6月9日(火曜日)相談


 火曜日の朝。

 通勤電車に乗りながら、俺は昨日のことを考えていた。


 クレープの食べさせ合いを断ったあと、しばらく音水はふくれっ面になっていた。


 子供かと最初は思ったが、あのやり取りを適切に行うことがコミュニケーションというものだったのかもしれない。


 そう考えると、自己嫌悪に陥ってしまう。

 だが、あそこで彼女が持つクレープを食べるのは難しいだろ。


 むぅ……。どうすればよかったというのだ。


 もう何度目だろうかというため息をついた時、いつもの淡々とした調子の声がした。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 変化の激しい現代社会において、ここまで自然体でいられる結衣花が羨ましいぜ。


 結衣花は俺を見るなり、小首を傾けた。


「今日は浮かない顔だね」

「わかるか」

「付き合い長いしね」

「出会ってまだ一週間程度しか経ってないんだが」


 だが、無愛想で名声を轟かせる俺が、たった一週間でこんなに話すようになったのは結衣花だけだろう。


 陽キャラのようには見えないが、大したコミュ力だ。 あやかりたいよ。


 俺の様子を察したのか、結衣花はひょいっと俺の顔を見上げた。


「それでどうしたの?」

「また後輩の機嫌を損ねてしまった」

「またぁ?」


 表情は相変わらず変化が少ないが、呆れている様子が手に取るようにわかる。


 そうだろうな。

 俺自身でさえ呆れているくらいなんだから。

 だが今は藁にもすがる気持ちだ。

 ここは結衣花に頼ろう。


「実はクレープを一緒に食っていたんだが……」

「お兄さんがクレープって。ぷぷぷ」

「棒読みで笑うふりをするな。……で、後輩が求める反応に対応できず、その後もフォローできず、今に至るというわけだ」


 結衣花は答える。


「あー。お兄さんそういうところあるよね。私に対しても」

「今後は気を付ける」

「よろしい」


 腕を組んでわざとらしく頷いた結衣花は、答えを導くように人差し指をくるりと回転させた。


「まずお兄さんは、大きな間違いを犯しているよ」

「なんだと?」

「たぶん後輩さんは思った通りの反応が見たいんじゃなくて、お兄さんの本当の姿が見たかったんじゃないかな?」

「……いつもこうだが?」

「うん。それは知ってる。でもそうじゃなくて、いつも見せない素の部分が見たかったんだと思う」


 んんん? いつもではなく、素の部分?

 そりゃ、一人でいる時とは違うだろうが、普段通りという意味であればとっくに見せているのだが……。


「……よくわからん」

「好きな人の知らない一面をみたいってお兄さんには……、わかんないよね」

「今バカにしただろ」

「呆れてるの」


 言い返してやりたいところだが、俺が女の気持ちを理解できないのは事実だ。

 悔しいが受け入れるしかない。


「とにかく、後輩の信頼を取り戻さなくては……」

「う~ん。そうだなぁ~」


 結衣花は人差し指でアゴをトントンと叩きながら、考えを巡らせるしぐさをした。


 こうしてぼんやりと辺りを眺めながら考え事をするのが、結衣花のクセなのだろう。


 すると結衣花はピクンと顔を上げる。

 

「んっ。これかな」

「なにか思いついたのか?」

「ここは、お兄さんの褒める力を強化するべきだと思うんだよね」


 結衣花の答えを聞いて、俺はニヤリとしてみせる。


「褒めることか。ふっ。なら自信あるぜ」

「その自信はアルコール消毒して土の中に埋めていいよ」

「え? 生ゴミ扱い」

「適切な処理です」


 あまりの厳しい指摘に、俺は声を潜めて訊ねた。


「……そんなに酷いか?」

「自信も生ゴミの処理も、マナーを守って欲しいよね。そう思わない?」

「反省する」


 すると結衣花は――タンッと俺の前に立ち、真面目な顔で俺を見つめた。


「お兄さん、よく聞いて」

「聞こう」

「褒めるっていうのはね、愛情の表現力なんだよ」

「急に重くなったな」

「お兄さんは無愛想だから、そのくらいに考えてちょうどいいと思うよ」

「まぁ……自分の性格は自覚しているが……」

「そこを変えていこう」


 結衣花は的確に俺の問題点を指摘し、改善案を提示した。


 しかし無愛想というのは俺のデフォルト設定なので、すぐに変えられるというものではない。


 ならば具体的なイメージを固めてみよう。

 俺と正反対な性格といえば……あれか。


「なるほど。つまり、パリピな陽キャラになれというわけか」

「パリピなお兄さんかぁ。嫌だなぁ」

「うえーい」

「やめて。しかも、棒読みだし」


 しばらくすると、結衣花は思い出し笑いを必死に我慢していた。


 ヤケクソでやっただけなのだが、どうやら俺にはお笑いの才能があるのかもしれない。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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