第114話:帰宅して。それぞれの想い
日本代表の勝利について二人で熱く語り合いながら飲んでいるうちに、時間はあっという間に過ぎ去った。
明日は仕事だしそろそろ帰ろうかとなり、居酒屋を出て帰路についた。
二人とも志水駅から徒歩圏内に住んでいるから、途中まで同じ道を歩いて帰る。
凛太が歩く後ろを、半歩遅れてルカが歩いていた。
二人とも酔いのせいで、少し足元がふらついている。
ルカは凛太の大きな背中を見ながら、さっき凛太が『願いを叶えたければ、相手にも敬意を払い正々堂々と戦う』という趣旨のことを話していたのを思い返す。
今、手を伸ばせば届くところに凛太の背中がある。
違う意味だけれども、自分は手を伸ばすべきなのだろうか。手を伸ばしていいのだろうか。
そして──伸ばした手は、凛太先輩に届くのだろうか……
そんなことを考えながら歩いていたら、ルカは突然つま先がアスファルトに引っかかるのを感じた。
「ひゃんっ」
酔ってるせいで、身体の制御がうまくいかない。つんのめって、このままでは前のめりに倒れてしまう。
どうしよう……と焦るルカの目に、すぐ前を歩く凛太の腕が飛び込んで来る。
恥ずかしいなんて言ってられない。
ルカは慌てて凛太の腕に両腕でガバっとしがみついた。
見た目以上にたくましい凛太の腕の感触がルカに伝わる。
「どうした!? 大丈夫か?」
急に腕に重みを感じて驚いた凛太が振り返った。
「あ、はい」
──助かった。凛太先輩のおかげで転ばずに済んだ。
でもすぐに離れなきゃ……と頭では思うルカだが、酔っているせいなのだろうか。
思わず両手にぎゅっと力を入れて、凛太の腕を抱きしめた。
「ふぁぉぅっ」
腕に感じる何か柔らかいものの感触に、凛太は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
◆◆◆◆◆
〈凛太side〉
ルカと帰り道の途中で別れ、我が家にたどり着いた俺はシャワーを浴びて、ベッドにごろりんと寝転がった。両手を頭の下で組み、天井を眺める。
「いやぁ、日本代表がワールドカップ出場を決めて良かった良かった」
なんてことを口に出してみたりした。
うん、嬉しいぞ、ワールドカップ。
もちろんそれはめちゃくちゃ嬉しくて、何度も思い出したいハッピーなできごとなのだが。
俺がわざわざ口にワールドカップのことを出すのは、そうでもしないとルカのことがすぐに頭に浮かんでしまうからだ。
正直……俺は戸惑っている。
むにゅ、だぞ。
あ、いや。なんのことかわからないな。
俺の思考回路が崩壊してる。
今日のルカは試合観戦前から、なんだかいつもと違う感じだった。
ルカの態度はいつも通り言動は控えめだったけど、眼差しが熱っぽい感じがして、いつもよりも一層可愛く見えた。
普段、できるだけ会社のメンバーを女性として意識しないように心がけているが、さすがに今日のルカには可愛い女の子を感じてしまった。
そしてルカは『好きな人がいる』と言った。
それを聞いた瞬間、正直俺は、その相手が羨ましいと思った。
俺は常々、人は人、自分は自分と思ってるし、他人を羨ましいって思うことは滅多にない。だけど可愛い今日のルカが口にした『好きな人』には、それが自分だったら嬉しいのにと、ついつい羨ましく思ってしまったんだよなぁ。
そして極めつけが帰り道での、むにゅ。
転びかけたルカが腕にしがみついてきた。
その直後。ルカが胸に包み込むように俺の腕をぎゅっと抱きしめるもんだから、腕にむにゅっとした感覚が広がった。
ルカって見た目よりも胸がおおき……いやいや。
何を考えてるのだ俺は。
彼女は会社の後輩だぞ。
そんな
ルカは転びかけて焦っていたし、ぎゅっと力を入れて抱きついたのはきっと無意識だったのだろう。
だから胸が俺の腕に押しつけられてることなんて気もつかず、俺のおかげで転ばずに済んだことを、ひたすら『ありがとうございます』と感謝の言葉を繰り返していた。
そんな純真なルカを
しっかりしろよ俺。
明日からまた仕事だ。
まだ今期の営業目標達成には届いていない。
とにかくまた一生懸命仕事しよう。
うん、そうだよ。そうしないといけないんだ。
俺は、自分にそう言い聞かせた。
***
◇◇◇◇◇
〈ルカside〉
「はぁぁ~気持ちいい。それにしても、今日はホントに色々あったなぁ」
ルカは湯船につかり、両手を組んで上にぐっと伸ばす。
そして力を緩め、ちゃぽんと両手を湯船の中につけた。
帰宅してゆっくりとお風呂につかりながら、今日凛太と過ごした時間に想いを馳せる。
ふと、湯船の中の自分のバストに視線が向いた。
白い肌の谷間が、入浴の火照りでピンク色に染まっている。
自分の胸を見て、凛太の腕が胸に押しつけられた感触と、真っ赤になった凛太の顔を思い出した。
「凛太先輩、すみませんでした」
少し申し訳なさそうな顔をして、ルカはつい声に出した。
「つまずいてしまったのと思わず腕に抱きついたのは、ホントに偶然だったのですよ。だけどそのあと、腕に胸に押しつけ、ギュッと力を込めたのは……意図的でした」
誰も見てはいないのだけれど、ルカはペロリと舌を出し、ニヒと笑った。
それは清楚で真面目なルカらしからぬ、可愛らしい小悪魔のような表情。
そしてルカは、そこから先は心の中で凛太に語り掛ける。
──ルカは悪い子です。
今日のルカたんは、少しだけワルカたんになっちゃいました。
凛太先輩に抱きつきたかったのと……凛太先輩をドキリとさせたかったのです。
ごめんなさい。明日からはこんな悪いことはしません。
今日は日本代表が勝利したし、ずっと凛太先輩と一緒に居れて嬉しかったです。
そして凛太先輩の考えを聞けたことに、テンションが上がってしまったのです。
明日からは、またいつも通りの『良い子のルカ』に戻りますから。
だから許してくださいね、凛太先輩。
「でも今日の真っ赤になった凛太先輩の顔……ホントかわいかった。ふふ」
そう言い終えて、ルカは口のところまでちゃぷんとお湯につかった。
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短編書きました!
『年上クール美少女が俺の前でだけデレるまでのお話』
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