第115話:ほのかに疑われてる?

◆◆◆◆◆

〈凛太side〉


 また仕事の一週間が始まる。

 月曜日の朝は憂鬱だなんて言う人も多いけど、俺はそうでもない。

 営業やキャリアアドバイザーの仕事は常に新たな人と会えるのが楽しいし、成果が出始めると仕事ってのは早く続きをやりたくなるもんだ。

 まあ言ってしまえば、俺は仕事が好きなんだろうなと思う。


 それと志水営業所の雰囲気が良いから、というのももちろん大きい。

 ……とは言え、昨夜は飲み過ぎた。ちょっと身体が重い。


「おはようございます!」


 週の始まりだ。一週間の計は月曜日にあると言うからな。(言わないけど)

 身体の重さを隠して、明るく挨拶をしながらオフィスのドアを開ける。

 ルカと立ち話をしているほのかが俺に気づいてこちらを向いた。


「おはよーひらりん! 昨日はどうだった? 楽しかったぁ〜?」


 朝から結構なテンションで、いきなりほのかが訊いてきた。

 横に立つルカに目を向けると、『むにゅ』っとしたモノ……いや、白いブラウスが盛り上がるバストが目に飛び込んで来た。昨日の今日だから、目が行くのも仕方ないよな……


 あ、いや、なに言ってんだ。ダメだダメだ。


 慌ててルカの胸から顔に視線を移すと、横目でほのかを見ながらちょっと苦笑いしてる。

 この態度から察するに、ほのかはルカにも同じような話をしていたに違いない。


「日本代表勝ったねぇ〜 良かったねぇひらりん!」

「え?」


 意外だ。

 めちゃくちゃ意外だ。


「ほのかはサッカーに興味なかったよな?」

「え……? あ、まあね。でもひらりんがあんまりサッカーが好きだから、ちょっと興味持って昨日の夜ニュース観たんだよ」

「あ、そうなのか」


 唯我独尊ゆいがどくそん、ゴーイングマイウェイのほのかにしては、他人の趣味に興味を持つなんて珍しい。

 まあ何はともあれ、サッカーに興味を持つ人が増えるのは喜ばしいことだけど。


「うん。それで日本はダブリューはいってやつに出るんだって?」

「ダブリュー……はい?」


 一瞬、濃い目のハイボールが頭に浮かんだ。


「ほのか先輩。それ、ワールドカップですよ」


 ルカの言葉で気づいた。

 ほのかが言ってるのは『W杯』だ。

 確かにテレビのテロップなんかでは、よく『W杯出場決定!』とか書いてあるもんな。


「へ? もももも、もちろん知ってるよぉ! そのワールドカップ。やだなぁ、ルカたん。あたしだって知ってるよ、ワールドカップ。世界のコップでしょ?」


 なんのこっちゃ。


「ほのか。それ以上喋らない方がいいぞ。無知がバレる」

「むちっ? 違うし」


 両腕を胸の横できゅっと絞るような仕草で、そんなセリフを吐くのはやめてほしい。

 大きな胸が寄せられて、まさにむちむちしてる。


 もしかしてわざとか?

 ほのかのやつニヤニヤしてるし、わざとだよな?


 昨日のルカの『むにゅ』を体験したばかりで今日は朝からこの光景。

 女性に耐性のない俺には刺激が強すぎる。


「……で、そんなことよりひらりん。『勝ったぁ〜』とか言って、まさかルカたんに抱きついたりしてセクハラしなかったよね?」

「え……?」


 いや、あれはセクハラって言うか、お互いに興奮して自然と抱き合ったって言うか……

 それにしても、なんでコイツこんなに鋭いんだ? ほのかも試合会場に来て俺たちを見てたとか?

 まさかそれはないよな。


 それにしたって、サッカーが勝利したから抱きついただろうなんて発想になるか?

 俺が普段からスケベな言動をしてるんならいざ知らず……


 ……あ。もしかして、俺ってほのかに、セクハラ野郎だって思われてる?

 特にそんな言動をした自覚はまったくないんだが……いや。さっきもルカやほのかの胸を思わず見てしまった。


 女性は異性からの視線に敏感だって聞いたことあるし、もしかして俺は、本格的にスケベ野郎だと思われてるのかっ!?


 ほのかはジト目で俺を見てるし、割とマジな顔をしてる。だからその線が濃厚な気がする……


「そんなことするはずないじゃないですか。ねえ凛太先輩」

「あ、ああ。もちろんだよ」


 ああ……ルカがピシャリと言ってくれて助かった。なんて頼りになる後輩だ。

 俺なんて思考がぐるぐる回るだけで、どう答えたらいいのか固まってただけだったし。


 ……いや、後輩を頼りにしてどうすんだよ、情けない。


 仕事ならたいていのことは、ちゃんと冷静に対応できるんだけど。

 こと女性のことについては、ホントに俺ってダメだな。反省。


 でもほのかは相変わらず鋭いジト目で俺を睨んでる。さっきフリーズしてしまったから疑われてるのもしれない。


 これはヤバい。

 ほのかにセクハラ野郎疑惑を持たれてる。

 どうしたらいいんだ……?


 こんな目で睨まれたら、試合後にルカと二人で飲みに行ったことなんて、絶対に黙っとかなきゃマズいよな。


「おはよう、みんな!」


 ちょうどその時、オフィスのドアが開いて神宮寺所長が出勤してきた。

 今朝も相変わらずキリリと背筋を伸ばして、凛々しい歩き姿。すらりと長い脚が美しい。


「おはようございます所長」

「おはよ、平林君」


 俺に続いてほのかもルカも所長に向かって挨拶をして、そのままそれぞれの席に座った。


 なんとか助かった。

 所長のおかげで九死に一生を得た。

 いや、この表現は決して大げさでもなんでもない。

 さっきのほのかの視線は、ホントに死ぬかと思うくらい怖かった。


 神宮寺所長、ありがとうございます。

 俺は一生、あなたについて行きます。


 俺は心の中で所長に感謝して土下座した。

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