第111話:素直に答えるとすれば──

 日本が勝った瞬間。


『凛太先輩は私だけに笑顔を向けている。今この瞬間。凛太先輩の笑顔を私が独占している』


 そんな風に思い、そして今も目の前で、凛太が自分だけに笑顔を向けてくれている。


 凛太がルカに問いかけた「ルカって……どうしても叶えたい願いってあるの?」と言う言葉に素直に答えるとすれば──


 それは、凛太先輩と……恋人同士になりたい。

 そして、これからもずっとこの笑顔を独占したい。


 そう思いかけて、それはダメだとルカは思い直した。


 もしも凛太先輩とそんな仲になったら、営業所はきっとぎくしゃくするに違いない。特にほのか先輩は凛太先輩に好意を寄せているみたいだし。

 いや、そもそも凛太先輩と恋人同士になんかなれないよね。告白しても上手くいく保証なんてないんだし。凛太先輩はほのか先輩を好きかもしれないし。


 そんなふうについネガティブな考えが浮かぶけれど、心の中の『もう一人のルカ』が囁く。


 ──そんなこと言ってたら、いつまで経っても恋なんてできないよ。


 既に凛太とほのかが付き合っているならともかく、そうでないなら何も遠慮することなんてないじゃないか。

 恋が叶わないなんて決めつけるんじゃなくて、日本代表選手達のように、精一杯の想いをもって行動したらいいじゃないか。


 そう思う。

 そうは思うものの、ルカは真面目で品行方正な両親から、厳格に育てられてきた。


 いわく──


『他人の物は欲しがってはいけません』

『自分の物は分け与えなさい』

『取り合いになったら、相手に譲りなさい』


 そんな教えが身体に染みついていて、どうしても自分の想いを優先することに罪悪感を感じる。


「どうしたんだルカ? なにか悩みがあるのか?」


 押し黙ったままのルカを心配して、凛太が優しく声をかけた。

 その温かい声色に、ルカはつい「はい」と答えてしまった。


「そうなんだ。俺でよければ相談に乗るよ」

「あ、いえ……悪いからいいです」

「言いたくないなら無理には聞かないよ。だけど遠慮してるなら、気にしないで相談してくれ。俺はルカの力になりたい」


 間近でルカを見つめる温かい瞳。

 長年憧れ、心の中を占め続けている優しい顔。

 そんな凛太に見つめられ、ルカは魔法にかけられたようにポーっとなる。

 そして無意識のうちに、つい本音をポロリと漏らしてしまう。


「実は好きな人がいまして……」

「え? そうなんだ。ルカが好きな人って、きっと素敵な人なんだろうなぁ」


 はい、とっても素敵な人です。

 それは、凛太先輩。あなたですよ。


 そんなことを頭に浮かべてから、ルカはハッと我に返った。


 しまった。つい、とんでもないことを言ってしまった。

 後悔するけどもう遅い。

 焦ったルカは、目の前のハイボールに手を伸ばしてゴクゴクと飲む。


「そっかぁ。でも恋愛相談なら、俺が一番不得意なことだなぁ。恋愛経験ないし」


 凛太は顔を曇らせている。

 ルカの悩みに適切なアドバイスができないと思ったからだろうか。


 それとも、もしかして──とルカは思う。


 もしも凛太が笑顔であったなら──ルカに好きな人がいるということを、さして気にしていないという証拠になる。

 少し顔を曇らせたということは、凛太はもしかしたら自分に気があるのではないか。


 そんな希望的観測が頭に浮かび、でも速攻で『いやいや』と自分で否定する。


 しかし、それはそうとして、ルカは凛太の考えを確かめてみたいことが頭に思い浮かんだ。

 そんなことを凛太に訊いていいものかどうか、迷う。

 だけど酔いが回っているせいもあるのだろうか。

 どうしても訊いてみたい気持ちが抑えられない。


 ルカはドキドキしながら、不自然にならないように気を配りながら会話を進める。


「いえ、恋愛経験なら私も全然ありませんし。それに凛太先輩のいつも熱心で、周りの人のために一生懸命になるところを尊敬してますから、ぜひ相談に乗っていただけたらと思います」

「あ、そう? 俺で役立てるなら、なんでも答えるよ。どんなことを悩んでるの?」


 凛太は真顔だ。

 ルカは言葉を選びながら、こちらも真剣な顔で相談内容を話す。


「えっとですね……」


 どこまで言うべきか。

 悩むけれども、凛太の率直な意見も訊きたいと思って、ルカは勇気づけのためにグラスのハイボールをゴクリと飲んだ。


 緊張に加えて、ここまで結構ハイペースで飲んでるせいで、頭が少しフラフラする。


「もしも自分が好きな人に告白することで、周りがぎくしゃくする可能性があるとしたら、凛太先輩ならどうしますか?」

「ん……そうだなぁ……」


 腕組みをしてうつむき、真剣な顔の凛太。


「俺なら……周りのことを考えて、告白するのをやめる……かな」

「やっぱり……そうですよね」


 周りを第一に考える凛太なら、やっぱりそう考えるのが自然。であるならば、やはり自分もそうすべきだとルカは思った。


「いや、待って」

「え?」


 凛太はなぜかルカの顏をじっと見ている。

 顔が赤らんでいるのは、酔いが回ってるからなのか。


「俺は恋愛経験がないからよくわからないけど……そんなにすっぱり割り切れないのが、恋ってもの……なのかな」


 まるで自分の心を見透かされているかのような気がして、鼓動が跳ねあがった。

 ルカはごくりと唾を飲み込む。


「あのさ、ルカ。周りがぎくしゃくしない方法を全力で考えて、そして好きな人に告白する。やっぱりそれがいいのかなって気がしてきた」


 笑みを浮かべる凛太。

 そんな凛太を見て、ルカはキュンと胸が締め付けられるのを感じた。

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