開ける。
「お兄さんって、フォロー下手そうだもんね」
「そ……。そうか?」
「だって、今までは後輩さんが合わせてくれていたから、なんだかんだいってうまくいったんじゃない」
「ま……。まあ……それはそうだが……」
「でも次の人は合わせてくれるの?」
「くれない……」
実際、音水がわがままな性格だったら、途中でギブアップしていたかもしれない。
教育係だったとはいえ、実際は助けられている面も大きかった。
だが、次は違う。
楓坂が俺のことを考えて動く可能性はゼロパーセントだ。
むしろ嫌がることをしてくる方が圧倒的に高い。
これは……想像以上にヤバいんじゃないか……。
悩む俺に、結衣花は人差し指を向けた。
「じゃあ、次のお兄さんの目標はフォロー力の強化だね」
「しかし、フォロー力なんてどうやってつければいいんだよ」
結衣花は「う~ん」と唸りながら、天井を眺めた。
「んっ。これかな」
「なにかいいアイデアが思いついたか」
「聞きたい?」
「よし。聞いてやろう」
「言うの、やめようかな」
「聞かせてください」
結衣花はクスッと笑って、こちらを向いた。
「素直でよろしい。じゃあ、犬の散歩をフォローしてよ。待ち合わせは明日の朝六時半に公園でどうかな?」
犬の散歩は簡単なようで、リードと気遣いを使い分けることが大切だ。
これは確かにフォロー力アップに繋がるかもしれない。
「わかった。俺はこうみえて犬が好きなんだ。任せてくれ」
「……」
すると結衣花は、なぜか沈黙した。
なんだ? この間は……。
「急に黙ってどうした?」
「うーん。説明するより、実際に見た方がはやいかなと思って……」
そう言って、結衣花はぎこちなく視線をそらす。
めっちゃ、不安なんだが……。
「……どんな犬なわけ?」
「私の口からはちょっと……」
「狂暴とか、そんな感じか?」
「明日になればわかるよ」
なんだよ、その言い方。
よけい怖いぞ……。
すると、電車が聖女学院前駅に到着する。
ドアが開くと、結衣花は逃げるように外へ向かった。
「じゃあね、お兄さん。明日、公園で待ってるから」
「あ! おい! せめて犬の特徴を」
「きこえなーい」
「聞こえてるだろ!」
いったいどんな犬の散歩になるんだ……。
■――あとがき――■
いつも読んで頂きありがとうございます。
次回、結衣花と雑談中、話題は元カノのことに!?
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
よろしくお願いします。(*'ワ'*)
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