6月26日(金曜日)結衣花とウェディングドレス


 出張中、豪華なホテルに泊まることになった俺は、ロビーで音水を待っていた。

 そこに現れたのは、いつも通勤電車で会う結衣花だった。


「結衣花は楓坂のところにお泊りするんじゃなかったのか?」

「うん。それで旅行を兼ねて来たの。明日は見晴らしのいい景色の撮影予定。こんなにすごいホテルに泊まるとは思わなかったけどね」


 そういえば、新作イラストを作るためにお泊りするとは聞いていたが、どこに泊まるかまでは聞いていなかったか。


 今ならタブレット端末でイラストは描けるし、風景の資料集めのために取材旅行に行くと言うのも頷ける。


 しかし、こんなホテルに泊まるとは、楓坂って結構金を持ってんだな。


「それで、お兄さんはどうしてここに?」

「ああ。俺は昨日言った通り出張だ」

「へぇ。会社の出張って、こんなところに泊まるんだ」

「今回は特別だ」


 とはいえ、楓坂が来ているのか。

 今となっては特にわだかまりはないが、あいつってトラブルメーカーだからな……。なんか起きそうだなぁ……。


 腕を組んで考え込む俺の横で、結衣花は周囲をきょろきょろし始めた。


「どうした?」

「後輩さんって、どんな人かな~っと思って」


 ヤバいな。

 結衣花のことだから音水に会うと、何を吹き込むかわからん。

 上手くごまかそう。


「後輩は今部屋にいるから、ここには来ないぞ」


 よし、これで結衣花の興味は逸れたはずだ。

 ふっ……。完璧じゃないか。


 結衣花は「そっか」と納得した様子で手を合わせる。


「お兄さんの部屋のベッドにいるんだ。はやいね」

「女子高生よ。妄想を抱くのも大概にしろ」

「ごめん。これからなんだね。頑張って」

「なんもしねえよ」


 こんなところまできても結衣花はマイペースのようだ。

 もう少し、慎ましい振舞いはできんのか。


 ……カツン、……カツン。


 よく響くヒールの音が近づいてきた。


 顔をそちらに向けてみると、ウェディングドレスを着た女性が優雅に俺達の前を歩いて行く。


 すれ違いざまに女性は軽く会釈をして、ロビーに併設された教会に入っていった。


「わぁ。綺麗。今から結婚式なのかな?」

「いや。たぶんモデルだろ。パンフレットやサイトに載せる写真の撮影だと思うぜ」


 夜に撮影ということは、他の宿泊客に結婚式場があることのアピールという意味合いもあるのだろう。


 ついガン見してしまったが、決してモデルさんに見とれていたわけではない。ごほん、ごほん。


「……綺麗」


 結衣花は我を忘れたように、そうつぶやいた。

 生意気な女子高生も、こればっかりは圧巻だったようだ。


 めずらしく年相応な反応をしている結衣花を見て、俺はつい嬉しくなる。


「ついでだ。ちょっと撮影を見に行こうぜ」

「勝手に覗いていいの?」

「少し見るだけさ」


 音水が降りてくるまで、まだ時間はある。

 せっかくの機会だ。

 これを逃す手はない。


 こうして俺達は、ロビーのすぐ近くにある結婚式場に向かった。


   ◆


 結婚式場に到着すると、すでに撮影は始まっていた。


 床から壁までガラスで作られた教会で、淡い光が浮かび上がるように照らされている。


 教会のドアは開いたままにされているため、俺達の他にも観客が集まっている。


 まあ、無理もないだろう。


 これだけ綺麗な場所でウエディングドレスを着たモデルの撮影をしているんだ。

 好奇心を抑えきれなくなるのは、むしろ自然というものだ。


「すごいね。夜じゃないと、こんな場面は見れないよ」

「ああ」 


 ……むにっ。


 急に腕を掴まれたので見てみると、やはりそれは結衣花だった。


 彼女の瞳はウエディングドレスを着たモデルときらびやかな聖堂だけに向いているが、どうやら無意識で掴んでしまったようだ。


 すると俺達を見たカメラマンの人が声を掛けてきた。


「そこのカップルさん。よかったら記念に一枚どうですか? スマホを貸していただければ、そちらで撮影しますよ」


 え? カップルって俺と結衣花のことか?


 戸惑う俺に結衣花が話しかける。


「行こ。せっかくだし」

「あぁ……。結衣花がそういうなら……」


 こうして俺達は幻想的な教会の中央で、記念撮影をしてもらった。


 ガチガチに固まる俺とは別に、結衣花はいつも通りの表情だ。


 カメラマンからスマホを返してもらった結衣花は、撮影された画像をみて嬉しそうにしている。


 ちょっと恥ずかしかったが、喜んでくれているならそれでいい。


「お兄さん、ありがとう。なんか得した気分」

「礼を言われるほどのことはしてないさ」

「ん。褒めて遣わす」


 やれやれ。感謝する時すら上から目線なのだから、こいつと付き合う男は苦労するだろうな。


「私、一度部屋に戻るね。じゃあね、お兄さん」


 そう言った結衣花は手を振った後、エレベーターの方へ行ってしまった。


 だが、その歩き方はどこかリズミカルに見える。


「さて俺もロビーに戻るか。そろそろ音水も来る頃だろう」


 再びロビーに戻った時、ちょうど音水がエレベーターから出てくるタイミングだった。


 だが、様子がおかしい。

 俺を見つけた音水は俺の前に走り込んできて、『パアァッ!』と表情を輝かせた。うおっ、まぶし!


「笹宮さん! 大変ですよ!」

「どうした?」

「このホテル、混浴ができるみたいなんです!」


 ……混浴……だと?


 ……。


 混浴だとぉぉッ!!



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、混浴体験をおねだりする音水に笹宮は!?

よろしくお願いします。O(*’▽’*)/☆゚‘

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