6月10日(水曜日)車の中で


 その日の打ち合わせを終わらせた俺と音水は、自動車に乗って会社に戻っていた。


 午後四時というのは夕方には早いが、なぜか力が抜けてしまう時間帯だ。


「そういえば、音水」

「はい、なんでしょうか?」


 ハキハキとした返事を返す音水。


 助手席に座る彼女はすでに、いつも通りに戻っていた。

 先日の拗ねた様子はみじんもない。


 俺は結衣花のアドバイスを受けて無愛想主義から脱却し、褒めるスキルを高めようとしていた。

 しかし、依然として成長は見られない。


 だが俺も変わると決めた以上、きっちりと誠意を見せておこう。


 意を決した俺は、音水に自らの決意を話すことにした。


「考えたんだが、俺はどうも想いを伝えることが苦手みたいだ」

「……。……。えぇえぇっ!? い、いきなり何を言い出すんですか!!」


 大声で叫んだ音水は、勢いよく姿勢をこちらに向けた。

 視界の端で彼女が仰天の表情になっているのが分かる。


「表現力の話だが……変か?」

「変……って言われたら、変じゃないって答えますけど……」


 意外な反応だったが、冷静に考えれば無理からぬこと。


 彼女にとって俺は完璧な先輩だ。

 そんな俺に弱点があると知ったのだから、驚いても仕方がないだろう。


「すぐには変われないと思うが、少しずつ伝えられるようにしてみようと思う」

「そ……そうですか」


 話し終わると音水は下を向いて静かになり、時々そわそわし始めた。

 俺の気持ちは伝わったのだと思うが、やはり先日の『クレープ餌付けシチュエーション』を断った事を気にしているのだろうか。


 と思った時、音水は大きく息を吸い込んでこっちを見た。


「あの! 笹宮さん!!」

「どうした、急に大声を出して」

「つ……次のど! ……土曜日……あの! あの!! 一緒に!!」


 何かを伝えようと真剣な様子の音水。

 そのせいか上手く言葉にできず何度も噛んでいる。


 こんな音水はめずらしい。

 だからこそ俺もちゃんと聞いてあげなくてはと考えた。


 しかし、俺は彼女の言葉を遮る。


「待て」

「え!?」

「右折する。運転は得意だが、安全確認はしっかりしないとな。左右チェック、後方確認オーケー。うん……よし、大丈夫だ。それで?」


 ちょうど赤信号で停車したので助手席側を見ると、音水は顔を真っ赤にしてあたふたしていた。


「……どうした、音水?」

「え? あ……、あー。あはは~。すみません。いきおいでとんでもないことを言いそうになってて……。忘れてください」

「別に言ってくれて構わないぞ」

「えーっと。……な、なんだったかなぁ~? あはは……」


 しっかり者の音水が事前に話そうとしていたことを忘れるなんて、一体どうしたんだ。


 やはりクレープの一件が原因で、モチベーションを一定に保てなくなっているのだろう。

 ここは教育係としてうまくフォローしてやろう。


「土曜日とかなんとか言っていたな」

「ぅ……。……言わないといけない流れですか?」

「思い出したのか? だったら言った方がすっきりするだろ」

「あ、はい……あのぉ……。一緒に映画を見に行きたいなぁ……なんて……。でもダメですよね……。社内恋愛と誤解されたら大変ですし……」


 うちの会社は社内恋愛を否定はしていないが、やはり発覚すると居づらくなる傾向がある。

 音水もそのことを勘違いされないように気を使っているのだろう。


 だというのに映画に誘うということは、……つまりそういうことか!


「もしかして次のプレゼンのために、プライベートを使って市場調査に行くつもりなのか?」

「え?」

「違うのか?」

「ええっと……。はい、……そうです」


 やはりか。


 次のプレゼン内容はスマホの七夕キャンペーンで、そのイベント会場の一つが映画館のあるアウトレットモールだった。


 おそらく音水は現場を先にチェックして、少しでもプレゼンを有利に運ぼうと考えているのだろう。


 さすがだな、音水。


「そうか。そういうことなら付き合うぞ」

「いいんですか!?」

「市場調査で映画を一緒にいくんだろ。 当たり前じゃないか」

「それって……え!? 私、大勝利って感じですか!?」

「プレゼンはまだ先だが?」


 断られると思っていた様子の音水は、今まで見たことがないほど嬉しそうに瞳を輝かせた。


 まったく。なんて真面目な新人だ。

 そんな顔をされると、うっかり頭を撫でてしまいそうだぜ。


「実際見て回ると説得力が違うからな。俺もたまにやってるし、一緒に調査した方が効率いいだろ」

「わぁ! よろしくお願いします!!」


 元気を取り戻した音水は、最高の笑顔を咲かせた。


 どうやら俺は気づかないうちに、コミュ力を向上させていたようだ。

 これなら一緒に映画へ行くことに不安はないだろう。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


次回は、ボケボケの笹宮に結衣花のツッコミが冴えわたります!

よろしくおねがいします。(*'ワ'*)

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