第8話 「Trcolore,Blanc Vert Rouge」

「……助けて、秀虎君」

 その日の講義を終えて、大学から帰る途中にかかってきた細く弱々しく震えた明日夢からの声に、思わずスマホをにぎりなおした。

「……北森、どうした?」

「お願い助けて、うちにきて……」

 それだけで明日夢からの電話はあっさりと切れてしまい、後は彼女との交信がとだえたことを意味する無機質な電子音だけだった。

 あんなうろたえた北森明日夢の声を、今まで聞いたことなかった。


「うお~! 十分で来たよ」

「すっごい、絶対十五分はかかると思ったのに」

「ね、だから云ったでしょ、明日夢君がSOS出せば、すぐ駆けつけてくるって」

「……で、何?」

 走ってやってきた明日夢の部屋で、息をきらしながらボクが見た光景――卓の四辺には明日夢、それに例によって久川、持田、柿本の三人組。周囲には清涼飲料水のペットボトルやスナック菓子の袋が散乱し、そして卓の上でジャラジャラと音をたてているマージャン牌。

「……こんな時間から何やってんだ?」

「昼の講義が休講になっちゃってさ、みんなで久しぶりにマージャンやろうってことになったの」

 と北森がにこにこしつつ答える。 助けてってセリフ、どこ行った?

「あぁそう、じゃ帰っていいかな」

「ああん、待って待って! お願い、敗けそうなの。助けて」

「がんばれ、オレはバイトだ」

「今日は休みでしょ」

「なぜ知ってる!」

 本当になぜ知っている。

「代走お願い」

「断る」

「じゃ、後ろで見ててちょうだい」

「見ててどうすんだよ」

「秀虎君に見ててもらってるだけで愛の力がふつふつと……あぁっ、うそ、冗談、帰っちゃだめ! 悪いところがあったらだめって云って!」

「お前の存在、すべてだめだ。何だよそれ、お前たちいいのか?」

「今日は明日夢君、ボロボロだからさ」と柿本が余裕たっぷりに「特別に秀虎君を助っ人に呼んでもいいよってことになったの」

「お前らなぁ、年ごろのオンナ四人でこんなことして虚しくないのか?」

「あら、おあいにく様」くすくす笑いながら久川。「あたしたちは明日夢君とは違って、そのあたりはちゃあんと充実してるから、ご心配なく」

「えっ!そうなの?」

 明日夢がものすごい形相で振り返る。

「と云うわけで」持田が牌を手の中で転がしつつ「秀虎君、明日夢君の助っ人したげてね」

 ……何がどーゆーわけでそんなことになったのか、まるでわかんないけど、帰るタイミングを失った感じで、どうせ何もすることがないわけだからと、ボクは明日夢の後ろに何となく居座るはめになってしまった。

 ボクが来た時、ちょうど次の局がはじまるところだったようだ。もう何荘かやってるみたいだけど、成績表は向こう側にあるようで、見当たらない。ま、どのみち、後ろから見てるだけだからね、ボクは。

 そう思いながら、明日夢の手牌をのぞく。特に波乱なく一局、二局とすすんでいく。明日夢の手は悪くないが、テンパイ直前でもたつく。別に悪い選択じゃないと思うし素直に手なりだから、こいつが下手くそって云うよりやっぱり流れが悪いんだろう。配牌で受けの広いあっさりした軽い手がきたら、余剰牌があたる。大物手がきたら、他家が早あがりする。そんな時は逆に打ってみたりする方法もあるらしいが、僕はあんまりそういうのって信じない。

 第一ボクらはプロでも何でもないし、ゲームで敗けたってたかだか数千円だ。むだ話しをしながら、遊びで打ってるわけだから、敗けたって別にかまわないと思う。つーかむしろ明日夢、お前敗けろ。敗けて痛いめにあえ、泣け、そして大いに反省しろ。

 流れに乗れないまま東四局。明日夢の手牌に字牌が集まっていた。ワンズの混一あたりを視野に入れて打つべきだろうけど、ツキのない時はこんな風な大物手がきてもうまくいかないことが多い。かえって脚かせになる。もっと軽い手がいいのだけど。

 明日夢もちょっと迷ってるみたいだったが、ソーズの下から切っていく。四巡目でワンズが入ってきて早々とメンツが確定する。中盤に入って白の刻子が完成した直後、久川が中を切った。

「ポン」

 明日夢が鳴く。雀頭が決まっていない苦しい待ちだが、捨て牌に混一の気配はないから、出ないことはないかもしれない。

「明日夢君が鳴くなんて、珍しいね~」と柿本。「明日は雨が降るんじゃない?」

「いつごろ?」

「午後かなぁ」

 久川が七ソーを切る。

「あ、ポン」安牌を切って「天気がよくなってきたみたい」

 今度は持田が切ったピンズで、久川は自風のみで安上がりした。

「く~」

 明日夢の大物手はつぶされた格好だ。悔しそうに手牌を混ぜる。

 明日夢は結局ラストだった。ボクは大きくため息をつくと、そこら辺に転がっていた空のペットボトルを拾い、思いっきり明日夢の頭をぶっ叩いた。

「痛~い!」

「アホかっ! お前はアホなのかっ! それともわざとやってんのかっ!?」

「何がよっ!」

 喚く明日夢を無視して、三人に視線を移す。三人は三人とも別々の部屋の隅を眺めている。きっと地縛霊でもいるのだろう。

「いっつもあれ、やってんのか?」

「え~何が?」

「と、お、し、だ、ろ!」

「あははははは……」

「え、そんなまさか?」

「冗談でしょう?」

「うそっ!?」

 明日夢がびっくりして声を上げた。

「気がついてなかったのか、お前、あんなわざとらしいセリフ?」本当に驚いたぞ。「天気の話、多分雨がソーズだろ? 午前午後ってのは、それぞれ上のほうか下のほうかってことだろが」

「……あたり」おかしそうに、久川が答えた。「九ソーが雨みたいで、一ピンがお日様みたいだから、晴れがピンズ。ついでに間をとって、曇りがワンズ」

「字牌はまぁ、その時ごとにいろいろとね。北島三郎とか」

「はっ! そう云えば、やたら天気を気にしてるんだなぁって思ってた」

「気がつくだろ、普通おかしいって思うだろ、何で気がつかないんだ! お前の脳ミソは白ミソでできてんのか!」

 アホなことをぬかすド阿呆の頭を何度も叩く。

「お前らなぁ、いくら何でも通しはないだろうが。イカサマだろそれ、女のやるコトじゃないぞ。だいたい北森をカモにして、どうすんだ」

「いやぁ最初は冗談だったんだけどさぁ、全然気がつかなくっておもしろかったもんでつい」

「イカサマだー! 借金も罰ゲームもちゃらだぁ!」

 明日夢が叫ぶ。叫ぶが、気がつかなかったお前も悪いって……ん? その時――何かが引っかかった。だがその一瞬が去ってしまうと、もう何が気になったのかわからなくなってしまった。

「そういうわけにはいきませんなぁ」久川は不敵な笑みを浮かべる。「イカサマは気がつかないやつが悪いんですよ。敗けは敗けだから、きっちりはらってもらいましょうか?」

「そんなぁ~」

「嫌だと云うんだったら、約束どおり身体ではらってもらいましょう」

「秀虎君、助けて~」明日夢が泣きまねをする。「あたし、外国に売りとばされちゃうの~」

 どういう約束だ。うそをつけ、うそを。

「へっへっへっへ、お姉ちゃんほどの上玉だったら、高く売れるぜぇ」

 もっとうそだ。

「何なら、秀虎君がのこりの二荘、相手する?」挑発するように柿本。「勝ったら、明日夢君の借金、チャラにしてあげてもいいよ」

「北森、これまでの順位は?」

「ラスト、三着、ラストで、今のがラスト」

「アホか~!」

 どうやって勝てと?

「お願い、助けてダーリン」

「うるせぇ、アホ」

「あ~もう、オトコらしくないわね~」

「はい、代走入りま~す」

「おい!」

 久川たちが勝手なこと言い出すと、明日夢のやつ、すばやく席を立って背後へ廻りボクを押しやった。

「秀虎君、がんばって~」

「明日夢の代走だから、払いも当然代走ってことでいいよね?」

 持田のやつが恐ろしいことを云う。

「いいわけあるかー!」

 ……結局

「点五。ウマはなしで符計算はしないで単純に点棒計算だけね」久川が彼女たちの基本的なルールの説明をする。「箱下でも続行。喰いタン、後付はナシ。ダブロンはナシの頭ハネ。あ、後はオープンももちろんないから」

「あぁそうですか」

「何よ、秀虎君」持田がえびせんをかじりつつ「テンション低いね」

「当たり前だ」

「えっと、つめしぼいる?」

 と明日夢。

「いらねぇよ!」

 明日夢のやつ、思ったほど敗けてなくって、半荘四回で▲40だから、ざっと五万ずつ点棒を集めればよい計算だ。箱下でも続行だから決してできないことないかもしれないけど、敗けがこんでる明日夢の代走だから、そんなツキはのぞめそうにない。神風でも吹くのならともかく、マージャンマンガでもなし、そんなに都合よくいくかってぇの、まったく。

 どうせはらうのは明日夢だと、開き直ってはじめることにする。ボクの知ったこっちゃないが、マイナスが大きくなるとこっちに責任を押しつけられそうだから、とりあえずこれ以上増やさない方向でいこう。

 これまでの成績は久川がトータルトップ。持田がつづいて、柿本がわずかにマイナスってところだ。いただくなら久川からだなと、理牌する彼女をちらりと見ながら考えた。

 そんなわけで、五荘目は淡々とすすんだ。東一、二局は三人がそれぞれ、お互いに点棒をやりとりしただけだ。ボクの手はよいような悪いような、何とも云えない。東三局で手が入り、ピンフの3900を理想どおりにトップの久川から当たり、親を持ってきた。そこで連荘して四万を越えた。しかし南入すると場が膠着して、トップにはなったけど、結局一万五千ほどの浮きで終わった。はぁ~のこり二万五千かよ。マイナスは減らしたが、浮きにはほど遠い。

 六荘目に入って急に場が荒れた。柿本がドラドラのチートイを上がったかと思えば、ボクは久川にドラを暗刻にした、爆弾みたいな三暗刻のハネマンに振りこんでしまった。これで前局の勝ちをほとんど吐き出してしまった形だ。

「明日夢君が売りとばされる時が、着々と近づいてきました~」

「うるさい、久川」

「助けて、秀虎君」

「やかましい」

「ちなみに点五は五十円じゃなくって、五百円だから」

「うそつけ!」

 東四局で、何とか久川からタンヤオを上がるが、ピンフもドラもからまないノミ手だった。しかも南一局で、今度はボクが持田に振りこんでしまった。柿本がチートイを上がったころには、刻子場になった気がしたけど、タンピンにまとめようとしたらいらないところが重なってきた。持田のあがりはピンフのみの速くて安い手だったけど、順手にまた変化しはじめたのだろうか? ちょっと判断がつかない。このまま、ずるずると終わってしまいそうな雰囲気が濃厚になってきた。

 ボクが親のオーラス。プラスにするには四万点が必要。親のヤクマンで一発逆転。マンガだったら、それこそ主人公が一発まくるという見せ場だ。

 そこでオバケが入った。三元牌が節操なく集まっている。白三枚、中二枚、發一枚。配牌でこんなの初めて見たよ。大三元が見えているし、ヘタしたら字一色でダブル役満まで見えると云う恐ろしい手だ。すげえ、こんな場面でくるかねぇ……?

「秀虎君、後がないよ~」

「オレが親だからな、八連荘でもすりゃ、追いつけるさ」

 大物手が入ってるってことを悟られないように牽制をする。たとえ損するのが明日夢にしたって、打ってるのはボクだ。後で何て云われるかわかんないから、久川たちに敗けてやるのはおもしろくない。慎重にいくコトにしよう。

 ボクは完全に浮いている一ワンを捨てた。つづいて上手の久川が無造作に發を捨てるが、手元には一枚しかないから、鳴きようもない。こればかりはどうしようもない。そう思ってたら、うおっ! 二巡目で何と發を引いてきた。これで一気に鳴いてテンパイにまで持っていけるが、發か中が暗刻になるまで待ちたい。警戒されたくないので、なるべく字牌の匂いをさせないように、不要な北を捨てる。

 だけどその後がつづかない。ワンズ、ソーズ、ピンズと引いてきたけど、序盤から粘っこいところは切りたくない。だましだまし切るけれど、河の方にメンツができてしまいそうだ。

 七巡目で対メンの柿本が南を鳴いた。

「これで何でも上がりだね」

「……白も中も見えてないね」

 じっと河を見ていた久川がぽつりとつぶやいた。途端に卓上に緊張が走り、三人分の視線が僕の手元に集中した。何てこと云いやがるんだ、こいつは。

「字牌はまずいかな……?」

「まさかとは思うけど……」

「秀虎君、親だしね」

 三人が警戒するようにつぶやく。相談すんなよお前ら。

 どうとでもとれる笑いを浮かべたつもりだったけど、うまくいっただろうか。

 次にツモった久川が眉をひそめる。自分の捨て牌と僕の手元を交互に眺めている。

「ん? まさかね」

 云いながら最後の發を捨てる。えぇい、くそ、早すぎるがやむをえない。ボクは發を倒す。

「あ~やっぱり!?」

「バカ」柿本が抗議する。「きっちり降りなさいよ」

 發をさらしてしまったから、もう中は滅多なことじゃ出ないだろう。一か八かだけど、後はツモるか、ボクの手を甘くみて捨ててくれるのを待つかだ。

 ボクの背中に密着するぐらい近くから、明日夢が手元をのぞきこんでいる。「いけいけ」なんて気楽に云ってくれる。

「あっち行けよ」

「つめしぼいる?」

「いらねぇよ!」

 警戒してか、やはり誰も中は出さない。それどころか字牌もしぼりだして、中張牌が切られていく。流局させて次局ねらいなのは、みえみえだ。あ~こりゃだめか……? そう思った時、ツモった指先がつるりとした。四枚目の白――まさかこいつをツモるとは……手牌に入れて、手持ちの白を切る。

「あ~~」

 卓上の緊張がゆるむのを感じた。三人が大きく息をつく。

「大三はナシね、秀虎君?」

 柿本がそう云いつつ、三枚目の中を捨てる。

「ポン」

 中2枚を倒した。大三元確定。

「あっ!」柿本が驚く。「ウソ?」

「よっしゃ!」

 明日夢が声を上げる。

「手出しでしょ、せこいまねして」

 久川がむくれる。

 一度はゆるんだ緊張が、ふたたび場に張りつめていくのがわかる。後は六・九ピンで上がりだ。ボクの捨て牌にピンズは安いが、終盤のこの順目で出る可能性は五分五分かそれ以下だろう。ヤクマンだったら一発で勝負はひっくり返るから、三人の顔から余裕が消えている。

 久川が無言で安牌の三ピンを捨てる。筋を頼りに切ってこないかな。

 柿本のツモ。皮肉にも中だ。ツモ切る。

 持田がちょっと迷って、ボクの捨て牌に高いワンズを切る。

 ボクのツモ。安牌が重なる。もちろんツモ切り。

 再び久川。緊張がはっきりとわかる。ツモった牌を手元に入れる。ボクの捨て牌を凝視し、かなり迷ってから六ピンを捨てた。

 ボクは手牌を倒す。

「うそっ!」

 久川が青ざめる。

 わははは、親のヤクマンだ! これで借金はきれいに消えたぞ。元々はボクのじゃないけど。正義は勝つ!

「やったぁ! 秀虎君、えらいっ!」

 明日夢が叫んで後ろから飛びついた時、上手で今まで動きを見せなかった持田の声がした。

「ごめん、頭ハネ」  

「……へ?」

「ピンフのみ~悪いわね~こんな手で」

「いやったぁっ!」久川が叫ぶ。「しゅ~りょ~!」

「ナイス、もっちん」

 と柿本も山を崩す。

「おほほほほほ、秀虎君なんぞに好き勝手されてたまるものですか~」

「わ~ん、バカァ!」明日夢がペットボトルで僕の頭をぼんぼん叩く。「秀虎君が、責任持ってはらってよ~! どーもありがとー!」

「ちょっと待てー!」

「ええっと、秀虎君は明日夢君の成績からちょっとは浮いたけど、結局▲38だから……トータル一万九千円の敗け」

「ウソつけ、何で、そんなになるんだ!」

「だから点五は五十円じゃなくって、五百円だってばさ」

「どこの世界にそんなレ-トがあるっ!」

「はい、もう抗議は受けつけませ~ん。敗け犬はとっととはらってくださ~い」

「よ~し、呑みに行こう! 今夜は秀虎君のおごりだ~!」

「おおー!」

「待てっ! 北森、何でお前まで!」

「ゴチになりま~す」

「ふざけんな~!」

 その瞬間、さっき引っかかったことが突然ひらめいた。

「……ちょっと待て」

「あら、敗けは敗けよ。おとなしく払ってちょうだい」

「前に一度……」ボクは三人をにらみつけつつ「北森がマージャンの罰ゲ-ムっていってうちに来たことがあったよな」

 三人は顔を見合わせる。

「え~、あったっけ?」

「あ、ほら秀虎君が明日夢君にメイドの格好をさせた時」

「あ~それでご飯作らせたんでしょ」

「あ~はいはい」

「秀虎君もいい趣味してますなぁ」

 セリフが白々しい。

「そうじゃなくって! あの時のマージャンもひょっとしたら……」

 三人が三人とも、部屋の隅にいるのかもしれない地縛霊の存在を霊視することに、急に関心を持った様子だ。

「あ~」背後から気まずそうな声。もちろん地縛霊ではない。「そう云えば、あのときずいぶんとお天気の話、してたような、してないような……」

「……」

「あれ? そうだっけ?」

「さぁ憶えてない」

「偶然じゃない? 季節の変わり目で」

「……」

「まぁいいじゃない。別に変なことなかったんだし」

「うん、今日だってみんなで楽しくマージャンできたし」

「そうそう」

「……」

「ふみちゃん、ゆいちゃん、もっちん……」

 これは明日夢。眼がすわってる。

「あははは、ごめん」

 久川がとうとう我慢できずに笑いだした。柿本と持田も身もだえしている。

「どーゆーつもりよ~」

「ごめん、ごめん、冗談だって。あんな格好するなんて、まさか本気にするとは思わなかったんだってば。それもあんな服わざわざ買ってきてさ」

「う~~~」明日夢が顔をまっ赤にしている。「恥ずかしかったんだから」

「あ~よしよし、でもよかったじゃない。秀虎君にかわいい格好見せることできて」

「襲われるかと思ったよ。だいたい何でオレんちだったんだよ」

「さぁ何ででしょうねぇ?」

 柿本がにやにやしている。

「まぁいいじゃん」と持田。「何も問題ないし。さ! 呑みに行こう!」

「さんせ~い」

「ふざけんな!」

「秀虎君、オトコのくせにケチくさいこと云わないの、あきらめなさい」

「北森、元はと云えば、お前が原因だろうが!」

「あたしの借金、秀虎君が肩代わりしてくれるって云ったじゃない」

「云ってない、云ってない」

「あははは、あきらめの悪いやつめ」


 三人は前方を、声をたてて笑いながら歩いている。ボクは少し遅れて明日夢と並んで歩いていた。百八十二cmもあるコイツとは、十cm以上も差があるから恥ずかしい。何でこうなるんだ。

「ごめんね~秀虎君、後でちゃんと割り勘にしてもらうから」

 そう云いながら両手を合わせる明日夢も、にやにや笑ってる。わかるもんか。後で逃げ出してやる。

「いつもはホントに点五十円なんだよ。それに敗け分の清算は、きちんと毎回してるから借金なんてないから」

「当たり前だろ」

「ふみちゃんたち、あんな通しなんて普段は使ってないよ。罰ゲ-ムをしようって時ぐらいかなぁ」

 そんなことだと思った。からかわれたんだ、お前。

「何でオレんちにくるのが罰なんだよ」

「いやぁまぁそれは……あははは」

 笑いながら明日夢のやつ、逃げていった。


(了)

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