6月18日(木曜日)思い出が欲しいんです


 木曜日。

 俺と音水は次のプレゼンのためにクライアントである、スマホ製造メーカーを訪れていた。


 今進めている七夕キャンペーン企画は、この会社のスマホを販促することが目的だ。


 どうしても日本のスマホは海外製品に押され気味ということもあり、この辺りで形勢を変えたいという狙いがあるのだろう。


 応接室で俺達は、メーカーの女性担当者と打ち合わせをしていた。


「笹宮君の仕事は、いつもトラブルが少ないから助かるわ」

「そう言ってもらえるとありがたいです。次のキャンペーンは是非、私達の会社に委託してください」

「ふふふ。プレゼンは公平に審査するから、あまりおねだりしないでね」


 クールビューティーという言葉が似合う女性担当者は色気を振りまきつつも、油断は見せない。

 かなり仕事ができる人だと、この会話だけでもわかる。


 しかし、感触は良好のようだ。


 音水はこのプレゼンの結果次第で、部署に残れるかどうかが決まる。

 絶対に落とすわけにはいかない。


 すると女性担当者に外部から連絡が入った。


「ごめんなさい。ちょっと席を外すわ」


 上品に立ち上がった女性担当者は、まるで雲の上を歩くように応接室を出て行く。


 女性担当者のきれいな腰から脚のラインは、正直にいって魅力的だと思う。


 おっと。いかんいかん。

 やましい感情は仕事に悪影響だ。

 俺はどんな時でも、感情に流されないクールな男なんだぜ。


 すると隣に座っていた音水が、俺の脇腹をつんつんしてくる。


 見てみると、わざわざ目を合わせてから「ふんっ!」と言ってそっぽ向く。


 しばらく待っていると、またこっちを見てそっぽを向く。


「……おい、音水。なんなんだ」

「笹宮さんって、ああいう綺麗な人が好きなんですね」

「別にそんなこと考えてないって」

「さっきの人、腰から脚のラインが綺麗でしたよね~~~~~~~~~~~~」

「……」


 まさかバレていたとは……。


 確かに見たけどさ、ちらっとだけだぞ。

 むぅ……。ここはフォローを入れておこう。


 慎重に言葉を選んだ俺は、真面目に答えた。


「俺が見ているのは、かわいい後輩だけだ。それ以外に興味はない」


 決まったな。

 昨日やっていた海外ドラマのセリフを少しアレンジしてみた。


 実際、俺の最優先事項は音水の教育係をまっとうすることだ。

 これで俺の誠意は伝わっただろう。


 そう考えて音水を見てみると、


「ほぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ……よくわからないが、顔を真っ赤にし、口を大きく開けて、全身を震わせていた。


「……すまん。俺のセリフが変だったか」

「い……いえ!だ……だいじょうぶ……れしゅ!」


 おかしい。ドラマでは言われた相手は喜んでいたのに……。

 アレンジの仕方を間違えたか?


「あの……。笹宮さん。お願いがあるんですが……」

「どうした?」

「その……。思い出が……欲しくて……」


 音水がこんなふうにお願いを言うのはめずらしい。

 よほど大切なことなのだろう。


 しかし思い出が欲しいなんて、なんだか意味深だな。

 いったいどんなお願いなんだ?


 音水は言う。


「打ち合わせ用に録音しているボイスレコーダーですけど、しばらく私が保管していいですか?」

「ぼ……ボイス……レコーダー……」


 見ると、テーブルの上にボイスレコーダーがあり、録音ランプがしっかりと光っている。


 そういえば音水は、打ち合わせの時はいつもボイスレコーダーを使っていた。

 この打ち合わせが始まる前にも、女性担当者に確認を取っていたっけ。


 しかし……、ということは……だ。


「まさか。さっきの俺のセリフ……。録音してたのか……」

「ばっちばっちに」

「……消してくれるよな」

「……」

「なぜ答えんのだ。なぜ視線を逸らすんだ」


 その時、応接室のドアが開いた。

 

 戻ってきた女性担当者は俺達の様子を見て首を傾げる。


「何かあったの?」

「あ……、いえ。特になにも……。はは……」


 カッコつけたセリフを録音してしまいましたなんて恥ずかしくて言えるわけがない。


「笹宮君、会わせたい人がいるのだけどいいかしら。今回のキャンペーンでタイアップしてくれるブイチューバーさんなのだけど」

「ええ。もちろんです」


 今回の企画では『外出しない人にも商品をアピールできるイベント』という変わった狙いがある。


 以前と違って、今は外出を控える人が増えている。

 そこでクライアントが考えたのが、ブイチューバーとのコラボだった。


 女性担当者に案内されて入ってきたのは、眼鏡を掛けた知的系美女。

 大きな胸を強調するニットを着ながら、不釣り合いなデニムジャケットを肩出しで羽織っている。


 同時に俺は、全身から血の気が引いていく感覚を覚えた。


 そう……。俺はこの女を知っている。


「初めまして。ブイチューバー・モミジ茜の中の人をやっている楓坂舞です。よろしくお願いしますね、……笹宮さん」

「あ……、ああ……。よろしく……」


 それは一昨日、俺に壁ドンをした結衣花の先輩……楓坂だった。


 今回のプレゼンでは、ブイチューバーも審査員として参加することになっている。


 つまり、俺は楓坂を相手にプレゼンをしないといけないということなのだ。


 微笑みを絶やさない彼女の瞳は、俺への敵意に満たされていた。


 ヤバい状況になってしまった……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


次回、悩める笹宮を結衣花が助ける!?

よろしくお願いします。(*’▽’*)

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