6月26日(金曜日)空港


 金曜日。

 今日から二泊三日の出張だ。


 空港に到着した俺はチケットの手続きを済ませ、搭乗ゲート前に備え付けてあるベンチに座っていた。


 すると、小さめのスーツケースを手にした音水がやってくる。


 彼女は俺を見つけるや否や、きらりと瞳を大きくして、最高の笑顔へ。

 子猫のように駆け寄ってきた音水は、おもいっきり頭を下げた。


「笹宮さん、おはようございます!」

「ああ、おはよう。音水」


 空港でそんなに気合を入れた挨拶をする人はめずらしいだろうが、音水のような可愛い無邪気さならむしろウェルカムだ。


 ひいき抜きで考えても音水は可愛い。

 スーツ姿なのにその魅力が半減されないのは、外見だけでなく彼女が持つ明るい雰囲気もあるのだろう。


 だが、俺以外の男どもが頭を撫でてやりたいと思うかもしれん。

 それはあまり気分がよくない。けしからん。


「隣、座りますね」

「ああ」

「んっふふ~。笹宮さんの隣は、やっぱり私じゃないとダメですね」

「好きにしてくれ」

「はい。好きにずっと隣にいます」


 ここに結衣花がいれば、「これは恋の告白だね」と言うに違いない。


 だが音水は無自覚でこういうことを平気で言うのだ。

 もしかすると勘違いして玉砕を喰らった男がいるのかもしれん。


 俺ももし教育係という立場がなければ、速攻で自分に気があると思っていただろうな。


 やれやれ……。無自覚系というのは、これだから困る。


 だが……まぁ……。それでも嬉しいと思ってしまうのだから、俺も不甲斐ない。


「ところで笹宮さん。空港の売店って、変なお土産が多いですよね」

「そうだな」

「さっき、変わったお菓子が売っていたんで、つい買っちゃいました。ほら、見てください」

「ほぅ。どんなものだ?」


 音水が取り出したのは、よく見かけるチョコチップクッキーで、個包装されたクッキーが六個ほど入ったものだ。

 もしお菓子だけなら、コレのどこが変わっているのかと思うだろう。


 しかしだ。

 商品タイトルに注目した俺は絶句した。


 その名は――、浮気男・撃滅クッキー!!


 しかもイラストの男は顔面ボコボコにされて、泣きながら土下座をしている。


 なんちゅうシュールな菓子だ……。


「どうです? これ、可愛いと思いません?」

「全然思わん」

「笹宮さんにも一個あげますね」

「お……おう。ありがとう」


 常々思うのだが、女の可愛いって使い方は間違ってないか……。絶対に間違ってんだろ。


 浮気男・撃滅クッキーを持ったまま音水を見ると、なぜか彼女はにっこりと笑った。


 なんだろう。

 遠回しに、なにか警告を入れられたような気がする。


 しかし……と、俺は時間を確認して辺りを見回した。


 すでに集合時間になっているにも関わらず、他のメンバーが来ない。どうしたのだろうか。


「皆さん、遅いですね」

「……ああ」


 出張メンバーは全員で五人。


 俺と音水以外に別チームのメンバーが来るはずなのだが、すでに待ち合わせ時間は過ぎている。


 一人だけならともかく、三人も揃って遅れるのはおかしい。

 もしかして、俺達が集合場所を間違えたのか?


 心配になった俺は一緒に行く予定だった先輩社員にLINEを送る。


 間もなく、先輩社員が折り返しで電話をしてきた。


「ぃよっぉ! 笹宮! なぁ~んだ? 飛行機に乗るのが怖くて、出発前に俺の声が聞きたいってかぁ。可愛いねぇん」


 この元気が良すぎるくらいの人が、俺の先輩で別チームのリーダーを務めている紺野さん。

 ウルフカットの髪型が特長のやり手社員だ。


「いえ、そうではなくて……。紺野さん達のチームも一緒に出張ですよね」

「んぁ? もしかして、聞いてないのか? 昨日、俺んとこのチームがトラブってな。出張に行けなくなったんだ」

「……そうだったんですか」


 イベントの仕事はとにかくトラブルが多い。

 その日になってスタッフが来ないというのはよくあることだし、機材が当日になって故障することもある。


 出張を取りやめてまでというのだから、もしかすると夜通しで対応に追われていたのかもしれない。


 しかし紺野さんは元気に笑っていた。


「まあ、こっちはなんとかなりそうだ。心配すんな。んっじゃな!」


 まったく疲れを感じさえない様子で挨拶をした紺野さんは、電話を切ってしまった。


 となると、五人分の仕事を二人でしなくてはいけないわけか。


 現地のスタッフや会場となる店舗への挨拶周りから始まり、意見のすり合わせをしてマニュアルを修正。さらに補足の追加。


 かなり時間を切り詰めないとこなせない。

 これは大変だ。


「あのぉ……、笹宮さん」


 なぜか音水はおずおずと訊ねてくる。

 紺野さん達が急に来れなくなって心配しているのだろう。

 ここは頼れる先輩として、安心させてやらないとな。


「大丈夫だ。少し時間はタイトになるが、スケジュールを調整すればできなくはない」

「あ……、えっと……。仕事もそうなんですけど……」

「どうした?」

「私達。今日と明日は二人っきりで宿泊するんですね」

「あ……」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・応援を頂けて感激しています。(涙)


次回、旅館先でやっぱりハプニング!?

だってラブコメだもの。


よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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