6月19日(金曜日)結衣花の名案


『次のプレゼン楽しみですね。笹宮さんの無駄な努力を見れそうで、すごくすごく楽しそう』


 楓坂からのLINEを見て、俺は深いため息をついた。


 プレゼンの審査員に楓坂が参加することになった。

 やはりというべきか、楓坂は俺の邪魔をするつもりのようだ。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 通勤中、いつものように結衣花は声を掛けてきた。

 彼女の淡々とした挨拶を聞くと、一日が始まるという実感が湧いて来る。


 もしかすると結衣花もそう考えているのだろうか。

 だとすれば可愛いと思うが……、まぁ……ないな。


「おや? お悩み中かな」

「まだ何も言ってないのに、なんで上から目線なんだ」

「だってお兄さんだし」

「俺のカースト、もう少し上げてくれよ」


 相変わらず遠慮なしのセリフだ。

 淡々としているので余計心に刺さる。


 だが結衣花のことだ。

 ここで首を突っ込んでくるに決まっている。


「また何かあったの?」

「そうだな。あったかと言えば確かにある」

「話してみて」

「そこまでのことじゃない」

「そっか」


 と、結衣花はそれ以上深く聞いてこなかった。


 仕事のことなのでむやみに話せないし、楓坂が関わっているため、結衣花に話しづらいという事もある。


 だが、いつもの結衣花ならグイグイくるのに、今日はやけに物分かりがいい。

 予想外の反応だったので、調子が狂う。


「今日は詮索して来ないんだな」

「話したくないことを無理に聞いても仕方ないしね」

「……そうか。そうだよな」

「うん」

「だよな……」


 確かにそうだ。

 俺だって仕事の話をほいほい部外者に話すわけにはいかない。

 うん、これがお互いにとってベストなのだ。


 しかし、構ってもらえないというのは少し寂しい気がする。


「あー。ところで結衣花。世間話なんだが」

「結局話すんだ。うん、いいよ」

「たいしたことじゃないんだが」

「うんうん、そうだね。それで?」


 君のことは何もかもわかっているよという態度が鼻につくが、とりあえず話せる範囲で相談してみよう。


「実は悪質ハッカーみたいなサイコパス女に嫌われてしまってな。仕事を邪魔されそうなんだ」

「うわぁ。絵にかいたような悪女だね」


 その悪女というのは結衣花、お前の先輩なんだがな。

 とはいえ、さすがにその部分は隠しておこう。

 バラされたと知ったら、楓坂が何をするかわからん。


「そういえば、お兄さんってどんな仕事をしてるの?」

「ああ、言ってなかったな。イベントキャンペーンを請け負う広告代理店だ」

「もしかして、コミケとかあんな感じの? お兄さん、やるじゃん」


 おそらく初めて、結衣花は俺に興味を示すような態度を見せた。

 まあ、普通はイベントって聞くと、コミケのような派手なものをイメージするだろう。


「期待を裏切って悪いが、主にやるのはスーパーと家電量販店の販促キャンペーンだ」

「店先でルーレット回したりしてるアレ?」

「そう。アレだ」

「……なんか地味」

「みんな、そういう反応するんだよな」


 やることはルーレット以外にも、金魚すくい、輪投げ、着ぐるみに入ったり等といろいろある。

 とはいえ、地味なことに変わりはないか。


 結衣花は人差し指で子あごをトントンと叩きながら考えている。


「嫌がらせを防ぐ方法かぁ。う~ん。その悪女さんは、どんなことをしている人なの?」


 楓坂の仕事内容か。

 ブイチューバーって言ってしまうと、悪女が楓坂とバレてしまうかもしれないな。

 ここは無難な内容で伝えることにしよう。


「そうだな……。デジタルコンテンツ作りに関わっているやつだ」


 ――すると結衣花は「ん」っと呼吸を切った。


「それかな」

「ひらめいたか」

「いいアイデアがあるけど聞く?」

「聞かせて頂こう」


 くるりと俺をみた結衣花の瞳には自信が満ちていた。

 これは期待できそうだ。


「えっとね、私の先輩がデジタル系に詳しいの」

「……結衣花の先輩?」

「うん。だから相談に乗ってくれると思うよ」


 いや、待て。

 それってまさか楓坂のことじゃないだろうな。

 だが、先輩といっても一人じゃないだろう。

 もう少し深く聞いてみるか。


「……どんな人なんだ?」

「アウトレットモールに一緒に行った人だけど、うーん。どんな人って言われると破天荒かな」

「……名前は」

「楓坂さん。最近はVtuberをやったりしてるからデジタル業界に詳しいと思うよ」


 はい、確定しました。

 結衣花から見れば頼りになる先輩なんだろうが、その本人が今回の問題の発端になってるんだ。

 せっかくの提案だが断るしかない。


「結衣花の気持ちは嬉しいが……、さすがに先輩を巻き込むのは悪いから……」

「あ、ごめん。もう連絡しちゃった」

「しちゃいましたか」


 俺が断りを入れるよりも早く、結衣花はLINEを楓坂に送っていた。

 女子の入力スピードってなんでこんなに速いんだよ。


「明日に会おうだって。土曜日だけど時間取れる?」

「……ああ」


 楓坂からの返信がどんな文面なのかわからないが、間違いなく怒っているだろう。

 こえぇ……。


「じゃあ私の家の近くにファミレスがあるから、そこで待ち合わせね。時間は十一時でいいかな。ランチもおごって欲しいし」

「おごりは俺持ちだよな?」

「それ答える必要ある?」

「おごらせて頂きます」

「よろしくね」


 休日を潰して楓坂にまで飯をおごることになるとは……。

 もう、波乱の予感しかしない……。



■――あとがき――■

☆評価・フォロー・応援、いつも励みになっています。

ありがとうございます。


次回、ファミレスで修羅場!?

よろしくお願いします。(*’▽’*)

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