6月24日(水曜日)どうして見ているの?


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 翌日の朝。

 通勤電車に乗っていると、いつもの調子で結衣花が挨拶をしてきた。


 思えば結衣花と出会って三週間になる。

 もっと長い付き合いのように感じるのは、俺がこの時間を楽しんでいるからだろう。


 彼女はこちらの様子を伺うように顔を覗き込んでくる。


「どうだった? 仕事は上手くいったの?」

「まあまあだな」

「悪女さんはやっつけた?」

「どうだろな。たぶん、仲直りできたかもしれん」

「んん? なにそれ」


 月曜日のプレゼンで、楓坂は俺達の提案を推してくれたのだ。


 突然味方をしてくれたことには驚いたが、楓坂がいなかったら音水を助けられなかっただろう。

 どういう心境の変化があったのかはわからないが、次にあったら礼を言っておかないとな。


 プレゼンも勝ち取り、部長の問題も解決した。

 これで音水の教育期間を無事に終わらせてあげられる。


 いろいろなことがあったが、とりあえず一件落着と言ったところか。


 ふと隣をみると、結衣花がじーっと俺の方を見つめていた。


「なんだよ」

「……別に」


 そう言うと、結衣花は前を見る。


 また俺をからかおうとしているのか?


 もっとも、俺だってレベルアップした。

 たとえどんなふうにからかってこようと、そう簡単には動じないぜ。


 からかわれることを受け入れている俺もどうかと思うが……。


 気が付くと、また結衣花が俺の方を見ていた。

 今度は気づかれないように横目で見ていたが、俺と目が合うとすぐに視線をそらす。


 ……どうも、いつもとは違うみたいだ。


「おい、結衣花」

「なに?」

「なんでそんなふうに見るんだよ」

「見てないよ」

「めっちゃ、見てたじゃないか」

「視界に入っただけだから」

「目が合っただろ」


 結衣花は俺の腕を三回ムニって、言いづらそうに答える。


「お兄さんが、なんか変わったと思って」

「どんなふうに?」

「なんか男の人って感じになったから」

「ずっと男だが?」

「そうじゃなくて。んー。もういいや。お兄さんに言っても伝わんないだろうし」

「なんだよ、その言い方」


 結衣花からすれば、やはり俺は子供のように見えるという事か。

 ったく、こっちは結構おまえのこと信頼しているんだぜ。

 もう少し、対等に見てくれてもいいんじゃないか?


 しばらくすると電車は聖女学院駅前に到着。


「じゃあね、お兄さん」

「ああ」


 結衣花は手を振った後、電車を降りる。


「さて……と……」


 壁にもたれた俺は腕を組んで窓の方を見ようとした。


 すると、さっきまで結衣花がいた場所に別の女性が立つ。

 巨乳が印象的なメガネ美女、楓坂舞だ。


「ごきげんよう。笹宮さん」

「いたのか。楓坂」

「電車に乗っていたら、偶然見かけたので声を掛けさせていただきました」

「うそつけ。待ってたんだろ」


 相変わらず口調は柔らかいが言葉にトゲがある。

 この前のプレゼンでは助け船を出してくれたが、完全に気を許してくれたわけではないということか。


 楓坂はつまらなさそうに電車の天井を眺めている。

 いったい何を考えているのだろう。


 とりあえず、助けてくれた礼を言っておくか。


「プレゼンの時は助け船を出してくれて助かった。ありがとう」

「単純にパワハラが嫌いだっただけです。それに笹宮さん達の提案が優れていたのは明白でしたわ」


 言い方がとげとげしい。

 こっちは一昨日の一件で、できれば仲直りしたかったんだが……。


 もっとも楓坂の目的は結衣花と俺を引き離すことだから、自分が負けたと思っているのかもしれない。


 ……いや、待てよ。そうじゃないとしたら? 


「もしかして……、今のは照れ隠しというやつか。別に素直になっていいんだぞ」

「あらあら。どうして私が照れないといけないのかしら。すごくすごく滑稽な人」


 楓坂はそういうと、わざとらしくニッコリ笑って天井に視線を戻す。


 少し経つと、またこちらをチラリと見て、視線を戻す。

 さらにもう一度、こちらをチラッと見て、サッと視線を天井に戻した。


 しばらくすると、カアァっと彼女の顔は赤くなっていく。


 はっは~ん。

 やっぱりさっきのは照れ隠しか。


 俺が心の中でニヤニヤしていることに気づいたのか、楓坂は恨めし気にこちらを睨み、瞳をうっすらと潤ませた。


 さては恥ずかしいと泣きそうになるタイプだな。

 案外、かわいいところがあるじゃないか。


「なにかしら?」

「いや別に」

「見てましたよね」

「視界に入っただけだ」


 よほどお気に召さなかったのか、楓坂は唇を逆U字にして怒っている表情を表す。

 いや、拗ねているというべきなのかもしれない。


 そういえば以前ファミレスで結衣花は、楓坂は正義感が強いというニュアンスで話していた。


 たまたま俺とは対立してしまったが、元からパワハラや理不尽なことを許せない性格なのだろう。


 電車のアナウンスが次の駅に到着することを知らせた。


「も、もう次の駅だから降りるわ」

「この前降りた駅と違うけどいいのか?」


 すると楓坂はこちらをじっと見る。

 さっきまでのいじけた様子とは違い、どこかさびしそうな雰囲気だ。


「……。笹宮さんは、もう少し話がしたいの?」

「会社まで暇だから話し相手がいてくれると助かるな」

「そ……そう。なら仕方ないわね」


 一度離れようとした楓坂は再び俺の隣に立ち、今度は日常の雑談を話し始める。


 その内容は普通の女子大生が話していそうな内容だったが、初めて年相応の楓坂を見れた瞬間でもあった。


 さて、次は七夕キャンペーンの準備か。

 忙しくなりそうだ。



■――あとがき――■

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次回から新展開!出張編がスタート!!

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