6月23日(火曜日)笹宮の勝利報告


 プレゼン翌日の午後。

 俺達は会社でプレゼンの結果報告を待っていた。


「もうすぐですね。緊張します……」

「そんなに硬くなるな。大丈夫さ」

「笹宮さんってこういう時でも肝が据わってますよね。私ももっと強くならないと」


 音水は俺の事を褒めてくれているが、本音を言うとドキドキしている。


 今回の七夕キャンペーンは、他府県を跨ぐ大きなプロジェクトだ。

 この結果が会社に与える影響は大きい。


 やれることはやった。

 さて……、どうなるか……。


 プルルルル……。


 俺のスマホに着信が入った。

 クライアントの女性担当者からだ。


 電話に出ると、女性担当者はこちらの緊張を察したのかクスッと笑う。


「待たせたわね。今回の七夕キャンペーンは、笹宮君たちに任せることにしたわ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「企画はもちろんだけど、私は笹宮君を高く評価しているわ。このイベントが成功したら、次の仕事も任せるつもりよ。だから頑張ってね」

「はい!」


 電話を切り、俺は音水の方を見た。

 すでに俺の様子で察しているとは思うが、それでも彼女は俺の口から結果を聞こうとじっと待っている。


「今回のプレゼンは俺達の勝利だ!」


 俺がそう言ったと同時に、営業部の社員達が喝采を上げた。


「マジかよ! すげえ!」

「ってことは、各地のスタッフと調整が必要だな! 一気に忙しくなるぜ!」

「おい、笹宮! 俺達にも仕事を振れ! 全員で協力するぞ!!」


 全員のテンションが上がる中、音水は呆然としていた。


 彼女にとっては初めて勝利したプレゼンだ。

 まだ実感がないのだろう。


「笹宮さん……。私達、勝ったんですか?」

「ああ」

「成功ってことですよね?」

「そうだ。この企画にはおまえのアイデアも入ってるんだぞ。もっと喜べ」


 すると音水は最高の笑顔で、俺の腕に抱きついてきた。


「やったー! やったー! 私、嬉しいです! すごく嬉しいです!!」

「お……、おい。音水! ちょっと……」


 普段は誰も見ていないから腕を組んでも放置していたが、今はみんながいるんだぞ。


 焦りながら周囲を見渡すと、やはりニヤニヤとこちらを見ている社員達がいる。


 こりゃあ、あとでいじられそうだ。


「貴様ら、うるさいぞッ!!」


 突然、不機嫌そうに営業部のドアを開けて中年の男が入ってきた。

 カエル顔が特長で、なにかと音水に嫌がらせをしてきた部長だ。


 すでに昼近くだというのに、今さらの出勤かよ。


「ふん! たかがプレゼンひとつ通ったくらいで浮かれおって!」


 ズカズカと近づいてきた部長は、俺を間近で睨みつけた。


「おい、笹宮! いつもいつもワシの邪魔をしおって! 部長権限でお前も音水もクビに追い込んでやる!」


 邪魔と言うのは、プレゼンのときに音水の悪口をクライアントに吹き込んだことだろう。


 こういう場合、適当に話を合わせてスルーするのが賢い会社員というものだ。

 昔の俺なら、きっとそうしていただろう。


 だが、今回ばかりは黙っているつもりはない。


「なに言ってるんですか。あんたはもう部長じゃないんですよ」

「は?」

「社長が朝礼で、あんたの役職の剥奪と謹慎を発表したんです」

「バ……バカな! ワシは社長の息子だぞ!」


 俺は営業部の壁を指さす。


 そこには部長への処罰と、今まで社員に迷惑を掛けたことについて社長が謝罪する一文が記載されていた。


 部長は信じられないという表情でよろめく。


 今までの嫌がらせは業務上の注意を装っていたうえ、音水がパワハラとして訴えるつもりがなかった。

 そのため俺の立場では動くことができなかった。


 だが、今回は違う。


 わざわざクライアント先に電話をかけて、業務妨害を行ったのだ。

 証人も証拠も十分に揃っている。


 俺はこの事を社長に相談し、こうして部長に引導を渡すことができたというわけだ。


 部長は苦虫を嚙み潰したような顔で、俺の胸ぐらをつかんで叫ぶ。


「……ぐ! ……ぐぐぐ! ……どうしてだ! どうしてお前はそこまでして音水の肩を持つ! 以前のお前は他人に無関心だったじゃないか!!」


 その問いに、俺は淡々と答えた。


「知人から無愛想なところを変えろってアドバイスをもらったんですよ。そのおかげですね」


 部長は顔を真っ青にし「バカな……。バカな……」とつぶやきながら帰っていった。

 もう部長が音水にちょっかいを出すことはできないだろう。


 乱れたスーツを整えていた時、すぐそばにいた音水が話しかけてくる。


「笹宮さん、いつもありがとうございます……。私……やっと……」


 どれだけ厳しく注意されても全部自分のせいだと言っていたが、やはり怖かったのだろう。


 安心させてあげたいという気持ちもあり、俺は音水の頭を撫でた。


 その様子を見ていた営業部の社員の一人が、イタズラっぽい口調で叫ぶ。


「おいおい! おまえら、いつまで腕を組んでるんだよ! まだ仕事中だぞ!」


 さっきまで黙っていた営業部のメンバーは、揃って笑い声をあげた。


 やべぇ……。完全に二人の世界に入っていたぜ。


「すまん、音水。すぐに離れる」


 とは言ったが、腕を掴んでいるのは音水だ。

 俺の意思では離れることはできない。


「……音水。……離してくれないか」


 すると彼女は、


「は……離れたくありません!」

「なぜだ!」

「なぜでしょう!!」

「クイズか!!」

「私もわかりません!!」

「マジか!!」

「マジです!!! どうしましょう!!」

「俺が聞きたい!!」


 恥ずかしさでパニくった俺達のやり取りに、営業部のメンバーはさらに大声で笑った。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


今回は伏線回収など、特にこだわりを持って仕上げた話になります。


よろしければ【☆☆☆】評価や感想を頂けますと、今後のモチベーションに繋がります。

何卒、よろしくお願いします。(o*。_。)oペコッ


次回、通勤電車で彼女が!?

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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