6月13日(土曜日)帰りの電車で


 音水と別れた後、俺は帰りの電車に乗っていた。


 やはり場所はいつもの先頭車両の一番前。

 プライベートでもここに立ってしまうのはクセなのだろう。


 すると声を掛けてくる者がいた。


「こんにちは。お兄さん」

「よぉ。結衣花ゆいばな

「今日はよく会うね」

「そうだな」


 さっきはよく見ていなかったが、こうしてみると結衣花もちゃんとオシャレをしていた。

 フレアスカートの丈の長さが、絶妙に可愛らしいと思う。


「その服、似合ってるよ」

「すごい。お兄さんが自然体で人を褒めた」

「おかげで褒める力が向上したからな」

「そして後輩さんにも同じことを言ったと。感動ないなぁ」

「……いや、うまく言えなかった」

「ダメじゃん」


 褒めるというのは考えている以上に難しいものだ。

 しかし今日は音水も機嫌が良かったし、とりあえず赤点は回避できただろう。


 そういえばと俺は公園でのことを思い出した。


「少ししか見ていないが結衣花の先輩ってしっかりしてそうだな」

「うん。今は大学生だけど、去年は部長もしてたし絵もすごく上手なんだよね」


 去年部長だったという事は大学一年生、十九歳という事か。

 その割に大人っぽく見えたが……。


「結衣花は美術部なのか?」

「ううん。CG部」

「へぇ。ということは、デジタルイラストを描いてるわけか」

「デッサンとかするから、やることは似てるけどね」


 結衣花はスマホを取り出して、イラスト画像を表示した。

 そこに描かれているのは、可愛いマスコットキャラクターだ。


 広告代理店でチラシやキャンペーンをしていることもあって、俺もデザインには興味があった。


 もっとも、俺は描けないが……。


「しかし、結衣花は付き合いがいいんだな。いきなり先輩に呼び出されたんだろ」

「うん。映画の話をしていたら急にアウトレットモールに行こうって言いだして。いつもこうなの」

「大変だな」

「ううん、そんなことないよ。……私、人に合わせるのがクセになってるから先輩みたいな人に憧れるんだよね」


 すると結衣花はいつものフラットテンションのまま、表情に影を落とした。


 他の人なら見過ごしてしまうほど、その変化はわずかだ。

 なんだかんだでよく話しているので、結衣花が落ち込んでいることに気づけたのだろう。


「人に合わせられるってことは、コミュ力が高いってことだろ。いい事じゃないか」

「コミュ力なんて他人の付属品になるためのものじゃない」

「……。そんなことないと思うが」

「お兄さんにはわかんないよ」


 視線を下に向ける結衣花。

 コミュ力の高さなんて俺からすれば羨ましい限りなのだが、結衣花はそうではないらしい。


 とはいえ、悩みは人それぞれだからな。


 ここは一つ、俺のクールな言葉で励ましてやろう。


「んっんっ……。まあ……なんだ……」

「いい事言おうとしてるところ悪いけど、咳払いがオッサンみたい」

「黙れ」

「はいはい」


 もう一度、話をしようと頭をフル回転する。


「俺は……あれだ……そうだな……」

「結論は簡潔にね」

「わかってる。茶々を入れるな」

「善処します」


 ようやく言いたい事をまとめた俺は言葉を続けた。


「まぁ……その……。結衣花には感謝している」


 必死に選んだ言葉だったが結衣花は何も言わず、じっと俺の顔を見つめていた。


「なんか言ってくれよ。恥ずかしいだろ」

「ごめん。お兄さんも成長したなぁって思って」

「上から目線か」

「物理的には下からだけどね」


 まったく。どんな時でも生意気なところはかわらんな。

 だが、いつもの結衣花の言い回しに俺はホッとしていた。


 ――むにっ。


 結衣花は俺の腕を掴んできた。

 朝でなくても俺はスタンションポールの代わりというわけか。


「ねえ。後輩さんとはうまくいったの?」


 淡々としゃべる結衣花は、俺の腕を持つ手にギュッと力を入れた。

 いつものムニッと揉むしぐさとは違うが、俺は気にせず質問に答える。


「俺達の戦いはこれからだ」

「うん。だいたいわかった」


 まるで励ますように、俺の腕を揉む結衣花。

 今まで一番多い三連続でムニられたぜ。


 彼女の方を見てみると、少し表情が柔らかくなっている。


 不安が軽減されたのだろうか。

 俺のトークが効果を発揮したとは思わないが、結衣花にはできるだけ普段通りにいて欲しいので、これは喜ばしいことだ。


 すると結衣花は唐突にスマホを取り出した。


「ねえ。LINE、交換しようよ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます!(*’ワ’*)


次回クライマックス後半は、結衣花視点のお話です。

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