6月2日(火曜日)再び女子高生


 翌日。

 いつも通りの時間、いつもの各駅停車に俺はいた。

 先頭車両の一番前を確保できたことに、少しだけ優越感を得るのは俺だけではないだろう。


 後輩にLINEの返信をしようとしていた時、フラットテンションの声が話しかけてきた。


「おはよ。お兄さん」

「……またか」


 高級住宅街のある駅を出発したところで、昨日会ったミディアムショートの女子高生が声を掛けてきたのだ。


「私のこと待ってたんだね。わかるよ」

「おまえは何もわかっていない。いつも通り通勤しているだけだ」


 しかし、女子高生はすぐに切り返す。


「おまえって言い方、好きじゃ無いなぁ。私、結衣花ゆいばなっていうから、呼ぶときはそれでいいよ」


 相変わらずのフラットテンションで、さりげなく自己紹介をする女子高生。


 さては、また絡んでくるつもりか。

 面倒だな。……よし。ここは軽くあしらっておこう。


「そうか。よろしくな、結衣花。じゃあな」

「で、お兄さんの名前は?」

「俺のセリフの語尾は無視か?」

「優先順位が低いから後回し。で、名前は?」


 切り返しのタイミングだけはナチュラルだな。


 つーか、年上の言葉が優先順位低いとか、どんだけ上から目線なんだ。


 名乗る必要はないが、聞かれて名乗らないのは悪い気がする。

 ……しかたない。 名前くらいいいだろう。


笹宮ささみや

「下は?」

和人かずと

「そっか。 よろしくね、お兄さん」

「名前を教える意味、あったか?」


 ……こいつ、……やっぱり俺の事をおちょくってるだろ。


 結衣花はさも当然のように俺の隣に立った。

 相変わらずのマイペースだ。

 そんな事より、後輩に返事を返さないと。


 すると結衣花は俺のスマホを覗き込むように話掛けてきた。 


「今日も後輩さんとLINEをしているの?」

「業務連絡を返しているだけだ」

「どれどれ。あー。また適当な返事してる」

「こら。覗くな」


 スマホを上げて覗かれないようにすると、結衣花はなんとか見ようと体を揺らす。

 それに伴って彼女の大きな胸も揺れる。


 揺れる、揺れる。

 女子高生の胸が揺れている。


 ヤバい状況だと察した俺は、照れくささを隠すように目を逸らした。

 だがこの行動に結衣花は首を傾げて言う。


「あれ? どうして目を逸らしたの?」

「……いや。……別に。なんとなくだ」

「ふぅん」


 そんなことをしていた時、――ガシャン!と、電車が大きく揺れて止まった。

 俺はすぐに後ろの壁に手をついて姿勢を維持する。


 こういった緊急停止はたまにあるのだが、ここまで大きく揺れるのはめずらしい。


「緊急停止か。転ぶかと思ったぜ」

「あ……」


 声がしたので見てみると、結衣花が俺の腕を掴んでいた。

 とっさに持ってしまったのだろう。


「ごめん」


 小さい声で彼女は、ぽつりとつぶやいた。

 女子高生ならここで可愛い反応をしそうなものだが、やはり結衣花のテンションに大きな変化はない。

 まあ、期待もしていないが。


「気にするな。大丈夫か」

「うん。ありがとう」

「別に感謝されることはしてない」

「でもさっき、私がこけないように手を差し出してくれたでしょ」


 ん……俺が? 手を差し出す?


 何を言っているのかすぐに理解できなかったが、どうやら無意識に腕を上げて彼女が転ばないようにしていたらしい。

 それで結衣花は俺の腕に掴まったというわけだ。


 とっさのことで全く覚えていない。

 ただの偶然だった。


 しかし、ここはカッコいい台詞を決めてやるか。

 うん、それがいい。 そうしよう。


「俺、全然ビビってなかったぜ」

「うわ。かっこわる」


 どうやら俺のセリフは決まらなかったようだ。

 やはり言葉選びというのは難しい。


 しばらくすると電車はゆっくりと動き出し、俺達はまた壁にもたれかかった。


「ねえ、お兄さん」

「ん?」

「お兄さんの腕って不思議な硬さだよね」


 不思議な……硬さ? 腕が?

 結衣花は何を言いたいのだろうか。


「特に鍛えたりしてないぞ」

「そういうのじゃなくてさ。なんか初めての触り心地だった」


 そういうと結衣花は五本の指をわきゃわきゃと動かして見せる。


 筋肉質でも太っているわけでもないので、特別な要素はなにもないと思うのだが。


 表情が読みにくいので何を考えているのかわからないし、褒められているのか馬鹿にされているのかもわからない。

 どう反応していいのか困ってしまう。


 そんなやり取りをしているうちに、電車は『聖女学院前駅』に到着した。

 昨日、結衣花が降りた駅だ。


「はぁ、早いなぁ。じゃあ、また明日もだからね」

「明日は話さないからな」

「またね、お兄さん」


 俺の言葉を聞くよりも早く、彼女はホームに降りてしまった。


 マイペースもここまで来ると、清々しさを感じるな。

 巻き込まれた方は、たまったもんじゃないが……。



■――あとがき――■


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