6月13日(土曜日)【結衣花視点】私とお兄さんの出会い
「ねぇ。LINE、交換しようよ」
私がそう言うと、お兄さんは驚いた表情を見せた。
「俺とか?」
「他に誰がいるの?」
いつも無愛想な顔をしているように見えるけど、お兄さんはいろんな表情を見せてくれる。
初めて会った時から、ずっとそうだ。
そんなお兄さんの隣にいるのが、すごく心地いい。
戸惑いながらも、お兄さんはどこか照れた様子で髪をいじった。
「いや……まぁ……、そうなんだが。まだ俺達は出会って二週間も経ってないだろ。よくそこまで信用できるな」
「私がいいんだから、いいんじゃない?」
「そうか。結衣花がそう言うんなら構わないが」
やっぱり、お兄さんは気づいていない。
私がお兄さんのことを知ったのは、一カ月半前。
ゴールデンウイークが終わってすぐの頃だ。
そう……、いつも私が降りる駅のホームで……。
◆
五月の上旬。
通学中の電車の中で、偶然一緒になった友達と話をしていた日だった。
「でっさぁ~。その大学生の男がいきなり抱きついてきてさ」
私は答える。
「そうなんだ。強引だね。それでどうしたの?」
「ん~。まぁ……でも、ちょっといいかな? なんて思って、彼氏にしてあげたわけよ」
「とかいいつつ、喜んでるくせに」
すると友達は真っ赤になった顔を両手で隠した。
「あー、もう! ここまで話すつもりなかったのに! なんで結衣花といると、いつもこんな恥ずかしい話をしちゃうんだろ!」
「続き、楽しみにしているからね」
私は友達とうまくやっていくために、人の話を聞くようにしている。
たったそれだけのことだけど、みんなとの関係は良好だ。
でも、私は自分の話をするのが苦手だ。
相手が合わせてくれるかどうかばかり気になって、うまく話せなくなる。
そんな受け身だけの自分が無価値に思えて……すごく虚しかった。
聖女学院前駅で電車を降りた時、男性の大きな声が聞こえた。
「何言ってるんだ、音水! 辞めるなんていうなよ! あんなもん、ミスでもなんでもない!」
二十代半ばくらいのスーツを着たお兄さんが、電話に向かって必死に叫んでいた。
ホームを往来している人達もお兄さんをいぶかし気に見ている。
中にはクスクスと笑っている人もいた。
友達も苦笑いをして、小声で話しかけてくる。
「なにあれ? ケンカ? って言うか、キャラが暑苦しいって」
スーツのお兄さんには悪いけど、私も同じように思った。
「俺が絶対についていてやるから諦めるな!! 絶対になんとかしてやる!!」
毎日変わらない駅のホームで、お兄さんだけが特別な存在になっていた。
本当に変な人。
完全に自分の世界に入っていて、周りのことなんて見えてない。
きっとお兄さんは、電話の向こうにいる人のことしか頭にないのだろう。
変な人。変わった人。カッコ悪い人。
だけど……憧れる。
自分と正反対の人を見て、私はそう思った。
次の日から、私はお兄さんを目で追うようになっていた。
最初は偶然見かけて『あ、この前の人』程度だったけど、だんだん会える日が楽しみになっていった。
二週間が過ぎた頃には、時間帯を合わせて同じ車両に乗るようになる。
そしてある日、おもいきってお兄さんの隣に立ってしまった。
んんん~~! これ、めっちゃ恥ずかしい!!
隣に立つだけならと思ったけど、かなり緊張するって!
ダメダメ。表情に出ないようにしないと。
ここであたふたしていたら、私が変な子になっちゃうじゃん。
それにしても、意外と背が高いなぁ。
顔は……う~ん。普通?
でもこめかみの部分は可愛いかも。
そんな日が三日過ぎた頃、電車の中で事件が起きた。
「あっ!」
いつものようにお兄さんの隣にいた時、うっかりスマホを落としそうになったのだ。
ああっ! ダメ! 落ちる!
やってしまった……と思った時、隣にいたお兄さんが素早くスマホを受け止めてくれた。
抜群のナイスキャッチに、正直ドキッとする。
「あ……、ありがとう……ございます」
落ち着いてお礼をいっているけど、内心はもうパニックだ!
わわわ! どうしよう!
まだ話すとか考えてなかったから、心の準備ができてない!
とりあえず、世間話?
でも、それもおかしいのかな?
そんな私に、お兄さんはぶっきらぼうに一言。
「ん」
と言ってスマホを突き出すように渡した。
その後は、ぼ~っと窓の方を眺めている。
まるで私には関心がありませんと言わんばかりだ。
……。
……。
……。
はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
え? なに、今の「ん」は!
それだけ?
反応が無愛想すぎない!?
昨日も一昨日も隣にいたんだよ!?
なんでそんなに塩対応なわけ!?
なんで私だけがこんなに緊張しているわけ!?
むむむ……。なんか……くやしい。
だったら、こっちにも考えがある!
翌日。
意地になった私は制服のリボンを緩めて、ブラウスの第一ボタンを外してみた。
こういうチラリズムが男の人の目を引くんだよね。
ふっふっふ。勝ったな!
結果、お兄さんの反応は無関心だった……。
この程度じゃダメってことなの?
だったら――!
次の日は胸が大きく見えるブラ作戦だ。
しょせん男なんて胸しかみていない生物だって、先輩に聞いたことがある。
これで今日こそ私に気づいてくれるはずだ。
ふっふっふ。勝ったな!
結果、お兄さんはまったくこちらを見ようとしなかった。
もう、プライドがズタズタだよ。
こんな不毛な日々が続き、ついに六月一日の月曜日になった。
いつも通り、私はお兄さんの隣にいた。
もちろん、こっちに全く気付いていない。
ここまで鈍感だと怒りすら湧いてくる。
その時、スマホをいじっていたお兄さんがため息まじりにつぶやいた。
「はぁ……。どうすればいいんだ」
偶然見えたスマホの画面にはLINEが表示されている。
相手は音水という女性らしい。
驚いたのはお兄さんの返信内容だ。
『ああ』『そうか』『必要ない』
……え。これだけ? マジですか。
男の人とLINEしたことってあんまりないけど、ここまで適当なのは見たことがない。
っていうか、スタンプくらい使いなよ。
思わず私は声を掛ける。
「あ~あ。相手の人、かわいそう」
無感情を装いつつ、イヤミたっぷりに言ってやった。
今まで気づいてくれなかったお返しだ。
するとお兄さんは言う。
「後輩との業務連絡ならこんなもんだ」
そんなわけないでしょ。
心の中でツッコミを入れている私に、お兄さんは無愛想なまま話を続けた。
「他人のスマホをのぞくな」
「見えたんだもん」
「見たんだろ」
見ましたけどなにか? と、心の中でつぶやく。
この数日のことがあって、私はお兄さんに気を使わなくなっていた。
だけど、不思議とお兄さんとの会話は気持ちがよかった。
素でいられるというのもあるけど、なぜかこの人には裏切られないという安心感がある。
それは直感だけど、確信だった。
だから、この人のそばにいたいと思った。
ずっといたいと思った。
◆
「おい、結衣花。俺のIDだ」
お兄さんの言葉で、私は今、LINEの交換をしていたことを思い出す。
「あ……。えっと、ありがと」
「どうした?」
不思議そうな顔でこっちを見るお兄さん。
考え事をしていたことがバレるのではと焦った私は、普通モードに自分を切り替える。
「ううん。ちょっとボーっとしてただけ」
「めずらしいな」
「お兄さんほどボーっとしてないけどね」
「いつも通りで安心するよ」
お兄さんのスマホに表示されていたQRコードを読み込み、IDを登録する。
これでまた、お兄さんに近づけたみたいで嬉しい。……っと、ここでニヤけじゃダメだ。注意注意っと。
するとお兄さんは、私に近づいて言う。
「ほぉ。結衣花のホーム画面は子猫か」
「勝手にのぞかないで」
「見えたんだ」
「見たんでしょ」
私達は今日も平常運転だ。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
よろしければ【☆☆☆評価】を頂けますと、今後のモチベーションに繋がります。
どうか、よろしくお願いします。
次回、新ヒロイン登場!(*’ワ’*)
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