6月26日(金曜日)宿泊はどこで?
現地に到着した俺と音水は、タイトなスケジュールに追われながらも、今日こなす仕事を全て終わらせた。
「ふぅ……。さすがに疲れたな」
レンタカーを旅館の駐車場に止めた俺は、運転席でため息を吐いて、ぐったりと車の天井を見上げた。
飛行機で移動し、慣れない土地でクライアントと打ち合わせの連続。
合間の時間で資料を作成しなくてはならないので、休憩時間もなし。
そして、やっと終わったのは午後八時。辺りはもう暗くなっている。
俺がこれだけ疲れているのだから、音水はもっと堪えているだろう。
大丈夫だろうか?
心配して助手席に座る音水を見てみると、彼女は小さくガッツポーズをしていた。
「きったぁぁぁ! いよいよ旅館ですね! 私、楽しみです!」
「お……おう……」
あれ? ずいぶん余裕だな。
というより、仕事している時よりテンション高くないか?
「音水……。なんか……元気だな……」
「はい! 私、暗くなってくるとワクワクするタイプなんです! この時間って大盛チャーシュー濃厚ラーメンが食べたくなりますよね!」
これが若さというものだろうか。
俺だって二十六歳だから若い方だとは思うけど、目の前でこんなに元気な笑顔を見せられると、自分が歳を食ったのだと突きつけられているようで落ち込みそうになる。
とりあえずチェックインするために車を降りて、旅館の入口へ向かった。
いちおう旅館となっているが、見た目は古びた公民館みたいな建物だ。
とはいえ破格の宿泊費で、なおかつ主人がよくしてくれる。
一度泊まるとなかなか離れられないのは、心地よい人情がこの旅館にあるからだろう。
ところが、ここで問題が起きた。
「……おかしいな。人の気配がしない」
旅館の入口で俺は人気が少ないことが気になった。
建物の中からは少しだけ灯りがもれているが、それは営業中とは思えない程度。
「笹宮さん! 見てください! 休業中って書いてますよ!」
「なんだと?」
確かに休業と書かれたボードが入口に掛けられている。
それで客の気配がしなかったのか。
ご主人は年配の人だから、急に体調を崩したのかもしれない。
心配する気持ちもあるが、今はとりあえず泊まれるホテルを探さないといけないな。
そう考えて駐車場に戻ろうとした時だった。
急に旅館の扉が開いて、奥から八十歳くらいの男性が姿を現した。
それは間違いなく、この旅館の主人だ。
「これは、これは。いらっしゃいませ笹宮様。お待ちしておりました」
「ご無沙汰しています。今日宿泊する予定だったのですが、休業されているんですか?」
「そうなんですわ。ワシらも歳じゃから、そろそろ引退を考えておりましてのう」
「そうだったんですね」
旅館の仕事は大変らしいので無理もないか。
一年前に来た時も従業員は雇っておらず、家族だけで切り盛りをしていたもんな。
「じゃあ、俺達は他のホテルを探すことにします」
「いやいや、笹宮さん。待ってくだされ。実は息子がすぐ近くでホテルを経営しておるんですわ」
「息子さんのホテルですか?」
「はい。そこに部屋を用意しておりますんで、そちらを使ってやってください。もちろん料金は予約の時のままで構いませんので」
こうして、俺と音水は主人の息子さんが経営しているホテルに行くことになった。
◆
旅館の駐車場から歩いて三分の場所に、とても大きな高級ホテルがある。
有名なので俺も知っていたが、まさか旅館の主人の息子さんが経営していたとは……。
外にはタクシーが常駐し、正面玄関にはドアマンが立っている。
中に入るとシャンデリアがきらきらと輝く別世界が広がっていた。
「まさか出張で、こんなガチなホテルに泊まるとはな……」
「ラッキーですね」
「ああ。帰る時はご主人に礼を言いに行こう」
チェックインを済ませた後、俺達はそれぞれの部屋に入った。
本当はこの後、コンビニ弁当を買いに行くはずだったが、旅館の主人の計らいで宿泊費に食事も含まれている。
もう完全に赤字だと思うんだが、甘えてしまっていいのだろうか。
いや、ここは甘えることこそ礼儀じゃないか。
そうだ。しっかりと堪能させてもらおう。
部屋に自分の荷物を置いて、私服に着替えた俺はロビーに降りた。
音水と待ち合わせをして食事をする予定だったが、突然のサプライズに舞い上がっていた俺は二十分もはやく到着してしまった。
一度部屋に戻るか?
いや。ここは辺りを見ながら、のんびりと待つとしよう。
今はそういう気分だ。
「それにしても、すごいホテルだな」
俺はすぐ近くに置いてあったホテルのパンフレットを開いた。
ほぉ、このホテルには結婚式場や大浴場もあるのか。
おっと、売店で酒やつまみも売っているぞ。
あとで買っておこう。
すると一人の女性が俺と同じようにパンフレットを手にした。
ミディアムショートの髪型で小柄な体型。
女子高生が好みそうな可愛らしいコーデは胸の大きい彼女によく似合っている。
俺の方を見た彼女は、いつものフラットテンションで挨拶をしてきた。
「こんばんは。お兄さん」
「よぉ。結衣花」
突然のことに理解が追いつかず、俺はとりあえずパンフレットを見た。
結衣花も同じようにパンフレットを見る。
しばらく沈黙が続いたあと、結衣花が訊ねてきた。
「聞いていいかな」
「無論だ」
「これ、どういう展開?」
「俺が知りたい」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
なぜか出張先に現れた結衣花。
次回、結衣花とウェディングドレス!?
よろしくお願いします。O(*’▽’*)/☆゚‘
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