6月15日(月曜日)壁ドン
六月十五日の月曜日。
俺の通勤時間は相変わらず変化がない。
音水からのLINEを返信した直後、やはりやってきたのはフラットテンションの女子高生だ。
「おはよ。お兄さん」
「よぉ。結衣花」
この毎朝のやりとりも、ついに三週目だ。
今まで通勤電車でやることと言えば外の景色を眺めるくらいだったが、最近は結衣花との会話を楽しみにしている俺がいる。
「少し暑くなってきたな」
「陰キャラのお兄さんには、夏は眩しくて苦しいよね」
まるで俺のことを吸血鬼のように言ってのける結衣花。
たまには言い返してやりたいが、そうするとしっぺ返しを食らうので、軽く受け流す。
俺は無駄な戦いをしない。
大人の余裕で女子高生の生意気な態度も許してあげられる、優しい二十六歳の男。
けっして、女子高生に怒ったりしないのだ。
「ねえ。中年になると夏はやっぱり辛いの?」
「いいか、結衣花。二十代の男に中年と言ってはいけないんだぞ」
「わ。怒ってる」
そんないつものやり取りをしているうちに電車は聖女学院前駅に到着した。
聖女学院と言えば、この辺りではお嬢様学校として有名だ。偏差値も高いと聞く。
ここに通っているという事は、結衣花も頭がいいのだろう。
しかし、結衣花にお嬢様という雰囲気はない。
そもそも本当のお嬢様なら、大人の男をからかったりしないだろう。
一度でいいから清楚で綺麗な女性に巡り合いたいぜ。
「じゃあ明日もね」
「ああ。ちゃんと勉強しろよ」
「お兄さんも社内恋愛がんばってね」
「こら」
結衣花がホームに降りるとドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出す。
「さて、今日の段取りでも考えるか」
いつものように運転席側の壁にもたれかかって、窓の外を見ようとした時だった。
バンッ!
誰かの手が、俺の顔の横を勢いよく通り過ぎた。
電車の壁に手を叩きつけたのだ。
この状況はまさしくネタになりつつある行為。
いわゆる……壁ドンだ。
突然のことに驚きながらもおそるおそる前を見ると、壁ドンの衝撃で舞い上がる長い髪が目に入った。
そこにいたのは眼鏡を掛けた知的な美女。
優しい微笑みをたたえながら堂々と立ち、透明感のある瞳でまっすぐに俺を見ている。
「おはようございます。二十六歳会社員で独身一人暮らしの
なぜ俺の名前を……。
それに年齢から一人暮らしの事まで……。
派手な壁ドンをしたわりに口調はおっとりとしているが、それが逆に不気味さを強くした。
「……あんた、……誰だ?」
「最初は挨拶からって社会人の常識じゃないかしら。広告代理店の営業さんならご存知よね。妹さんはお元気?」
妹の話を持ち出され、俺の警戒心は一気に跳ね上がった。
「ストーカーか? こんな美人に付きまとわれるなんて光栄だな」
皮肉と嫌悪感を混じらせた言葉を放つが、目の前の女は動じない。
「あら。やっぱり挨拶はしてくれないのかしら」
無理やりにでも自分のペースで話すつもりか。
こいつ曲者だな。
しかし挨拶をしないことには話が進みそうにない。
仕方がない。
とりあえず挨拶だけはしておくか。
「……おはよう」
「はい、よくできました。うふふ。やっぱり朝の挨拶は気持ちがいいですね」
壁ドンをしていた左腕を下ろし、彼女は俺の隣に立った。
身長は俺より少し低い程度。女にしては高い方だ。
ロングスカートにノースリーブのニットと男心をくすぐる服装だが、彼女の場合は一回り大ききデニムジャケットを肩出しで着ているため、カジュアル感が強くなっていた。
しかし……胸が大きいな。すごく大きいな。
ニットは胸を強調するから、よけいに気になる。
女は豊満な胸を挟むように両手をへそ下で重ねた。
普通の体勢なのだが、彼女の場合は巨乳を強調させる結果を招いている。
「で、一体なんなんだ」
いつものぶっきらぼうな口調に苛立ちを込めつつ訊ねる。
しかし彼女は微笑みを崩さず、上品な口調で話を進めた。
「ねえ、笹宮さん。大人が女子高生に手を出すのは犯罪って知ってるわよね」
「もしかしてさっきの子のことを勘違いしているのか? 言っておくが、電車で一緒になった時に話をする程度だぜ」
間違いのない事実だ。
確かに誤解されるシチュエーションかもしれないが、結衣花との間に不純なやり取りはない。
しかし、壁ドン女は切り返す。
「おとついの土曜日に、公園で一緒に話をしていたと思うのだけど」
土曜日に……公園でだと?
その日、俺と結衣花は確かにアウトレットモール横の公園で話をしている。
だが、なぜこの女が知っているんだ!?
何者だと考えた時、その正体がすぐにわかった。
緊張を混じらせながら、おそるおそる俺は訊ねる。
「……結衣花の先輩か」
「
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
次回、楓坂の目的が判明!(*’ワ’*)
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