6月13日(土曜日)音水の気持ち
公園で食事を終えた後、俺と音水はショップ巡りをしていた。
もちろん、市場調査のためだ。
しかし、ウィンドウショッピングで楽しそうにしている音水を見ていると、こっちも気分が明るくなる。
一緒にいる人間を自然に明るくしてしまうのは、音水の才能に他ならない。
「いろいろ情報を得ることができたな」
「そうですね」
六月は季節の変わり目ということもあり、夏商品のリサーチをするのにちょうどいいタイミングだ。
特にショップに並ぶ新作商品の色の使い方は、ポスター制作でも大いに役立つ。
プレゼンの時に、流行色がどんな商品に使われているかと説明できるため、説得力が増すためだ。
「音水は頑張り屋さんだな」
「んぅん~っ! 子供扱いしないでください!」
「悪い悪い」
部長に目を付けられているという心配はあるが、音水ならちゃんと成果を上げられるだろう。
俺にできることは、少しでも彼女が活躍できるようにサポートすることだ。
音水は少し間を置いた後、優しい表情になった。
「でも私が頑張れるのって笹宮さんのおかげですよ」
「俺が?」
「五月に仕事が上手くいかなくて、私、笹宮さんに助けてもらったことがあるじゃないですか」
「あったか?」
「はい。もう会社を辞めようと思った時、笹宮さんが励ましてくれて嬉しかったんです」
なんのことだろうと首をかしげる俺に、音水は話を続ける。
「俺が絶対についていてやるから諦めるなって。しかも大の大人がすごく真剣にですよ。笹宮さんがあんなに熱い人だったなんて驚きました」
あぁ……。そういえば、そんなこともあったな。
たしかあれは五月の上旬。
連休が明けてすぐの事だった。
通勤中、音水から会社を辞めたいというLINEが来たことがある。
驚いた俺は慌てて電車を降りて、柄にもなく必死に音水を引き止めるということがあった。
音水に嫌がらせをする部長に苛立っていたこともあり、負けて欲しくないという気持ちで、つい熱くなってしまったんだよな。
しかし……、まぁ……。そうなのだ。
たかが平社員が後輩の退職を引き止めるために、必死に説得するなんて恥ずかしい話だ。
いっそのこと黒歴史として抹消して欲しい……。
そういえば、あの時降りた駅って聖女学院駅前だったよな。
もし結衣花に見られていたら、今頃からかい地獄の日々だっただろう。
「……あの時は、……あー。……まぁ。らしくないことをしてしまった」
「でも私、笹宮さんのおかげでまたやってみようって思えたんです」
こいつはやり過ぎるところもあるが、とにかくまっすぐだ。
きっとこういう性格でなければ、俺もここまでしなかっただろう。
なんとか教育期間を無事に終わらせてやりたい。
「次のプレゼン。うまくいくといいな」
「はい!」
すると音水は俺の前に回り込んで、後ろで手を組んだ。
一歩近づき、上目遣いで訊ねてくる。
「どうして笹宮さんは、こんなに私のために頑張ってくれるんですか?」
唐突な質問に俺は動揺した。
普通に答えるのなら、先輩として当然だというべきだろう。
だが、他の後輩の教育係になったとして、ここまでやるだろうか。
今日に至っては休日返上だ。
会社員にとって休日の価値はとてつもなく大きい。
にもかかわらず、俺は音水のために時間を割いている。
そうさ……、わかってる。
俺は音水を特別視している。
結衣花にも言った通り、彼女のことを女性として意識している部分もある。
もし俺が感情のまま迫れば、人のいい音水なら受け入れてしまうかもしれない。
だがそれは、教育係としての自分を捨てるということであり、今まで積み重ねてきた仕事へのプライドを壊すことだった。
なにより、音水が持つ仕事への信念を汚してしまうかもしれない。
本当に彼女のことを大切に想うなら、気持ちを切り離して役目に徹するべきなのだ。
「音水が頑張っているから応援したいだけだ。俺はお前の教育係なんだからな」
誘惑に負けて出そうになった言葉を理性で飲み込み、俺は無難なセリフを言った。
同時に、言わなかったことに落ち込む俺もいる。
はぁ……。俺って性根がクズ男なのかな……。
しかし、音水は意外なことを言い出す。
「じゃあ。教育期間が終わったら、私は笹宮さんのために頑張ってもいいですか?」
……。
……。
……え?
今のセリフってどういう意味だ。
えーっと……。普通に考えれば仕事を頑張るってことだよな?
でも俺のためにって、どういう事だ?
別に俺、先輩ではあるけど上司じゃないんだが。
教育期間で身に着けたスキルで活躍するということか?
もしかして音水も俺に気があるとか? ……って、それはないか。
だったら普通に好きって言えばいいだけなんだしな。
……むぅ。
わからんが、これはヤバい!
ここで動揺したら、音水に幻滅されるかもしれん。
それだけは嫌なので、なんとか回避せねば。
とりあえず、デキる先輩っぽいセリフを言っておこう。
「ああ。もちろんだ」
「はい! すっごく頑張っちゃいます!!」
笑顔で音水はグッと握りこぶしを作り、可愛らしくガッツポーズをする。
ふぅ。なんとかなったみたいだ。
……たぶん。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます!(*’ワ’*)
次回から二話に掛けて映画デート編のクライマックスです。
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