6月13日(土曜日)音水とランチ


 時間は午後一時。

 公園の中央に広がる芝生の上で、家族連れがシートを敷いて食事をしている。


 そんな光景を眺めながらベンチに座る俺は、隣に座る音水が用意してくれた弁当を見て、驚いていた。


「まさか、この前の話を気にしていたのか」

「えっと……その……。……はい」


 以前サンドイッチを食べていた時、手作り弁当がいいと言ったことを覚えていてくれたようだ。

 本当に気の利く奴だ。


 よし、さっそく食べてみよう。

 一口目はやはり卵焼きだな。


「うまいじゃないか、音水。料理も得意なんだな」

「んっふふ~♪ 笹宮さん専用の女子力です」


 以前結衣花が女子力の話をした時に、支配とかなんとか言っていたのを覚えている。


 つまり音水は俺を支配下に置きたいと……。

 やはりこの後輩はあなどれない。


 しかし、と俺は反省をする。

 結衣花に言われていた褒めることが上手くできていなかったからだ。


 一方音水は俺に気を使って弁当まで作ってくれている。

 これではどっちが先輩かわからない。


「すまないな、音水」

「え? どうしていきなり謝るんですか?」

「せっかくプライベートを使って市場調査をしているのに、気の利いた事を言えなくて」

「そんなことは……」


 と言いか掛けた音水は急に黙ったかと思うと、むふっと笑った。


「じゃあ、私のお願いを聞いてくれますか?」

「別にいいがどんなことだ?」

「えへへ。あーんをしたいなぁっと思って」


 あーんって食事を食べさせてやるアレか。

 どうしてそんなことをと思ったが音水の機嫌がよくなるならやぶさかではない。


「別に構わんが、食べさせてやればいいんだな?」

「なに言ってるんですか。 笹宮さんが食べる方ですよ」

「逆じゃないか?」

「一般的には私の方が正しいです」


 どうしてそんなことをと思ったが、クレープでの一件を思い出す。


 そういえば、餌付けシチュエーションをしなくていじけていたことがあった。

 これはその時の仕返しというわけか。

 意外と根に持つところがあるんだな。


「じゃあこれ、食べてください」


 音水は卵焼きを箸でつまんで持ちあげる――が、その位置がおかしかった。


「なあ、音水。俺の口に運んで欲しいんだが……」

「ダメですよ。これは罰ゲームなんですから笹宮さんが食べに来てください」

「その場所にか」

「この場所にです」


 卵焼きがある場所は音水の『胸のすぐ上』だった。

 俺から食べに行こうとすると、まるで胸に顔をつっこもうとしているように見える位置になる。


 さすがにこれはヤバいだろ。


「えーっと、音水さん。これはちょっと……」

「さっきお願いを聞いてくれるって言いましたよね?」

「ぐ……。やっぱり怒ってるのか」

「怒ってないですけど、罰ゲームですもん」


 すでに勝ったと言わんばかりのドヤ顔をみせる音水。

 

 やれやれ、仕方がない。

 食べるだけなら一瞬だ。

 さっと食べて、さっと頭を上げる。

 これで他の人間に見られてもおかしいとは思われないだろう。


「……いくぞ」

「はやく来てください」

「嬉しそうに笑いやがって」

「困った笹宮さんを見てると何かに目覚めそうです」

「これ以上、何に目覚めるつもりだ」


 意を決して俺は卵焼きを食べようと頭を下げた。


 女性の胸のすぐ近くに顔を持っていくのは、かなり恥ずかしい行為だ。


 しかもこの姿勢で卵焼きを食べるなんて前代未聞。

 想像を絶する羞恥プレイ。


 くそぉぉぉっ! はやく終わらせたい!!


 卵焼きを口に入れてすぐに離れようとした瞬間――、音水はもう片方の手で俺の頭を優しく触った。


「うふふ。 よくできました。 いい子、いい子」


 彼女は優しい手つきで頭をなでなでされたため、俺は金縛りにあったように動けなくなった。


 俺は……何をされているんだ?


 後輩の胸を間近で見ながら『いい子、いい子』されてるって、どんなシチュエーションだよ!!


 おかしいだろ! 絶対にこの状況はおかしいだろ!!


 俺達、先輩後輩だぞ!

 他人が見たら、完全にバカップルじゃないか!


 それにしても……音水っていい匂いがするな……って、ちゃうわ!

 それどころじゃねえだろ!!


 言葉を失う俺に彼女はささやく。


「美味しかったですか?」

「あ……ああ」

「んふふ。よかった」


 彼女はリラックスした様子で、俺の頭をなで続けた。


「こうしていると、赤ちゃんを抱いているみたいですね」

「……おい。恥ずかしいことを言うな」

「恥ずかしがるようにしているんですよ」

「まさか最初から狙っていたのか」

「笹宮さんの隣は私の指定席ですから。ちゃんとわからせてあげないといけませんからね」


 ふふっ……と、満足気に笑う音水。


 この位置からでは彼女の表情はわからないが、さぞご満悦なのだろう。


 そういえば以前サンドイッチを食べている時に、負けないとかなんとか言っていたっけ。


 よくわからんが、音水は俺を独占したいようだ。


 これが女子力……。

 支配の力か……。



■――あとがき――■

☆評価・♡応援、とても励みになっています。

本当にありがとうございます!(感涙)


次回は音水が少し積極的に!?(*’ワ’*)

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