6月11日(木曜日)手作り弁当


「あれ? 笹宮さん、今日はお弁当なんですか?」


 昼休み。

 結衣花から貰ったサンドイッチを自分のデスクで食べようとしていたら、音水が声を掛けてきた。


「まあな」


 すると彼女はまじまじと結衣花が作ってくれたサンドイッチを見て言った。


「……それ、女の人が作ったサンドイッチですよね」


 見ただけでわかるのか。


 確かに俺が作ったものではないことは明白だが、どうして女が作ったと断定できるのだ。

 結衣花もそうだが、女の洞察力にはつくづく驚かされる。


 しかし身内でもない女子高生に作ってもらったと言えば要らぬ誤解を生んでしまう。


 ここは上手に話を作っておこう。


「ああ。妹が作ってくれてな。明日感想を言ってやらないといけないんだ。お、卵サンドうまいな」


 妹がいるというのは本当なので嘘に組み込みやすい。

 さすがにこれならバレることもないだろう。


「妹さんっておいくつなんですか?」

「今は十二歳。中学一年だ」


 すると音水は無表情で……、


「へ~~~~~~~~~~~」


 なんだよ、その『へ~』の言い方! びびったわ!

 なにか俺、おかしいこと言ったか?

 中学一年生の妹がいるのは、別に変じゃないだろ。


 もしかして、女子高生に弁当を作ってもらったことがバレたのか?


 いやいや、ここでバレるなんてありえないだろ。

 頭脳は大人の名探偵でも不可能なはずだ。


 音水は俺の隣に立ったまま、話を続けた。


「一緒に住んでるんですか?」

「いや、俺は一人暮らしなんだが、今日は気を利かせて作ってくれたんだ。む……、ブロッコリーが入っていやがる……」

「ふ……ふーん。一人暮らしなんですね……」


 今日の音水は妙なことにこだわってくる。

 加えてこのプレッシャーはなんだ……。


 一人暮らしというのが、気になっているのか?


「あの……、その……笹宮さんは手料理が好きなんですか?」

「特にこだわりはないが、こうして作ってもらえると嬉しいな。ん……ほぉ。このエビチリサンド、斬新だな。あいつやるじゃないか」

「……あいつ……ですか」


 音水は急に黙ってしまった。

 彼女の方を見ると、なぜかモジモジしている。


「どうした?」

「……別に」


 音水は下を向いたまま、なにもない床を片足で蹴り始めた。


 人はストレスを抱えると言葉ではなく行動で表現するというが、これもそうなのだろうか。


 わからん……。

 音水がなにを考えているのか、まったくわからん。


 すると彼女はくるりと背を向ける。


「笹宮さん……」

「ん?」

「私、負けません」

「……。……。……。誰に?」


 やはり様子がおかしい。

 いったい何を……。


 はっ! そうか!!


   ◆


「え? 後輩さんが私のサンドイッチを褒めてくれたの?」


 翌日の通勤中、俺は結衣花にサンドイッチを食べていた時の出来事を話していた。


「ああ。最後は『負けない』みたいなことを言っていたから、かなり感心していたんだろう」

「そっかぁ。ちゃちゃっと作っただけなんだけど、そんなふうに言われたら嬉しいな」

「やるな、結衣花」

「まあね」


 機嫌を良くした結衣花は「それで」と付け加えて話を続ける。


「サンドイッチを食べた感想を聞かせて欲しいな」


 そういえば、このサンドイッチは褒めるトークを鍛える練習という目的で貰ったんだった。

 もちろん、ちゃんと考えていたさ。


 俺は会心の褒め言葉を披露してやった。


「ああ。うまかったぞ」

「……。他には?」


 あれ? 今のではだめだったか?

 おいしいというよりも、うまかったっていた方が、男らしいストレートな気持ちが伝わると思ったのだが。

 

 仕方がない。

 念のためにストックしておいたトークを使うか。


「エビチリサンドが特によかった」

「は?」

「え?」

「それだけ?」

「……ああ」


 結衣花の瞳に、驚きと哀れみが混在していた。


「もう少し、なにかないの?」

「まだ褒めろと?」

「そういう話だったでしょ。はい、どうぞ」


 確かにそうなのだが、かなり褒めたよな。

 さっきのエビチリサンドとか、野球に例えるなら内角ギリギリの絶秒なストライクトークだったはずなのに。


 やばいぞ。

 これ以上って言われると、思いつかないな。


「んー。他か……。毎日食べたい……かな」


 すると結衣花はいつも以上に静かになって、黙ってしまった。


 今度はなんだ。どういう反応だ。

 こいつたまに感情をまったく感じさせない目をするから困るんだよ。


「もしかして、今の褒め方はダメだったのか?」

「悪くはないけど、『毎日食べたい』とか後輩さん以外には言わない方がいいよ」

「どうして? いちおう本音なんだが」


 すると結衣花は表情を変えずにスマホを取り出し、俺を無視するようにいじり始めた。


 なにかあったのかと思ってスマホを見ようとすると、結衣花は半歩距離を取る。


 ……なんだよ、急に。……寂しいだろ。


 もしかして怒っているのかと心配した時、結衣花は話を再開した。


「また今度、作ってあげるよ」

「いいのか?」

「別についでだし。あと……褒めてくれて、……ありがと」


 スマホを見ながらしゃべるので表情が読み取りにくいが、怒っているわけではなさそうだ。


 結衣花が何を考えているのかわからないが、とりあえず一安心だな。


「あ、そうだ。次はブロッコリーを抜いてくれ」

「うん、わかった。いっぱい入れればいいんだね」



■――あとがき――■

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