6月15日(月曜日)楓坂舞


 通勤中、電車の中で俺に壁ドンをしたのは、結衣花の先輩で大学生の楓坂だった。


 お嬢様言葉を中途半端に混じらせた口調の楓坂は、明らかな敵意を俺に向けていた。


「それで、質問に答えてくれるかしら。犯罪者の自覚はおありですか?」

「さっきも言っただろ。誤解だ。本当に話をするだけの仲だし、それ以上はありえない」


 信じてくれるとは思わなかったが、それでもこれがすべてだ。

 これ以上の言葉が思いつかなかった。


 と楓坂は意外な反応を見せる。


「そうですか。なら、とりあえずその言葉を鵜呑みにしましょう」

「……随分あっさりと引き下がったな。もしかして、そんなことを確認するためにわざわざ会いに来たのか」

「いいえ。あなたの確認を始めたのはアウトレットモールに行く前からですよ」

「は?」


 つまり先週の金曜日から俺はマークされていたということか。

 楓坂の言っている意味が分からず、彼女の言葉に耳を傾けた。


「あなたのことを結衣花さんから聞いて、同じ映画館に行くように仕向けたの。マイナーな映画の話をしてくれたおかげで、すぐにアウトレットモールの映画館だと特定できました」

「ストーカーか」

「違うわ」


 自分への疑惑を否定した楓坂は話を続ける。


「そして結衣花さんに近づく男の顔を確認してこっそり撮影。そこからSNSや知人を使って笹宮さんに辿り着きました」

「ストーカーだよな、それ」

「違うわ」

「違わないだろ」


 結衣花から強引な性格だとは聞いていたが、とんだサイコパス女じゃないか。

 しかもやり口が悪質ハッカーみたいだ。


 表情が引きつりそうになるのを必死でこらえる俺に、楓坂は堂々と話す。


「私は大切な後輩を守ろうとしただけ。人として当然の行動じゃないかしら」

「人として問題点がありすぎる。俺のプライバシーを侵害するな」


 すると彼女は片手で唇を隠しながら上品に笑った。


「うふふ。すごくすごく、とっても面白い。女子高生にデレてる変態さんが、いったい誰の許しを得て人権を主張しているのかしら」

「デレていないし、変態でもない。よって俺の人権は俺のものだ」


 ここで楓坂は演技臭く驚いて見せる。


「まあ、驚いた! ご自分に人権があると思っているの? ヒールで踏まれブタと罵られながらブヒブヒと喜ぶキモ男のあなたが!?」

「そんな体験をした覚えは微塵もないんだが……」


 極めつけは憐れむような目で俺を見て。


「かわいそう。記憶をなくしているのね」

「ねつ造の記憶を真実のように語るな」


 やることの一挙手一投足に腹が立つ。

 こんなにイラつく女は初めてだ。


 すると楓坂はクスッと笑い、俺の前に立った。


「さて、今日のところはこのくらいでいいかしら。いちおう目的は達成できましたし」

「……俺をおちょくりに来ただけだったのか」


 わざわざ朝早い時間に待ち伏せて、やることがこんな幼稚なこととは、どれだけ暇人なんだ。


「でも注意してね。もし結衣花さんにおかしなことをしたら社会的制裁を遠慮なく、全力で、確実に叩き込みますので」

「信用されてないみたいだな」

「男なんて数秒後には豹変する生物でしょ」

「そんな奴らと一緒にしないで欲しいぜ」

「どうかしら? ……それでは笹宮和人さん、また会いましょう」


 そう言い残し、楓坂は電車から降りた。

 まだ出勤前だというのに、ドッと疲労感が襲ってくる。


「面倒なやつと関わってしまったな」


 大きくため息を吐いた時、スマホが鳴った。

 音水だろうかとLINEを立ち上げると、そこには驚愕の内容が書かれている。


『楓坂です。電話番号・LINE・メール・Twitter・その他諸々のアドレス交換をしておきましたので、そのご挨拶です。位置情報は切らないように。それでは』


 スマホを握る手が震え、怒りと恐怖が入り混じった感情が俺を支配した。


「目的を達成したってこれか……。いつの間にやりやがった、あのサイコパス女……」



■――あとがき――■

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次回、結衣花と話をしている時に楓坂が!?

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