通勤電車で会う女子高生に、なぜかなつかれて困っている
甘粕冬夏【書籍化】通勤電車で会う女子高生
第一章 女子高生と後輩
6月1日(月曜日)通勤電車と女子高生
後輩の女子社員とエッチをする夢を見た。
しかし、ただの夢だ。
別に恋人がいるわけでもないのだから、何一つ気に病む理由はない。
それでも後ろめたさを感じるのは、心のどこかで期待しているからなのだろうか……。
「ありえんな」
朝、七時五十分。
俺はいつも通りの時間、いつも通りの電車で通勤をしていた。
各駅停車を使っているのは、満員電車が嫌いだからだ。
あんな地獄を味わうくらいなら、少し早起きしてゆっくりと時間を過ごす方がいい。
お気に入りの場所は先頭車両の一番前。
運転手側の壁に背を預け、時折窓の外を眺める。
これが俺、
着信を知らせるバイブが鳴った。
スマホを取り出して確認すると、会社の後輩からLINEが届いている。
夢に出てきた女子社員だ。
先輩に送るとは思えない可愛いスタンプを使ったメッセージは、彼女らしいと言えるだろう。
『笹宮さん、おはようございます! 今日も仕事、頑張りましょうね!! 次のプレゼン、絶対に勝ちます!!』
さて、どう返せばいいものか。
毎回の事だが、自他ともに認める無愛想主義者の俺にとって、LINEの返事を考えるのは悩ましい問題だった。
良好な関係を構築しつつ、無難な文章が望ましいだろう。
考えに考えて五回ほど入力し直したメッセージを送信する。
その内容は……、
『ああ』
よし、端的でわかりやすい。 上出来だ。
これで今朝のやり取りは終了……かと思ったが、すぐに後輩から返事が返ってきた。
『成功祈願で神社のお守り、買っちゃいました! あ! ちゃんと笹宮さんの分も買っておきましたよ!』
並みの人間であれば、即行の返信に慌てふためくだろう。
だが俺に油断はない。
次なる文章を打ち込む。
『そうか』
もうこれで終わりだろうと思ったが、さらに後輩は追撃の返信を送ってきた。
『もちろん勝負下着も準備オーケーです!! 見たいですか?』
『必要ない』
最後は何も考えず即答で返事を返した。
それしか言いようがないじゃないか。
妙な疲労感を覚えた俺はため息をつき、スマホをスーツのポケットに入れた。
二十六歳でチームリーダーを務めている俺は、新入社員である彼女の教育係を任されている。
きゃぴきゃぴとした女子の音声が流れてきそうなメッセージだったが、彼女はれっきとした社会人だ。
無事に教育期間を終了させてあげたいのだが、前のめりでグイグイ迫る後輩に困惑する毎日が続いていた。
「はぁ……。どうすればいいんだ」
そうつぶやいた時――、水面に波紋が広がるような声がした。
「あ~あ。相手の人、かわいそう」
とても自然。 強弱を感じさせない声が耳に入り込んでくる。
隣を見ると、そこに立っていたのは女子高生だった。
一見すると真面目そうな子だ。
鎖骨付近まで伸びる髪は美しい光沢が流れ、背は俺の肩程度。
女子高生としても低い方だろう。
しかも胸が大きいので、よけいに小柄さが強調されている。
六月という暑くなり始めた時期のためか制服のジャケットは着ておらず、腰にカーディガンを巻いている。
彼女は大きな瞳で俺の顔を見上げた。
見た目はそこそこの美少女だが、全身から漂う雰囲気が淡々としている。
クール系? いや違う。
平坦なテンションだから、フラット系とでも言うのだろうか。
俺はいつも通りの無愛想な態度のまま、女子高生に言い返した。
「後輩との業務連絡ならこんなもんだ。その前に他人のスマホをのぞくな」
「見えたんだもん」
「見たんだろ」
女子高生に反省の色はない。
しかもテンションはフラットのまま……。
まるで俺が負けているみたいじゃないか。
「あ。お兄さんは見たい側なんだね」
女子高生はブラウスの襟をつまんで、少しだけ浮かせた。
隙間からわずかに鎖骨が見えたので、俺は慌てて視線を逸らす。
別に女子高生に興味はないのだが、こういう事をされると否応なく恥ずかしさを感じるのが男というものだ。
「つまらんからかい方をするな」
「面白いかなと思って」
「全然」
「お兄さんが慌てた表情は面白かったよ」
「やっぱり、からかってたのか」
一方的な敗北感を味わっていた時、電車が駅に到着した。
空気が抜ける音と共に、電車のドアが開く。
「あ、私ここだから。じゃあね、お兄さん」
そう言って、ひらひらと手を振った女子高生は電車を降りてしまった。
まったく、なんだったんだ……。
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