6月20日(土曜日)ファミレス


 待望ではない土曜日がやってきた。


 天気は俺の心情を表すような曇り模様。

 いっそのこと嵐が来て今日の予定がなくなればと思ったくらいだが、仕方あるまい。


 落ち着いた雰囲気のファミレスに入ると、結衣花と楓坂が並んで座っていた。


 結衣花は可愛いワンピースの私服、楓坂は以前と同じようにデニムジャケットを肩出しで羽織っている。


「お兄さん、紹介するね。この人が私の先輩で楓坂さん」

「はじめまして、笹宮さん。いつも結衣花がお世話になっています」

「は……はじめまして……」


 いったい何度目のはじめましてだ……。


 楓坂はというと、上っ面のお嬢様口調で話し始めた。


「詳しいお話は聞いておりませんが、結衣花さんが言うには悪女の嫌がらせでキャンペーンの仕事が受注できないかもしれない……と。それでよろしいですか?」


 楓坂は自分が悪女と言われていることに当然気づいているだろう。

 知っていて、わざとこのように尋ねているのだ。

 怖い。


「ま、まあ。そうだな」


 すると楓坂は紅茶をティースプーンでゆっくりと混ぜながら優しく答えた。


「そうですわねぇ。世の中には全力で頑張ってもダメな時ってあると思います。でも、だからこそ頑張ることに意味があるんじゃないかしら」


 直訳すると、『どんなに頑張っても落としてやる』と言いたいようだ。


 隣に座っていた結衣花が会話に入ってくる。


「でもひどいよね、その悪女さん。仕事の邪魔をするなんて」

「……ああ」

「私、そんな大人になりたくないなぁ」


 楓坂の方をチラリとみると、気にしないようにすました顔をしている。

 だが唇がわずかに震えている。

 どうやら精神的ダメージは受けているようだ。


 耐えかねたのか、楓坂は反論に出た。


「でもね、結衣花さん。その悪女さんにも理由があるんじゃないかしら」

「そうかな? ただの陰湿な嫌がらせだと思う。楓坂さんならそんな人、絶対に許さないでしょ?」

「そ……そうね」


 楓坂は必死に表情を作っているが、俺から見ると明らかに顔が引きつっていた。

 かなり無理をしているな。


 ここでさらに、予想外の事態が発生した。


「お兄さん。ポテト食べる?」

「ああ。じゃあ、もらおうか」

「たべさせてあげる。はい、あーん」


 また餌付けシチュエーションかよ。

 しゃあない。パクっと食べるとするか。


 あれ?


 そういえば音水の時は抵抗感があったが、結衣花の時は普通に食べられるな。


 なんでだろ? まあいいや。ポテトうまいぜ。


 ポテトを飲み込んだ時、斜め前に座っている楓坂の顔が見えた。


「んんむむむむむむむっ!!」


 楓坂はスプーンを持った手を震わせながら、こっちを半泣きで睨んでいた。


 ……しまった。


 結衣花のために、わざわざ俺に会いに来るようなやつだ。

 こんな場面を見たら、怒るに決まっている。


 っていうか、こいつ……。

 いじけると子供みたいな顔をするんだな……。


 楓坂は気持ちを切り替えてニコリと笑い、結衣花と距離を詰めた。 


「結衣花さん。私もポテトを食べたいなぁ」

「うん、いいよ。はい」


 そういって、結衣花はポテトの皿を楓坂に差し出す。


 だが違うんだ、結衣花。

 楓坂はポテトが欲しいんじゃなくて、結衣花に食べさせて欲しいんだ。


 寂しそうにポテトをかじる楓坂は、また半泣きになって、


「んんっんむむむむっ!!」

 

 と唸って俺を睨んだ。


 いやいやいや!

 食べさせてもらえなかったからって、俺のせいじゃないだろ!


 結衣花は楓坂の反応の意味がわからず、きょとんとしている。


 と、ここで結衣花のスマホに着信が入った。


「あ、ごめん。友達が電話してきたから、ちょっと席を外すね」


 そう言い残して、結衣花はそそくさと店の外へ行ってしまった。


 取り残された俺は、問題の元凶である楓坂と二人っきりになる。

 もちろん話すことはなく、しばらく沈黙が続いた。


 きっついな……、この沈黙……。


 すると楓坂は紅茶をティースプーンで混ぜ、落ち着いた口調で話をし始めた。


「笹宮さん。紅茶はお好きかしら?」


 突然何を言いだすのだと思ったが、とりあえず話を合わせておこう。


「まあ、普通かな」

「私はとっても好き。こうして香りを楽しんでいるだけでも心がとても落ち着くわ」

「その気持ちはわかるぜ」


 変なやつだと思っていたが、意外と普通の感性があるようだ。

 結衣花のことがなければ、どこにでもいる女子大生なのだろう。


 揺れる紅茶の水面を眺める楓坂は、どこか穏やかな表情をしている。


「この店、いい雰囲気よね」

「そうだな」

「癒される」

「ああ。いい店だ」


 リラックスした様子の楓坂は両手でティーカップに触れた。


「私ね……。今、目の前にいる男のお尻にスプーンをぶっ刺して、窓を突き破って走った後、畑に頭をつっこんで逆立ちしながら絶叫したい気分なの」


 どんな状況だよ!!


 つーか、その男って俺だよな!

 尻にスプーンとか、どんだけ俺のことが嫌いなんだよ!!


「そんな私をダージリンの香りが包んでくれる。癒してくれる。それってすごく素敵な時間じゃないかしら」

「俺は逃げ出したい……」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


次回、楓坂がとんでもないお願いを!?

よろしくお願いします。(*’▽’*)

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