第112話:凛太、高校時代の出来事
凛太は言った。
「周りがぎくしゃくしない方法を全力で考えて、そして好きな人に告白する。やっぱりそれがいいのかなって気がしてきた」
周りがぎくしゃくしない方法を全力で考える……
それは、とても凛太らしい考え方だ。
ルカはそう思った。
そしてルカ自身は、今まで思ってもいなかった考え方。
当たり前と言えば当たり前な考え方かもしれないけど、引っ込み思案で遠慮がちな思考回路のルカにとっては、目からうろこだった。
なるほど、そういう方法があったか。
そうは思ったものの、でもやっぱり……
「でも凛太先輩。全力で方法を考えたとしても、それでも告白した結果、周りがぎくしゃくしてしまったらどうしますか?」
「だよね。そこが気になるよね。ビビるよね」
「はい……凛太先輩は普段から周りの人にとても気を配ってるし、そういうのは凛太先輩も、すごく気にされるのではと思うのですが……」
「あっ、やっぱ俺って、周りに気を配ってるように見える?」
「はい。それはもう」
「そっか。あはは」
凛太は照れ臭そうに頭を掻いたあと、ビールグラスを持ち上げてグイっと飲み干した。
「あのさ、ルカ。実は俺……」
赤らんだ顔を向け、凛太はルカに高校のサッカー部時代の話をし始めた。
***
高校時代の凛太は部活で、一年生の時からとにかく熱心で一生懸命さを信条としていた。
おかげで技術では他人よりも少し劣った凛太だったが、一年生の時からフォワードとしてレギュラーを勝ち取った。
周りから、特にキャプテンを中心とした先輩方から『凛太のそういうところが素晴らしいと』褒められ、可愛がられた。
そして二年生の代替わりの時、先代キャプテンから直々に指名を受け、凛太はキャプテンになった。
それからは今まで以上に張り切った。
周りの同級生や後輩も、凛太のことを、熱心だ頑張り屋だポジティブだ、そこがいいと褒めてくれていた。
だから凛太益々それがいいことだと思い、いつもみんなにとにかく頑張ろうぜ、全力を尽くそうぜと発破をかけていた。
やる気が感じられない部員には、なぜ一生懸命やらないのかと、時には激高することもあった。
それが試合に勝ち、大会で少しでもいい成績を残すために一番いいことなんだという信念があったから、正しいことだと信じていた。
しかし三年生最後の地区大会で早期敗退した後、ロッカールームで着替えている最中に、誰が悪かったせいだ、いやあいつが悪いと、誰ともなく言い合いが始まって部員同士で喧嘩になった。
凛太もつい、全力を尽くしていなかった同級生の選手に『あれは良くなかった』と指摘してしまった。指摘された彼は、顔を歪め『偉そうに言うな』と凛太に反発した。
それを導火線に、何人かの同級生が、突然凛太を激しく非難し始めたのだった。
『いいカッコしやがって! 前からお前がうざかったんだよ!』
『偉そうにいいやがって、この熱血野郎が! 迷惑なんだよ!』
『お前はキャプテンでエースストライカーで目立って嬉しいかもしんないけどよ、俺たちはお前の引き立て役かよっ!』
そんなことを思われていたなんて思いもよらない凛太は、青ざめた。
『待てよ。お前らいつも、俺のことを一生懸命でいいって褒めてくれてたじゃないか。俺ががんばろうぜって言ったら、そうだなって笑顔で返してくれてたじゃないか』
『アホか。部活でお前が言ってることは正論ばっかだ。だからみんなの前では、認めるような態度を取るしかないだろよ』
本心ではそれほどやる気がないメンバーがいたが、凛太のいる前では共感してくれ、好意を持ってくれているような態度だった。しかし実は凛太をうざく思っていた。
凛太はその時になるまで、自分の考え方や態度が彼らに嫌われていたことに気づけなかったのだ。
初めてそのことを知った凛太は、膝から力が抜けて崩れ落ちるように座り込んでしまった。
そしてその試合を最後に、凛太たち三年生は部活を引退した──
確かに自分は、特に大好きなサッカーにおいては、強引に自分のやり方を他人に押し付ける部分があったと思うと凛太は反省した。
その経験で学習した凛太は、二つのことを肝に命じた。
一つは、自分がエースのような立場に立つのではなく、今後は周りを引き立てる役に徹するということ。自分の考えを他人に押しつけないということ。
もう一つは、褒め言葉や態度で自分に好意を持ってくれているようでも、それは偽りかもしれないし、自分の勘違いかもしれない。だから決して自分への良い評価や好意を真に受けないように自戒することだった。
特に社会人というものは、一般的に『正しいと思われている』発言をする人間を表立って批判することは、なかなかできない。ということはつまり、他人がなかなか本音を出してくれないということだ。
だから凛太は、特に社会人になってから、それをより一層心に刻んで過ごしてきた。
***
「なるほど……そんなことがあったのですね」
「そうなんだよね、あはは」
今はもう、過去のこととして明るく笑い飛ばす凛太。
高校時代はただ遠くから凛太を眺めていただけだったルカは、そんなことがあったなんて、まったく知らなかった。
「だからさ。俺は周りの人がどう思ってるかとか、できるだけ誰も嫌な思いをしないようにって、常に考えてる」
「一緒に仕事してて、それはすごくわかります。それに、そんな凛太先輩だからこそ、みんなに信頼されて愛されていますよね」
「ありがとうルカ。勘違い男にならないように心がけてるんだけど、そんな風に言われたらやっぱ嬉しいな、あはは」
いえいえ、勘違いなんかじゃなくて、ホントに愛されてますよ。
特に私なんか、大好きすぎるくらい大好きですから。
ルカは口にできない想いを心の中でつぶやく。
「それでさ、ルカの悩みのことだけど」
「あ……はい」
「さっき言ったことは、俺は今でも考えは変わっていない。周りのことを考えるべきだし、そのためには自分が犠牲になってもいいと思っている」
「はい」
「けど……今日の試合を観て、思ったんだ。常に全員に満足してもらうなんてことは無理だよなって」
「え……?」
ルカは凛太の言葉の真意を測りかねて、言葉の続きを待った。
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