6月3日(水曜日)スタンションポール
水曜日の朝は穏やかな気分になれる。
いつもの通勤電車、いつもの場所。
車窓の向こうに見えるのは、広がる青い空と流れていく景色。
しかし、清々しい朝の時間もそろそろ終わりのようだ。
「おはよ。お兄さん」
ほら、来た。
フラットテンションの女子高生、
ものども頭が高い。控え、控え~。
俺は脅されても下げんがな。
「ふぅ……。また来たのか。飽きないな、おまえも」
「あー。また、おまえって言った。次言ったら、パパって呼ぶからね」
「謝るから、ガチでやめてくれ」
結衣花はすでに指定席と化した俺の右隣に立ち、壁に背を預けた。
すぐ傍に立つと、結衣花の小柄さがよくわかる。
だが同時に、この角度だと彼女の大きな胸も目立つのだ。
油断すると胸の方に視線が行くので、彼女の方を見る時は意識して顔の方を見なくてはならない。
ったく、男がどれだけ気を使っているのかをもうちょっと察して欲しいものだ。
むにっ。
突然、隣に立っている結衣花が俺の腕を掴んできた。
さらに……
むにっ、むにっ。
なぜか結衣花は俺の腕を二回揉んできた。
さてはモールス信号……なわけないよな。
というよりも、今の俺の状態って電車でよく見かけるアレなんじゃないか?
「結衣花。少し訊ねたいことがある」
「とりあえず言ってみて」
なんで上から目線なんだよ。
「電車の手すり代わりに設置されているポールって、なんて言うんだろうな」
「スタンションポールだったかな」
「ほぉ。よく知っているな」
なるほど、なるほど。
電車でよく見かけるアレはそんな名称だったのか。
「もうひとつ訊きたいのだが、なぜ俺の腕をスタンションポール代わりにしているんだ?」
「なにかに掴まっていたほうが、姿勢が安定するじゃない」
そうだよな。
電車って揺れるから何かに掴まっている方がいいよな。
じゃねーよ。
「……俺は金属棒ではないんだが?」
「世界中の乗客たちをサポートし続ける、スタンションポールと同等の役割を与えられたんだよ。これは栄誉あることだと思うべきじゃないかな」
「誇れと?」
「感謝して欲しいな」
この世にポール代わりにされて感謝する人間なんているわけないだろ。
こいつ……、調子に乗ってんじゃねえぞ……。
俺は結衣花の親指をつまんで引きはがそうとした……が、彼女は必死に抵抗する。
「こ……このぉ……」
「……ん……んん……!」
ダメだ。剥がれん。
親指とはいえ、なんて握力だ。
だが、これ以上やると結衣花の指を痛めてしまうかもしれん。
ここは諦めるしかない。
「ふぅ……。まあいい。今日のところはこの辺にしてやる」
「無駄な抵抗だったね」
ったく、こいつの生意気な態度はなんとかならんのか。
大体、どうして俺の腕なんだ。
姿勢を安定させたいなら、後ろの壁に手をつけばいいじゃないか。
そういえば昨日、俺の腕の硬さがどうのこうのと言っていたが、それと何か関係が?
うーん。最近の女子高生はよくわからん。
結衣花はというと、さっそくと言わんばかりに毎度の話題を振ってきた。
「ねえ。いつもLINEをしている後輩さんとはどこまで行ってるの?」
大きくため息をついた俺は、うんざりした気持ちで答える。
「あのな。なにか勘違いしてないか? 俺は教育係だから、後輩と良好な関係を維持したいだけだ。女子高生が考えるような展開じゃない」
当然の答えだな。
後輩は確かに女性として魅力がある。
だが、教育係の俺がそんな感情に流されるわけにはいかない。
俺は理想の先輩として、後輩を導いてやりたいのだ。
社会人らしい俺の見事なトークに、結衣花はナチュラルなトーンで返す。
「エッチしたいってこと?」
「どういう脳内変換をしやがった」
こんなセリフを淡々と言い放つ女子高生が、かつていただろうか。
それともこれが普通? んなわけあるか。
「とにかく、恋愛とかありえない。 俺と後輩は仕事だけの関係だ」
「うん。大体わかった。つまりお兄さんは奥手のヘタレなんだね。でも、いいんじゃないかな。私は嫌いじゃないよ」
「頼むから、もう少し普通に解釈してくれ」
そうこうしているうちに電車は聖女学院前駅に到着した。
聖女学院といえば、この辺りでは有名なお嬢様学校だ。
おそらく結衣花もその学校の生徒なのだろう。
「着いたぞ」
「あーあ。到着しちゃった。じゃあ、明日もこの時間にこの車両で待っててね」
「待つつもりはない」
「そう言いつつも心を躍らせて待つ、素直になれないお兄さんでした」
「勝手なナレーションをつけるな」
■――あとがき――■
結衣花に腕をむにむにされて癒されたいです(こらっ!)
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