6月13日(土曜日)音水と映画


 六月十三日、土曜日。

 ついに、音水と市場調査の日がやってきた。


 午前中は映画を観て、午後からはアウトレットモールの様子をチェックするという具合だ。


 普通に考えればデートだが、音水がそんなことを望むはずがない。

 男として見られないのは残念なことだが、ここは真面目な後輩に恵まれたと考えることにしよう。


 待ち合わせの三十分前。

 アウトレットモール入口に到着した俺は、今日のことを考える。

 

「さて。目的は市場調査だが、これを機に音水との信頼関係を強化したいところだ。そのためには褒めること……か……」


 言うのは簡単だが、いざ会話をするとなると思った通りに喋れないものだ。


 だが俺のコミュ力は確実に上昇している。

 大丈夫だ。自信を持て。


 すると音水がやってくる。


「笹宮さん……。あの……お待たせしました」

「気にするな」


 十五分前と予想していたが、二十五分前に来やがった。

 ……危なかった。

 ギリギリ先手を打てたが、さすが音水。やるな。


 とりあえず、まずは服装を褒めるか。

 今日の音水は夏を意識したさわやかコーデだ。


 ロングスカートにブラウスという組み合わせは、まとまりがあって男心をくすぐる。


 ふむ……。なかなか可愛いじゃないか。


 そういえば音水のスーツ姿以外のところを見たことがなかったからな。

 こうすると年相応の可愛い女子ってところか。


 そんなことを考えていた俺は、つい音水をジッと見つめてしまう。


「あ……。私、変でした?」

「いや……いいと思うぞ」

「んっふふ~♪ 嬉しいです」


 うっかりすると音水を女性として意識してしまう気持ちが揺れる。


 いつか音水にも彼氏ができるんだろうな。

 というより、もういるのかもしれない。


 別に俺がどうこう言う権利はないのだが、音水が他の男といちゃついてると思うと、あんまり気分は良くないな……。


 ……って! なに考えてるんだ!

 ダメだ、ダメだ!

 そんな感情は先輩としてよくない!


 音水は俺の事を、しっかりとしている完璧な先輩と思って信頼しているんだぞ。

 もしふしだらなことを考えていると知れたら、がっかりされてしまう。


 よし! 気を入れ直そう!


 ……。


 あ……。


 考えていた褒めトークを言い忘れていた。


   ◆


 映画を観た後、俺と音水はアウトレットモール巡りをしながら市場調査をしていた。


 音水はさっき鑑賞した映画が気に入ったらしくテンション高めで話しかけてくる。


「んっはぁっああっ! おっもしろかったぁぁああっ! この映画、アタリでしたね!」

「ああ、よかった」

「あのクライマックスのシーンとか最高でしたよね! 主人公とヒロインの抱きしめ合う姿がなんか泣きそうで!」

「そうだな」

「あと! ちょくちょく入るコメディが面白かったです!!」

「面白かったな」


 音水のテンション高めのトークに俺は単調な返事しかできていなかった。

 ここで気の利いた感想を言えれば、きっと音水との関係は今よりも良くなるはず。


 しかし、いざ感想を言おうとすると、『面白かった』の一言で全てが説明できるのではと考えてしまうのだ。


 一体ここからどう話を膨らませればいいのだろうか。


 すると音水は、俺の腕に抱きついてきた。


 おいおい……、またか。


 本当に俺を男として意識してないんだな。

 さすがの俺も慣れてきたし、ここなら知り合いに見つかることもないから、別にいいんだが……。


「笹宮さんはどんなところがよかったですか?」

「俺か?」

「はい。私、笹宮さんの感想が聞きたいです」


 ほがらかに笑う音水だが、俺は突然のフリに焦っていた。

 どうやらここが正念場のようだ。

 なんとか、いい感想を言わないと……。


「そ……そうだな。まあ全体的に満足のいくものだった」

「それでそれで!」


 追撃する音水の質問に冷や汗が流れる。


 さっきの感想で完結していたのだが、さらに続きを求められるとは思わなかったからだ。


「まぁ……今日はなんだ。音水と映画を観れただけでも十分な成果だったと思っている」


 苦し紛れに思いつく限りの言葉を並べてみた。

 今日の市場調査という目的も果たせたし、いちおう映画の感想も言えたのだ。

 これ以上の成果はないだろう。


 だが音水の様子が急に変わった。

 ほわんとした瞳で俺を見つめながら、組んでいた腕をきゅっと締める。


「……私……と? ……それって、……その……どういう意味ですか?」


 何かを期待するような不思議な空気。

 同時に俺は戦慄を覚えた。


 意味だと!?

 今の言葉が全ての意味なんだが、さらに深い理由を訊ねているのか!?


 俺のトークは今のところ成功しているはず。

 だが、想定外の反応が次々と襲い掛かってくる……。

 もしかして失敗しているのか。


 むぅ……。わからん。判断に迷うところだ。


 だが、このまま黙っているわけにはいかない。


 よし!

 ここは先輩らしく威厳のあるトークでごまかそう!

 それがいい!!


 覚悟を決めた俺は音水の方を見る。


「どうやら、そろそろ俺の本気を見せる時のようだな」

「……。笹宮さんって、時々変な時がありますよね」



■――あとがき――■

☆評価・フォロー・応援、本当にありがとうございます。

毎日、元気を頂いています。(*'ワ'*)


次回、困り果てた笹宮の前に意外な人物が!?

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