第11話 「Go ahead, make my day!」(後編)

「ちょっと!」明日夢が黙っていられなくなったらしい。「何それ! 関係ない人に、容疑なすりつけてるだけじゃん! 卑怯なやり方」

「卑怯ってのは違うだろ」強盗はちょっとむきになった。「自分が捕まらないための自衛策だって。元々最初から狙ってしたわけじゃないだから、俺は状況をうまく利用してるだけ。誰がバカ正直に容疑の眼を自分に向けさせるかってぇの」

「関係ないのに疑われた人がいるとか、考えないの?」

「はいはい出た」嬉しそうに笑う。「あのな、何を最優先しなきゃなんないか、ちゃんと考えてみろ。この場合、俺の安全だろ? 会ったこともないやつのこと思いやって、自分が危険に遭ってどうすんだよ。そんなことしたって、相手が返してくれる保障ないんだから。そんな性善説、役にはたたないって。日本の外交だってそうだろ? 中共とか朝鮮の連中とか、誠意なんて通じる相手じゃないのに下手に出て、その挙句が拉致被害とか、南京虐殺でっち上げられたりとか、従軍慰安婦と称する売春婦とか、竹島不法占拠されちゃってるじゃないの? これぜ~んぶ、相手の気持ちを思いやって誠意を見せれば、向こうも見せてくれるなんて日本が勝手に思いこんでるだけ。連中としちゃ、因縁つければつけるだけ頭下げてくるから、いくらでもやりたい放題ってわけよ」

 ものすごくずれた方向に話がすすみだしたことに、気がついているのだろうか。気分よさそうにしゃべりつづける強盗は、どこかたがが外れたような感じで、むしろ怖い。

「大体ね、日本における外国人犯罪は中共と朝鮮の連中が一番多いんだよ。あの国は犯罪大国だからねぇ。みんな留学とかの名目でやってきて、不法滞在するの。それも年々増加してる。それから在日の犯罪率の高さ知ってる? 連中は不法に日本に住んで、あらゆる特権に護られて生きてる分際で、ほとんどが犯罪者とかヤクザになるんだよ。そんな連中、たたけばほこりぐらい出るはずだから、いい機会じゃないの。自業自得だって。誰も困らないって。おたく、学生さん? 世の中出たら、そんな甘っちょろい考えじゃ通用しないよ。知らなかったろ、この話。もう少し勉強しろよ……」

「いいかげんにしてくんない」

 地の底から這い上がってくるような物騒な明日夢の声。自分のセリフや異論をはさめない立場の聴衆の傾聴ぶりに半ば陶酔してた彼も、さすがに我にかえる。

「あんたのご立派なお話は、考え方が似たりよったりのお友達にでもしてあげたら? あいにく間に合ってるの」

「あのなぁお前……いつまで騙されてるんだよ」

「くっだらない」明日夢が鼻の先で笑いとばす。「誰が誰を騙そうってのよ! それであんたが強盗するっての、何か関係あるわけ?」

「――去年、警察庁が発表した資料だけど」今度はボクが口をはさむ。「外国人犯罪で多いのは、米軍の兵士によるものと出稼ぎの南米人、中近東からの不法就労者の麻薬密売も増えてて、中国人や在日が多いってのは俗説にすぎないって云われてる。それから発生はここ数ヵ年、減少傾向にある」

「秀虎君、くわしいね」

「今日の講義でやったところ」

 あの教材、思いもよらぬ活用方法だ。

「だからぁ、表に現れない数字じゃ、あいつらの犯罪が一番多いんだよ」

「何で知ってんの? 日本中の犯罪の件数、あんたが全部数えてんの?」

「お……何?」強盗は急にうろたえはじめた。「ちょ、ちょっと、何、お前ら騙すって……まったくマスゴミに洗脳されてるバカどもは……もうちょっと世の中の現実を知る努力をしろって」

 いつの間にか呼び方がおたくじゃなくってお前になってた。明日夢とボクは白けた気分になった。少なくともボクには、強盗する正当性も別の人が疑われても自業自得なんて考えられる理屈もわからない。さっきまでナイフを手にしておっかなかったこの男が、急にこっけいで、たいしたことのない存在に思えてきた。

「バカバカって何よ。結局何もわかっちゃいないのは、あんたじゃないの?」明日夢が強烈にこき落とす。「あんたみたいな間抜け、すぐに捕まるに決まってる」

「おいお前、いいかげんにしろよな」急に憶いだしたように、手にしたナイフをちらつかせはじめる。「あんまりふざけた態度とってると、こいつどうなるかわかんねぇぞ」

「できるもんなら、やってみなさいよ。秀虎君にかすり傷でもつけたら、あんたの罪状、コンビニ強盗ぐらいじゃすまないわよ」

「いや、挑発すんなって」

「俺ができねえと思ってんのか、このデカ女!」

「……誰がデカ女よ!」

 明日夢が火を吹く。

「はあん……」男が下卑た笑いをうかべる。「お前、男とヤったことねえんだろ!無理もねぇよな、そんなバカでかい身体してたら、誰だって逃げ出すって。ごつごつのごりごりで、もう女じゃねえもんな」

 明日夢は妙に無表情だった。彼女が何考えてんのかわかんないけど、ボクは心の底からこの男に腹がたった。

 ボクの視界の隅で、明日夢の腕が背中に回されたのがちらりと見えた。それから明日夢の身体がゆらぁって立ち上がった。そりゃもう、ゆらぁって表現するしかない動きだった。前髪に隠れて、目許がよく見えないけど、ボクの中の何かが警告を発していた。

 背を向けて部屋を出て行く。呆気にとられていた強盗だったが、はっと気がついて慌てて立ち上がる。必然的にボクも立ち上がることに。明日夢を追いかけると、玄関脇の台所の流し台の前にいた。

「おい、勝手なことすんなよ、おい、おい、聞いて……」

 明日夢のやつ、無言で台所の洗いかごに入ったままの包丁を手に取った。

 振りかえる。

「でかいとか女じゃないとか、あんたなんかに云われる筋合いはないわね」

 その明日夢の表情に、ボクはぎくりとした。

 包丁にぎったまま、ずんがずんがと近寄ってくる。強盗は何がおきたのかわかっていないようで、呆然としている。ボクは男から少しでも身体を離そうともがく。

「何だ、何だ、何だあいつ」

「うるせぇ、近づくな!」

 彼を引きずるようにしてボクは、部屋の中に後退する。そっちしか逃げ場がないからだ。巻きこまれないうちに逃げたいのに、男の身体が邪魔だ。手首に相手の体重がかかり、ひどく痛い。手錠でつながったまま、哀れなふたりの男はばたばたと逃げまどって、たちまち窓際に追いつめられてしまった。

 ぶん――と腕が横になぎ、慌てて前かがみになったボクらの頭上十cmの空間を、彼女の手の中の包丁の刃先が銀光をきらめかせて走り抜けた。カーテンがその軌跡にそって斬り裂かれる。ボクの背中に冷たい汗が流れた……本気か、こいつ?

「ちゃぁんと避けてよね、秀虎君」

 にたぁと明日夢が笑う。一拍おいて、強盗の口から甲高い悲鳴があがった。初めて状況を理解したのだ。遅いぞ。

「き、き、き……斬った! おいお前、あいつ今、斬ろうとしたぞ!」

「だから挑発すんなって云っただろうが!」

「云ったか?」

「くくくく、今宵の虎徹は血に飢えておるわ……」

 包丁を口許に持ってきて、嬉しそうに不敵に笑う。眼がイっているぞ。

「飢えてない、飢えてない」

 ボクらは首をぶんぶん振って否定した。

「何云ってんの、さぁかかかってきなさいよ、楽しませてちょうだい」

「こら、お前謝れ、すぐに謝れ! ほら北森、こいつごめんって云ってるだろう?」

「もう遅いもん」

「待て、話せばわかる!」

 叫びながら、ボクらは身を翻した。魂の双子でも、これ以上は不可能ってぐらい完璧に息があっていた。後ろから明日夢が山姥みたいに追いかけてくる。そのとき、

男が卑怯くさいことにボクを思い切り突き飛ばした。やっぱり犯罪者だ。

 でももちろん、つながってるこいつもいっしょになってバランスを崩す。バカだ。渾身の力をこめて、男を引きずりよせて盾にしようとするが、もちろんこいつももがいて、ボクらはからまりながら倒れこんでしまった。

 眼の前に明日夢がいて、包丁を大きく振りかぶっている。身体、でかいから、迫力がすごい。ボクらは大声で悲鳴をあげて、とっさに同時に蹴り上げる。それがたまたま明日夢の脚を引っかけて、彼女はよろめいて壁に激突した。魂の双子、再びである。

 その隙を見逃さず、ボクらははうように必死で部屋から外廊下に飛び出した。

「お前、鍵、鍵!」

 ボクが叫ぶと、男は慌ててポケットを探り出すが、手にナイフ持っている。ボクは油断している男の手からとっさに取りあげ、手早く廊下から外に落とす。

「わははは、やってやった。ざまぁみろ、バ~カ!」

「てめぇ!」

 強盗が歯をむきだしてわめくが、明日夢が部屋から飛び出してくるのを見た途端、飛び上がって階段へ逃げ出そうとした。

「痛てて、だから鍵、手錠の鍵! もうオレ、関係ないだろ!」

「うるせぇ!お前もいっしょだ!」

 引きずられていくボク。明日夢が追いかけてくる。

「死ね~!」

 廊下半分の差をほんの数瞬で縮め、怪鳥のように跳躍する。ボクの顔のすぐ脇を、黒い塊がものすごい勢いで飛びぬけた。さすが元インハイ出場。まるでワイヤーアクションだ。

 階段まで到達していた強盗の背中に、見事に明日夢のかかとが喰いこんだ。バットで肉の塊をぶん殴ったような音。

 口から内臓が飛び出すような悲鳴がもれた。弾き飛ばされるように、階段へダイブしていく。そしてもちろん云わずもがなだけど、魂の双子たるボクもその動きに巻きこまれ、身体全身を激しく打ちつけながら、前まわりと側転と後ろまわりと、それらがいっしょくたになった回転運動とを、彼と共に体感するはめになった。階段全体がきしみ、盛大な音をたてる。

 痛いというより、あちこちぶつけた感覚ばかりで、もういいかげんに勘弁してくれと思った時、上半身が硬い壁にぶち当たり、後ろからぐにゃぐにゃした重たいものがのしかかった。壁と思ったものは地面で、のしかかってきたものは、強盗だった。

 二、三秒たって――実際はもっとかかったのかもしれないが――ようやく身体中に激痛が訪れたが、別に嬉しくともなんともなかった。

「うぎぎぎ……」

 ボクの上で、このくそったれのコンビニ強盗の野郎が、悲鳴をあげながらもぞもぞと動く。痛いっての、さっさとどけよ!渾身の力で押しのけると、本当に身体中どこもかしこも痛い。涙が出てきそうだ。

 強盗は虫の息でどこからか鍵を取り出すと、震えながら手錠を外した。そして痛みにだろうけど、身体をくにゃくにゃさせながら、立ち上がろうとした。

「勝った――」

 その声にうめきながら見上げると、階段の上から明日夢が見下ろして、爽快そうな顔をしてやがる。

「何が勝っただ、バカ……」

 ボクはようやくつぶやいたが、強盗は何も云えずに、何とか逃げようともがく。ボクの方はもう、ちょっとね……ごめんをこうむりたい、このまま寝てていいかな?

「いや~どうもどうも、大丈夫ですか?」

 能天気な声が聞こえてきたので、顔だけそちらに向けると、蝦名刑事と鯖江刑事が立っていた。何でここに?

「あなた、ちょっと署まできてくれるかなぁ?」と強盗に向かって蝦名刑事。「昨夜のコンビニ強盗の件で、少しうかがいたいことがあるんですよねぇ。それと熊谷さんと北森さんに対する軟禁やら脅迫やら傷害未遂やら何やかやで」

「はい、確保」

 若い鯖江刑事が手早く強盗の身体検査をし、後ろ手に立たせる。彼はうめくばかりで、抵抗もできない。

「……どうしてここに?」

 寝ころがったまま訊ねると、階段から降りてきた明日夢がスマホを振りながら、にやにやしている。

「おや熊谷さん、待ち受け彼女ですか?私も娘なんですよ」

 刑事がのぞきこみながら、呑気に云う。

「それ……オレのスマホ」

 ……あのとき強盗に渡したのは、自分のスマホだけだった。ボクが持ってないって知って、おまけに手錠かけてたから油断してたんだ、きっと。つまり明日夢のやつ、オレのスマホで……

「お前……いつ連絡を?」

「あいつにケータイ渡したとき。着信履歴ぐらいなら、手探りでいけるよ。さすがにメールは無理だけど、後ろでこっそりずっと通話状態にしといたの。切られなくってよかった」

 満足そうに、明日夢が答える。そう云えばあのとき確かに、強盗は明日夢のケータイの電源を切るために、彼女から眼を離した。

「大丈夫、強盗したってこともおふたりを軟禁した様子も、全部録音しときましたから。最初はイタズラかとも思ったんですがねぇ。熊谷さん、彼女やるじゃないですか」

 ……明日夢の殺人未遂の方はどうなるんだ?

「でも途中で通話切れちゃって、ちょっとあせりましたよ。何かあったんですか?」

「さぁ?」明日夢がしれっと首をかしげる。「あいつ、急に昂奮して暴れだして、秀虎君人質にしたまま外に飛び出しちゃったんですよ。それで階段を転げ落ちちゃって……大丈夫、秀虎君? けががなくってよかったね」

 ……恐ろしいやつ。

「はぁ……まぁそういうことにしときますかね」

 苦笑する蝦名刑事も、何となく察しているようだったが、それ以上は追求しなかった。ボクも身体中痛くって、正直云ってそれどころじゃなかった

「蝦名さ~ん」強盗を向こうに停めたパトカーの後部座席に押しこみながら、鯖江刑事が叫ぶ。「夕飯、何注文しますか~って」

「麺じゃなかったら、何でもいい~」

 答える蝦名刑事。大丈夫かね、この人たち。

 頭の向きを変えると、ボクが階下に落としたサバイバルナイフの刃が、1階の部屋の前で光っているのが見えた。背中には地面の、手首には依然手錠の感触。上からは明日夢が、これ以上はないってぐらい心配そうなふりをしつつのぞきこんでいる。そして身体中には激痛。

 それでも、何とか助かった。

 

「あいつ派遣社員でね、不況で派遣契約更新されなくって、急に仕事がなくなったもんで、生活に困ってたんだって」

 学食で一番安いかけうどんをすするボクの前で、明日夢がそう教えてくれたのは、事件から三日ほどたったころだった。

「何で知ってるんだ?」

「蝦名さんが捜査状況を教えてくれた。メル友になったんだ」

 すぐ誰にでもなつくやつだな。つーか、捜査情報ほいほい教えていいのか、あのオッサン。

 明日夢の話では、これまでの事件もあいつの仕業とのことだった。やはり外人でなく、あいつが威張ってたとおり、最初に勘違いされたのをいいことに、後はふりをしていたようだ。あの谷さんの云うことなんぞ、あてにはならない。でもやはりそれにも下地があるようで。

「いっしょに働いてた中国からの留学生のバイトも同じときにクビになってさ、何で自分がこいつらと同じ扱われ方をされなきゃならないんだって不満をもらしていたみたい。同じ工場の人の話じゃ、元々そんな感じのことは云ってたらしいけど、それもあって、ことさら外人に対する恨みが積もっていったみたい」

「……バカじゃねぇの? 仕事がないから強盗。嫌いだから罪は外人になすりつけようって? 歳いくつだよ」

「二十五って」

「はぁ……」

 ボクは思わずため息をついてしまった。そんなバカのために、ナイフで脅されるは、手錠でつながれて軟禁されるは、明日夢に殺されかけるは、階段から転落するはと、骨折こそしていなかったが、身体はまだあちこちが痛い。バイトも当然休みだ。

 明日夢がブチ切れてなかったらどうなっていたかはわからないが、少なくとも半分以上は明日夢による被害だ。無事だったなどと呑気に云ってはいけないと思う。思うがそれよりも、ナイフ片手の男と包丁で斬りあおうとする女を敵にまわしてはいけないと、もっともっと痛切に思う。

「刑事さんが、似顔絵ありがとうって秀虎君に伝えてくれってさ」

「う……」

 ほんの少し、身体以外のどこかが痛んだ。

「でもね……」明日夢が学食のテーブルにひじをつき、遠い眼をする。「今度の事件は不況と云う社会が生み出した不幸、彼もまた時代に翻弄された被害者なのかもしれないねぇ……」

「……お前、無理やり社会派みたいな話にしようとしてない?」


 ……ちなみにスマホの待ち受けは、まだ明日夢だ。借金はまだ返済していない。


(了)

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