第110話:カップルシートは愛の巣?
「精一杯応援しようよ。一緒に」
凛太の言葉に、ルカは「はい」と笑顔を凛太に向けた。
──やっぱり凛太先輩のポジティブな言葉に触れると、前向きな気持ちになれる。
そう感じてルカは、改めて凛太と一緒に精一杯、日本代表に声援を送った。
腹の底から大きな声を出して、日本選手を応援した。
その瞬間。
相手のミスで相手ゴール前でポロリとこぼれたボールを、日本選手がゴールに蹴りこむ場面が目に飛び込んできた。
一瞬の静寂の
『ゴォォォォォールゥゥゥ!!!!』
場内アナウンスが響き渡ると同時に、スタンドは観客の歓喜の大歓声が轟音のように沸き起こり、うねりを生み出した。
「やったぁぁーっ! やったよルカ!」
「やりましたっ! やりましたよ凛太先輩っっ!」
思わず顔を見合わせた凛太とルカは、お互いに満面の笑顔で見つめ合う。そして次の瞬間、どちらからともなく抱き合っていた。
そのままぎゅっと力強く抱きしめ合って、ぴょんぴょんと小躍りする。
二人ともゴールの興奮で、恥ずかしいなんて気持ちは微塵も起こらない。
「あっ、選手達、まだまだやる気だぞ!」
凛太の声にルカがピッチ上に目を向けると、ゴールを決めた選手がゴールマウス内に転がったボールを小脇に抱えて、センターサークルへと全力疾走していた。
他の選手も全力で自陣へと走っている。
残された試合時間がわずかな中で、プレー再開への時間を少しでも短縮しようとする選手たち。
「ホントだ……」
選手たちの一生懸命さに、まるで凛太先輩みたいだ……と、ふと抱き合ってる凛太の顔を見上げたルカ。
いつでもキスができるくらいの近さに凛太の顔がある。そして胸やお腹に感じる凛太の体温。
ハッと我に返って、恥ずかしさが込み上げてきた。
「あ、プレー再開だ!」
試合への興奮状態で、凛太はそんなことには気づいていない様子で、ルカから身体を離してピッチを指差した。ルカも試合に目を向ける。
そこには逆転に向けて猛攻を仕掛ける選手達の姿があった。
そう。今はまだ同点に追いついただけ。
引き分けで終わると、日本代表は予選敗退となってしまう。
ルカもまた、試合への熱が甦る。
選手達は懸命に敵陣へと攻め込み、ゴールを奪おうと懸命のプレーを続けている。
相手国の選手達もゴールを死守するのに必死だ。
お互いの想いをぶつけ合うようなガチの戦い。
なんとしてでも自分達の夢を叶えようとする熱い熱い想いがほとばしって見える。
ルカの隣では声を枯らして声援を送る凛太の姿。
その姿を見ると胸が熱くなる。ルカも思わず声援を送った。
「イケーぇぇぇっ! 日本代表がんばれぇぇぇ〜っっっ!!」
普段のルカからは考えられないテンションと大きな声が自然と出た。
日本選手達の想いが叶って欲しい。
そんなルカの願いが通じたのか──
日本の選手が渾身の力で放ったシュートが、相手ゴールのネットに突き刺さった。
一瞬、静まりかえるスタジアム。
そして──
『ゴォォォォォールゥゥゥ!!!! 』
場内アナウンスが響きわたる。
そしてその瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
「やったぁぁぁぁ! やったよールカぁぁぁ! ワールドカップ出場だぁぁ!」
「やりましたねぇぇ! 凛太せんぱぁぁぁいっっ! 嬉しいですぅぅぅ!!」
凛太とルカは、再びガッシと抱き合う。
ルカが凛太の顔を見上げると──
「やったよ、やったよ!」
凛太は顔をぐしゅぐしゅにして、涙をボロボロと流してる。しかし輝くような満面の笑み。
──凛太先輩は私だけにこの笑顔を向けている。今この瞬間。凛太先輩の笑顔を私が独占しているんだ。
そんな感慨が、試合に勝った喜びとともにルカの胸に溢れる。
「やりましたね、やりましたね!」
ルカも感極まって涙が溢れた。
***
「いや、あの……えっと……今日はルカとサッカーを観れて、ホントに良かったよ」
「そ……そうですか……わ、私も凛太先輩と来れてよかったです……」
二人は気まずさをごまかすために、それぞれの酒を手にしてゴクゴクと飲んだ。
ルカと凛太は試合終了後、志水駅までシャトルバスで戻って来た。
しかし興奮冷めやらぬ中、このまま帰る気になんてなれない。
そこで二人で、居酒屋で祝勝会をすることになった。
何げなく入った駅前の洋風居酒屋。
入り口で店員さんに「カップルシートしか空いてませんがいいですか?」と訊かれた。
二人とも「なにそれ?」と思ったものの、日本の勝利でテンションが上がっていて、深く考えずに「いいです」と答えた。
そしてお店の入り口で靴を脱ぎ、通された席は──
二人並んで座るだけでいっぱいの小さな部屋。
周りはドーム状になった白い塗り壁。
やや暗めのムーディーな照明。
まるで小さな洞穴のようだ。
その白い塗り壁に木製のカウンターが設置してあり、その手前に掘り込んだ座席がある。
そこにカップルが並んで座り、食事するようになっている。
狭くて肩が触れ合うような座席と低い天井で、まさにラブラブカップルが自分達だけの世界を満喫できるような空間。
これがこの居酒屋の『カップルシート』だった。
──ななな、ナニコレっ!?
恋人たちの愛の巣のような空間を目にして、恥ずかしいやら嬉しいやら。ドギマギしたルカは、目を白黒させながら席に着いた。
そこに座った凛太とルカは、今、ぎくしゃくした雰囲気で酒を飲んでいる。
「いや、ホントに……サッカーを大好きなルカだから、一緒にあんなに熱く燃えたんだよなぁ。ほのかや所長となら、あんなに楽しく観戦できなかったよ」
ルカはそんな凛太の言葉に、ほのかに悪いなと思いながらも……
「わ、私も……凛太先輩と一緒だから、熱く観戦できました」
ルカの言う『熱く』は、ワールドカップという特別な試合を観れたということはもちろんある。
しかしそれだけではなく、今まで何度も夢に見た、凛太とのサッカー観戦が実現した喜び。
そして何度も熱い抱擁を交わし、心が一つになったかのような感覚。
そのことを意味していることは間違いない。
「それとですね……熱い選手達を見て、やっぱり夢を叶えるためには、強い熱意と諦めない気持ちが大切なんだなぁって、改めて気づきました」
「あ、それ、俺も同じだよ」
すぐ間近で微笑む凛太の顔。
眩しくてルカはドキドキする。
しかし続く凛太のセリフに、ルカの心臓はさらに大きく高鳴った。
「ルカって……どうしても叶えたい願いってあるの?」
──それは凛太先輩と……
そんな言葉が喉まで出かけて、ルカは凛太の瞳を見つめたまま固まった。
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