第96話:麗華は勝呂に探りを入れる

***


 勝呂すぐろが麗華を案内したのは、繁華街の中ほどに位置する、ちょっと高級な感じの中華料理店だった。店内も綺麗で、客層も裕福そうな人ばかり。

 テーブル席に着いてメニューを見ると、ランチのセットが一番安いもので1,500円。


 ──うわ。ビジネスマンのお昼としては、豪勢というしかないわね。


 麗華は驚いた。


 それでもランチセットなのだから、お得なのだろうという気がする。ランチ以外なら、きっとかなり高いお店に違いない。

 そんな価格設定でも、店内はほとんどの席が埋まってる人気ぶりだ。よっぽど美味しいんだろうなと麗華は感心した。


 店員が注文を取りに来て、麗華と勝呂は揃ってランチAセットを注文した。


 勝呂さんはいつもこんなに贅沢をしてるのだろうか。

 会社を立ち上げてまだ間もないのに、それだけしっかりと利益が出ているってこと?


 そんな疑問が麗華の頭に浮かぶ。


 麗華と勝呂は料理が運ばれてきて食べ終わるまで、昔の想い出話に花を咲かせた。

 勝呂をリラックスさせる意図もあって、あえて麗華の方からそんな話題を振ったのだ。


 勝呂も懐かしそうに目を細めて、話に乗ってきた。そしてしきりに麗華のことを、優秀だし美人だし可愛いしと持ち上げる。


 その言い方は決してお世辞じゃなく、本気で麗華を買ってくれてるような感じはした。

 しかし根本のところで勝呂という人間が信頼できないから、麗華は決して真には受けない。


 そして二人とも食事を終え、ひと息ついたところでいよいよ勝呂が本題を口にした。


「なあ麗華。例の話は考えてくれたか? 俺は早くいい返事を聞きたい。どうだ麗華。俺の会社に入ってくれるか?」

「あ、いえ。私もまだ迷ってまして」


 もちろん迷ってなんかいない。

 勝呂から何か情報を聞き出すためには、まずは曖昧に返事をすべきだという判断。


「失礼ながら勝呂さんの会社はまだ立ち上げたばかりです。これから先、順調に利益が出るかどうかはまだわかりません」

「おおうっ! なかなか辛辣なお言葉だねぇ。さすが仕事に厳しい神宮寺所長様だ」

「いえ。決して勝呂さんの経営手腕に不安があるということではありません。でも私も生活がありますから、不安定は避けたいと思うのですよ」

「そうだな。麗華が言うのはもっともだ」

「だから勝呂さん。あなたがどうやって経営を軌道に乗せるつもりなのか……つまりどうやって順調に受注をして売り上げをあげるおつもりなのか、お聞かせいただきたいです」

「なるほど。さすが一つの営業所を任せられている麗華だな。よし。特別に教えてやろう」


 ──よしっ。勝呂さんが網に引っかかった。これで彼らの受注促進の戦術や、秘密を聞き出せる。


 麗華は心の中で小さくガッツポーズをした。


「はい。ぜひお願いします」

「俺たちは少人数でやってる。だからリクアドのように、事務員から総合職まで幅広い職種の転職者を紹介するよりも、もっと効率のいいやり方をしないといけないんだ。お前ならわかるよな麗華」

「はい」

「だから営業マンの紹介にターゲットを絞っている。なぜなら営業マンは比較的年収が高い。つまり同じ1件の成約でも、事務員よりも多くの売り上げが入るか入らないか。わかるよな麗華」

「はい」

「どっちだ?」


 勝呂はいったい何を言ってるのか。

 そんなことは、新入社員に教えるようなことだ。ベテランにわざわざ確かめるようなことじゃない。


 麗華は少し疑問に思ったが、ふと思いつく。


 勝呂さんは駆け出しの時の私を指導してくれた人。まだまだ私をひよっ子のように思ってるんだろう。


「入ります」

「そうだな。さすが麗華だ。いい答えをありがとう」


 やっぱりだ。新人の頃の私を指導してる時のような話し方。

 そう麗華は感じた。


 もしかしたら勝呂はこういう話し方をすることで、麗華が彼に従わなきゃいけないという気持ちを無意識下に持つように仕向けているのかもしれない。


 まさに心理戦?


「でも勝呂さん。それは誰しも簡単に考えられることですよね。それだけで立ち上げたばかりの会社がうまくいくのは難しい。勝呂さんのことだから、他にもまだ色々と考えてるんでしょ?」

「ああ、もちろんだ。他に俺がやってることを、特別に麗華には教えよう」


 勝呂が経営を軌道に乗せるためにやってること。

 いよいよ核心に迫る話が聞ける──

 そう思うと、麗華は心臓の鼓動が高まるのを感じる。


 ──落ち着け。落ち着くのよ麗華。おかしな挙動をすると勝呂さんに不審がられてしまう。


「はい。お願いします」

「顧客にな。最大限の誠意、熱意、創意を持って全力で挑むんだ。それだけだ」

「は? それ……だけ?」

「ああ、そうだよ。綺麗ごとに聞こえるかもしれないけど、業績をきっちり上げるにはそれが一番大事なんだよ」


 肩すかしだ。

 あまりにもまとも過ぎる答え。

 あの・・勝呂さんが、それだけだとは思えない。


 麗華は怪訝に思った。


「なんだ麗華。納得いかないような顔をしてるな?」

「あ、いえ。別に……」

「さっき言ったことは嘘じゃない。だけど更にテクニック的なことは、やはりいくつか特別なやり方を俺は持ってる」

「テクニック的なこと?」

「ホントは麗華が訊きたいのはそっちじゃないのか?」

「あ……まあそうですね」

「ふふふ。今は教えるわけにはいかない。だって麗華、お前は今はまだライバル会社の所長だぞ」


 くっ……見透かされてた。やっぱり勝呂さんは、頭の切れる人だ。


 思わず唇を噛みそうになるが、こちらの気持ちを読まれるのは困る。

 麗華は冷静な表情を装った。


「だけどうちに転職してくれるって明言するなら、お前を信頼して教えてやるよ。どうだ? イエスと言えよ」


 ──そっか。これ以上引っ張っても、勝呂さんは私たちが欲しい情報を口にしそうにない。私もやっぱりもうこれで、勝呂さんのことを気にし過ぎるのはやめにしよう。


 ヒューマンリーチ社は数あるライバル企業の一つだと捉える。そして目の前の日々の仕事に力を入れる。


 そうした方がいい。浮足立ったままだと自分たちの仕事に悪影響が出る。

 だからこの話を断るには、そろそろ潮時だと麗華は悟った。


「すみません勝呂さん。やっぱり私には、この話をお受けするわけにはいきません。失礼します」

「え? おい麗華。そんなこと言わずにちょい待てよ。お前の待遇はこの前の提示よりももっと優遇するからさ」


 すがるように片手を伸ばす勝呂には何も答えずに、麗華はすっと立ち上がった。

 そして背を向けて店の出入口に向かって歩く。背筋がピンと伸びて、美しく毅然とした歩き方。


「おい麗華ってばさ。何か言えよ」


 背中の方で聞こえる勝呂の声。

 麗華は振り向かずに、立ち去りながら答えた。


「お勘定はちゃんと支払って帰りますからご安心ください。もちろんワリカンで」

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