6月13日(土曜日)ベンチでの会話


 アウトレットモールの隣にある広い公園に移動した時、音水が急に「あっ!」と声を上げた。


「どうした?」

「いえ……えっと……。ちょっと忘れ物をしてしまって……。すみません。すぐに戻ってきますので」

「ああ」


 音水はぺこりと頭を下げた後、そそくさとアウトレットモールに戻っていった。


 とりあえず、傍にあった備え付けのベンチに座り、背もたれに腕を乗せる。


 ここまでは上々だと思うんだが……。

 どうだろ? わからん。


 ふーっと、ため息をついた時だった。

 隣に別の女性が座り、ペットボトルに入ったジュースを飲み始める。


「……」

「……」


 チラリと隣を見て、俺は視線を元に戻す。

 相手はこちらを見ないようにしている。


 しばらく沈黙が続いた時、たまらず俺は隣に座っている女性に声を掛けた。


結衣花ゆいばな……。なんでここにいるんだ」


 そう……。座っていたのは私服姿の結衣花だった。

 袖口の広い白Tシャツに、短めのフレアスカート。

 カジュアル感があるのに上品さがあり、いつもの制服姿とは印象が大きく違った。


「それ、こっちのセリフなんだけど」

「俺はこの前話した通り、後輩と映画を観にきたんだ」

「そっか、頑張ってね。私は先輩に連れてこられたの。アウトレットモールで買い物がしたいんだって」

「行動理由に主体性がないな」

「あの人、強引だから」


 何を話していいのかわからず、微妙な空気が流れていた。

 いつものように結衣花の方から話し掛けて欲しいのだが、今日は口数が少ない。


 何か会話をと考えていた時、結衣花の方から話を切り出す。


「うまくいってるの?」

「俺達の戦いはこれからだ」

「うん。だいたいわかった」


 本心を見抜かれたような気がして隣に視線を移すと、結衣花も同じタイミングでこちらを見てきた。


「話……。少しなら聞いてあげるよ」


 瞳に宿る光が、『ほら、不安を言ってごらん』と誘っているように見える。


 まるで手の平で踊らされているような気分だが、今は確かに話を聞いて欲しい気分だ。


「正直……。音水は誰にでも明るく接するから、どれが本心なのかわからないんだ」

「恋する男子だねぇ」

「そうじゃないって言ってるだろ」

「でもちょっとは意識してるんでしょ」


 いつもならここで違うというのだが、もうこいつに上っ面の見栄を張るのも面倒だ。


 俺は前髪をいじりながら答える。


「……まったくではないが、相手は同じ会社の後輩だからな」

「社内恋愛禁止?」

「禁止じゃないが……。まあ、やっぱり教育係としてはダメだろうな」

「別にいいと思うけど」


 そうだ。確かに他の人間からすれば、たいしたことではない。


 社内恋愛だとしても、ちゃんと責任ある行動を取るなら責められることはないだろう。

 しかし、俺はそのことを受け入れることができなかった。


 それにしても、こんな話を一回り年下の女子高生に話している俺もおかしいよな。


 しかも、わずかに心が軽くなったとすら実感している。


 妙な気分だ。


 結衣花は特に反応するわけでもなく、いつもどおりのテンションだった。


 今どきの女子高生は、こういうものなのだろうか。

 ペースを握られっぱなしだ。


 結衣花はつぶやく。


「先輩、遅いなぁ」

「先輩ってあれか。……彼氏か?」


 結衣花も青春真っ盛りの女子高生だ。

 彼氏がいてもおかしくないだろう。


 だが毎日話している生意気な結衣花に男がいるというのは、今一つ面白くない気持ちはあった。


 すると結衣花はチラリとこちらを見る。


「気になるの?」

「ならないが聞いてみた」

「じゃあ答える必要ないね」

「いちおう答えてくれよ」

「いちおうで答えるほどのことじゃないから」

「まあそう言わずに」


 まるで俺の質問に興味なさそうにいう結衣花。

 だがここで言わないというのは相手が彼氏か男の可能性が高い。


 だからと言って俺がとやかく言う立場ではないのだが、はっきりと言ってくれない結衣花の態度が気になる。


「あ、きた」


 結衣花はパッと顔を上げて立ち上がった。


「じゃあね、お兄さん」

「ああ」


 俺に向かってひょいと手を振った結衣花は小走り気味にアウトレットモールの方へ歩いていく。

 どんな男なのかと見てみると、結衣花の隣に居たのは髪の長い女だった。


「なんだよ。やっぱり女じゃないか。紛らわしいこと言いやがって」


 結局、俺は結衣花に遊ばれていたのだ。

 心の中で舌打ちをしつつも、同時に安心する気持ちも沸き上がってくる。


 もしアイツに彼氏ができたら、俺はどんな気持ちで応援するんだろうな。


 これが娘を持つ父親の気持ちなのかもしれないなどと考えていた時、俺の首筋に冷たいものが触れた。


「うおっ!」


 驚いて振り向くと、そこには音水がいた。


「んっふふ~♪ 笹宮さん、これお詫びのお茶です」

「わざわざ買って来てくれたのか。ありがとうな」

「いえいえ、どういたしまして。それで実は……、これを取りに行っていたんです」


 隣に座った音水はカバンを開けて、何かを取り出す。


 それは小さな弁当箱。

 数は五つで、それぞれにおかずが入っているようだ。


 映画館に持ち込むと邪魔なので、ロッカーに預けていたのだろう。

 きっちりと保冷剤も入っている。


 しかし、これって……手作り弁当……だよな?



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


次回は音水の反撃ターン!?

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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