第4話 「La journee et la nuit de 20 ans」

 帰省中の娘が上げ膳据え膳でぐうたらできるほど、北森家は甘くない。 正月だけはきちんと帰ってこいとのきついお達しがあったので、年末ぎりぎりまでバイトして実家に帰ってきた明日夢は、大掃除をしなかった分と云われて、正月からこき使われるはめになった。

 今朝も母親といっしょに朝食のしたくをし、弟の分の弁当をつめる。 父親に兄と弟、男が三人――そのうち一人は高校生――もいると、食事の席は騒然として慌しい。明日夢もみんなに飯をよそおうのに忙しいが、その慌しさに敗けずに、おかわりする。

 弟が部活に出かけ、父と兄が表の店に出たら、その間に掃除機をかけ、洗濯機を回す。それをすませて、ようやく北森家の朝は一段落する。

 いつもならそれでお役御免の明日夢だけど、さすがに今日ばかりはそんなわけにはいかない。急いで風呂にお湯をはり、部屋からスーツをとってくる。

 そんなばたばたしてる明日夢に、兄の浩人が母親のいない隙をみて、こっそり一万円札をにぎらせてくれた。

「明日夢、これやる」

「うわっ、いいの?」

「親父たちには内緒だ。みんなと呑みに行って、金持ってなかったら、みっともないだろう」

「兄ちゃん、それは男の発想だよ」

 しかし、さすが苦労人気質の長男。ありがたくいただいときます。七つも歳が離れているから、この兄は明日夢にわりあい甘い。でも父親と母親からももらったことは、とりあえず内緒だ。

 選択肢はない。振袖は着ない。絶対、似合わないし、第一動きにくくってやだ。

 お前が振袖着たら、反物の量がすごいことになる、と云ったのは親父殿。ミカン、投げつけてやった。

 駅前に立ってたら、電車で来るやつらのいい目印になる、と云ったのは兄の浩人。蹴り飛ばしてやった。

 極彩色のラドン? と云ったのは弟の慎也。こいつは念入りにチョークスリーパーホールドをきめてやり、タップさせた。実力の違いはみせてやらねばばらぬ。

 普段だったら「そんなに云うだったら、着てやらぁ!」と叫んで玉砕したところだけど、今回ばかりは勝因がまったく見つからないので、やめておいた。多分きっと、賢明だったと思う。 ただ母だけはしきりに「振袖、振袖……」と云っていたけど。

 すごく短くって、装いのしようのない明日夢の髪だって、たまにはかっこつけるときがある。ゆっくりとお風呂に入って、上半身裸で洗面台の前に立ち、何度もヘアスプレーのお世話になり、ようやくそれっぽくきまる。 普段はしないお化粧も、今日ばかりは手を抜かない。何度も何度も、鏡の中の自分を見直す。 振袖を着る子らは、朝の三時から美容室だから、楽なこと、この上ない。

 パンツスタイルのスーツ。まじめなカンジの紺じゃなくって、薄っすらとブラウン系。見た目おとなしいが、近寄ってみると、細かいブルーのラインが遊んでる感じ。 大体、明日夢は体形に合った服がなかなかないので、これはオーダー。振袖にこだわった母親が、着ないんならせめて就活にも使えるように上等なスーツを、と云って仕立ててくれたのだ。

 早く帰ってくるのよ、呑みすぎないようにね、先生にちゃんとご挨拶するのよ、みっともないまねしないようにね――と母親の注意を背中で聞きながら、店に顔を出す。

「行ってくるから」

 と声をかけると、パソコンでトリミング作業をしていた父親は、馬子にも衣装だな……と面白みのないセリフを口にした。中学や高校に入った時の制服を見ても同じこと云っていたので、誉め言葉だと思っておこう。

「今日、来るんでしょ?」

 訊ねるとニヤリと笑う。成人式の記念の集合写真は、いつも父親の仕事だ。

 パンプスを履き、そのまま店から出る。「カメラのキタモリ」と書かれた黄色地に黒の大きな看板が、子どものころはみんなから茶化されて恥ずかしかったが、今は何とも思わない。

 冬の朝の澄んだ空気は、穏やかな陽光にほのかに暖められ、もう息も白くない。

 今日、北森明日夢は、二十回目の誕生日をむかえる。


 成人式の会場である市民ホールに着くと、もうすでにあちこちで人だかりができている。明日夢は高校時代のチームメイトを見つけ、ぶんぶんと手を振る。

「お~すっ、ひさしぶり~」

「うわぁ、明日夢君、相変わらず男前~」

「また背ぇ伸びた?」

「いやいや」

「そうかなぁ?」

「気のせいだって」

「そうかなぁ、絶対伸びたって。まだ成長期?」

 バレーボールやってた仲間たちなので、必然的に他よりも一回り背の高い女グループができあがる。もう一人をのぞいてみんな振袖だが、その彼女の黒いワンピースのお腹を見て、明日夢は眼を疑った。

「ノン、何ソレ!?」

「何ソレじゃないでしょ。今七ヶ月だよ」

 ぽんとお腹をたたきつつ、ノンが笑う。

「こ、こ、こ、子ども――? け、け、け、結婚したの? うそ!」

「入籍だけね。まんまと子どもできたから、とりあえず生むから。あははは」

「ひえぇぇぇ、おっ、おとなだ。えっと、七ヶ月ってことはつまり……十二、十一、十、九……」

「生まれる月じゃなくって、仕込んだ月を計算するな~!」


 退屈な式が終わって記念撮影をすませても、誰もがいつまでも終わらない喧騒に興じている。

 夕方からの二次会はいくつかに分かれているので、全員が一堂に会する場はもうない。それに出席しない者もいるだろうから、ここで別れてしまったらもう二度と出会うことがない者もいるのだ。振袖で着てる女の子たちは、着替えにもどる子もいるはずだが、自然と別れがたくなる。そして、通っていた高校へ行こうと、誰がともなく云いだし、明日夢たちは一団となって、通いなれた道を歩くことになった。

 自分が思っていたよりはるかに短い時間でたどりついたのは、しゃべりながらの道だったからか、それとももっと別の原因だったのか?

 二年前まで三年間通った高校は冬休み中だ。相変わらず無愛想で、気だるげで、しかしどこかよそよそしい。

(何も変わっていない)

 と明日夢はひどく陳腐な感想を持った。持ったが、自分の胸に生じたわずかな違和感は、意外なほどに彼女を落胆させた。

 この場所は変わっていない。変わるのは明日夢たちの方だ。そして今日、彼女たちはそのための退屈な形だけの儀式をくぐりぬけ、自覚のあるなしにかかわらず――多分少しだけ変わった。

 女子バレーと男バレー、それとバスケ部とが練習していた体育館。明日夢たちとしては校舎より、部活で使っていた体育館の方に愛着がある。そばまで近寄ると、かつての日々と同様に、激しい床音とボールの音が聞こえてきた。入口からのぞきこむと、ここもやはり明日夢たちのころと何も変わっていない。

「北森先輩―!」

 明日夢たちの姿を見つけて、後輩たちが駆け寄ってくる。明日夢たちが三年の時の一年たち、彼女たちはもう三年で、引退しているはずだ。

「何でいるん? 入試は?」

「推せ~ん!」口々に自慢する。「全国出場は、やっぱり効きますよ~」

「うわっ、計算高っ」

「あ、あたしはちゃんとセンター受けますよ。今日は先輩たちが来ると思って、みんなで待ってたんです」

 一年の時から、やたらまじめで優等生だった沙織が、恥ずかしそうに云う。

「おお、かわゆいの~、沙織は」

 明日夢たちは、口々にからかう。そして笑いあう。

「何だよ、来るなよ、姉貴」

 かっこつけて片手でボールを回しながら、向こうから慎也がやってきた。浩人や明日夢と違い、バレーはかっこ悪いと云って、バスケをやってる。迷惑なら近寄らなければいいのに、わざわざやってくるあたり、かっこつけても子どもだと思う。 他にもバレー部とバスケ部の男子が、わらわらと近寄ってくる。振袖姿がめずらしいんだろう。一人だと近寄れないのにね。

「別にあんたに会いにきたわけじゃないんだからね」明日夢は余裕を見せて「それよっか、バスケ部、バレーのコートに入ってくんじゃないよ」

 明日夢の時代から、領地争いは伝統だ。越境者は万死に値する。

 集まってきた後輩たちから、においがする。もう自分たちが持っていない芳香。汗とかそんなものじゃなくって、時間のみが若者たちにただよわせることができるもの。明日夢たちがかつて持ち、もう呼び覚ますことのできないもの。 明日夢たちは、二度とここへはもどってこることはできないと、その芳香は教えてくれる。


* * *


 ――明日夢たちの高校は、彼女たちの代から三年連続してバレ-部が全国に行っている。今や県下一の強豪に成長しているので、黙っていても強い選手たちが集まってくるが、当時は違った。

 明日夢が中学の時は、別の私立がだんとつだったが、監督があまり評判よくなかった。先輩がそこに行って、しごきまがいの練習で身体を壊して退部したと聞いて、明日夢は絶対行かないと決め「打倒!」とその私立に勝手にライバル心を燃やし、近所だがそこそこ強い公立高校へ進学した。 実は浩人の友人が、その年から外部コーチとして招かれることが決まっていたってのも、大きな原因なのだが。結果、彼が明日夢たちを引っ張っていき、三年の時に全国出場をはたした。

 全国ではベスト八までいった。初めての出場でそれはすごいことだが、それでも一番にはなれなかった。相手は関西の古豪。二対二でむかえた最終セットまで、デュースにもつれこんだ。誰も――特に相手チームは――想像もしていなかっただろう。

 ブロックは一枚だった。完全に逆をいった。窮屈なスペースだったが、嫌いなコースではない。決められないコースではなかった。明日夢には自分が打ちこむボールのラインが、はっきりと見えている。滞空の間、すべての時は止まる。ボールもまた止まっていたように感じた。相手チームのブロッカーの必死の表情まで、知覚できた。

 振りぬいた腕が、完璧にボールをとらえた。薄いブロックをこじ開けて、ボールは相手チームのコートに突き刺さる ――先取された一ポイントをその攻撃で追いつき、その流れのまま、後二点を連取すれば勝ちだった。そのはずだった。

 だが、ボールはブロックのはるか上をこえ、敵陣の外に落ちた――アウト。

 そして試合終了の笛が遠くで聞こえた。

 ……今でも身体が憶いだす。あの時の指先の感触を。

 何百回も何千回も、繰り返し打ってきた。アタッカーであった明日夢は、眼を閉じても、相手のコートにボールを叩きつけることができる。

 なのにどうしてあのときのボールは、彼女の思いどおりにならなかったのだろうか?

 大切な時に、自分は自分の身体に裏切られたのだろうか?

 二年以上たつけれど……答えは出ない。

 大会から帰ってから、すぐに病院に行った。二年間のつけが腰にきていたが、外したのはそれが理由ではないだろう。もっと別のものだ。

 ……日常生活には差し障りはないが、バレーボールのような激しい運動は控えるようにと云われて、明日夢の高校時代は終わった。


* * *


「先輩~、楠田コーチ今年でやめちゃうんですよ」

 後輩の一人が云う。

「あぁ、兄貴から聞いた。教員の採用試験受かって、今度はどこの学校行くかわかんないからって」

 自分でわずかに自覚する程度に、胸がうずいた。

「コーチいなくなって、来年からどうしよう」

「だったらあんたら誰か、くっついて行っちゃったらいいじゃん? 既成事実作って」

「犯罪、犯罪。楠ちゃん、せっかく受かったのに、早速クビになっちゃうって」

「ぎゃ~! いや~~~!」

「あんたらねぇ、楠ちゃんがいなくなった途端、弱くなったって云われんようにせんと!」

「う~~~」

 一応最後は、明日夢がしめる。


 二次会も、もうよい具合に乱れはじめ、あちこちでどうしようにもない騒動がおきている。何年か前までは知らなかったアルコ-ルとの付き合い方を、ことさら誇示するような、見栄っ張りな酒の席だ。

  明日夢は壁に寄りかかって、焼酎のコップを手にしている。周りにはチームメイトや同じクラスだった子たちが固まり、会話が光の速さで飛び交う。

「北森~ひさしぶりじゃねぇの~」

 声をかけられて振りかえれば、髪の毛を真ッキンキンに染め、ご丁寧にピアス、わざとらしく開けている胸元から金の鎖が見え隠れする男が近づいてきた。好感を持てる要素は、これっぽっちもない。中学だったか高校だったか、たしか同級生のはずだが、憶いだせそうにない。その努力をする必要も感じなかった。

「お前、相変わらずでかいな~」

 やけになれなれしい。明日夢はむっとする。ちびのくせに、誰だこいつ。中坊じゃあるまいし、何ちょっかい、かけてきてんだ。

「背ぇ、少しわけてくれよ~」

「山に行って拾ってきな」

 にらみつけても、まるでひるむことない。隣に来たそうだったが、居酒屋の長テーブルの両隣と正面と斜めはオンナノコが占領してるので、その後ろあたりをビールのコップを持ったまま、中途半端な中腰でいるしかない。明日夢の周りも、冷たい眼でにらむ。

「アドレス、教えてくれよ」

「何であんたに教える必要があるん?」

「いいじゃねぇか」

「あたしと連絡とりたかったら、狼煙あげて。気が向いたら伝書鳩送るから」

「空メール送るからさ、オレのアドレス、登録して……」

「しつっこいなぁ、あんた誰よ?」

「おれのこと、憶えてるだろ? ほら、中学のとき……」

「知らない」

「おい……」

「うるさい、どっか行って」

「お前、全然変わってねぇなぁ。オレ今、クラブでバイトしてるから、明日でも遊びこいよ……」

 いらっときた。どうやら、アルコールのせいで自制心がきかなくなっているようだ。大きく息をはく。

「……はいはい、みんな、ちょっとどいてね」

 手を振ると、周りの子らが席を開ける。彼は何を勘違いしたのか嬉しそうに近寄ってくる。

 バカめ、間合いじゃ。

 明日夢は眼の前にあった、空のお好み焼きの鉄板の柄をつかむと、真ッキンキンの頭をなぐりつけた。手加減はしているけど、たしかな手ごたえがあった。

「おお~明日夢君、相変わらずもてもてじゃ~ん」

「さすが撃墜王!」

「いやいや、数多の男たちが挑んで敗れ去っていくのは、滅びの美を見るようで美しいものですなぁ」

 周りがきゃあきゃあ騒ぐ。

「うわっ! 北森がきれたぞー!」

「誰か自衛隊に連絡しろ~!」

 向こうの席では歓声があがる。

「北森っ! てめぇ!」

 真ッキンキンが頭を押さえて喚く。明日夢は無言で鉄板をにぎりなおして、応戦の構え。

「そりゃっ~~!」

 そこに声をあげて、席を開けた子らが真ッキンキンにのしかかった。4人がかりで押さえこまれて、手脚をばたつかせるが、まったく動けない。4本の腕が頭を畳に押さえつけているので、喚くことしかできない。

「どけっ、てめえら! 汚ねぇぞ、北森!」

「あたしじゃないでしょ」

 鉄板を素振りしつつ、余裕たっぷりで明日夢。

 独りだけ襲いかからなかったノンが、長テーブルの向こうからゆっくりと回ってくると、彼の前に膝をつき、にこやかに話しかける。

「あんたねぇ、明日夢はあたしたちのお姫さまなの」

「わ、オンナノコあつかいされた」

「ええい、それぐらいで喜ぶな明日夢! ――いい? あんたみたいな半端ものが手ぇ出そうなんて、百万年早いっての。わかる? これ以上しつこくつきまとうんだったら……」ノンは笑みを消した。「切り取って、熱帯魚のエサにしてやるからね」

 おおっ~と周りから歓声があがる。一部拍手も。

「切り取るって何?」

「明日夢は知らなくっていいの。そのままの君でいて」

 ……結局、彼の名前は最後まで憶いだせなかった。


* * *


 寒空の中、ペダルをこいでると、ジャンバーの内ポケットに入ってたスマホが鳴った。あんまり使わないので、そんなとこに入れておくのだが、めんどくさいときはとらない。今も自転車に乗ってる最中だから、普段ならとらないが、今夜にかぎって何となく脚を止めて、マフラーをゆるめて胸元を開け、取りだした。

 画面を見て、苦笑がもれた。

「何だよ」

「ひっさしぶり~」うかれてるような明日夢の声。「元気だった~? 苦学生は今、バイトの帰りぐらい?」

「当たり。寒いんだよ、用件何?」

 自転車から降り、ハンドルを片手で持ち、ゆっくりと押しはじめた。

「今日、成人式だった」

「あ~、そんな季節か」

「うん、秀虎君は来年だろ」

「ああ、世代差を感じるなぁ」

「たった一年だよ」

「オトナへの階段は、一足先にどうぞ、先輩」

「高校のときの友だちと二次会行って、それから三次会のカラオケ行って、今帰ってるところ。あたし、もてもてだったんだよ~」

「うそつくなよ。もう真夜中すぎてるじゃねぇか。早く帰れ」

「すぐそこが家だから大丈夫。ねぇ、バレーのコーチ、今年でいなくなるだって」

「オレ、知らないって」

「それから友だちで、春にはお母さんになる子もいるんだよ」

「君とはえらい違いだね」

「うるさい! けんか売ってんの?」

「勝てるか! 電話かけてきたの北森だろ。だから何の用だ?」

「帰ったら成人式のこととか、いろいろと話してあげる」

「……オレが聞いてどうするんだ?」

「来年の参考に」

「知るかって」

 不意に会話が途切れた。秀虎は何となく自転車を止めた。真っ白な息が空に昇っていく。妙に空が澄んで、星が鮮やかに見える。

「そう云えば、冬休みに入ってから会ってなかったね」

 と明日夢の声。ほんのちょっと、ほんのちょっとだけスマホを当てた耳に熱を感じた。ほんのちょっとだけ。

「ああ」

「忘れてた。あけましておめでと」

「いまさら? ……おめでと」

「すごい秘密、教えてあげようか。実は今日……昨日か、アタシの誕生日だったの。成人式の日に、ホントに二十歳になったんだよ」

「じゃ、それもおめでと。でもオレは五月だから、すぐ追いつくからな」

「くっ……なかなかやるな。だがそう簡単に追いつけると思うなよ」

「何が?」

「さぁ……じゃ明日帰るから。お土産買ってきてあげるからね。煮干しと干物、どっちがいい?」

「いらねえよ!」

 あはははっと笑い声をのこして、切れる。耳から離してのぞきこむと、秀虎の掌の中の画面には、3分に満たない通話時間が映っている。

「……バカ」

 笑いながら秀虎はスマホをしまうと、そのまま乗らずに、自転車を押す。バイト帰りの路が、少しだけ長くなる。


 秀虎と同じだけの時間が、画面に映っているスマホ。

「さっ、帰ろ」

 そうつぶやいたが、家はその角を曲がればすぐそこなのに、脚は動きださない。明日夢は空を見上げた。アルコールで火照った頬に、一月のしんとした空気が、素敵な緊張感をあたえる。

 唇をとがらせて息を吐くと、細く長く、空へ昇っていく。

 われながら子どもっぽいしぐさだと、おかしく思いながら、何度も何度もする。


(了)

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