第95話:勝呂 悠平という人物

◇◇◇◇◇

<麗華side>


 昨日は営業所のみんなで情報収集に努めた。

 しかし勝呂すぐろの動向について、これぞという情報は得られなかった。


 一日明けて金曜日。


 今日も引き続き営業活動で外回りをしながら、各自が勝呂達の情報を集めている。

 麗華も午前中に得意先を2社訪問し、情報収集をしたが大した情報は得られていない。


 訪問2社目のビルから表に出たところで、ちょうどお昼になった。どこかで昼食を取ろうと考えたけど、またふと勝呂のことが頭をよぎる。


 ──平林君やほのちゃんも色々と情報収集してくれてるけど、何か掴めたかな……


 だけど──あんまり勝呂のことを意識しない方がいいのかもしれない、とも麗華は思い始めている。

 変に一社のことを意識するよりも、今までどおり自分たちの仕事に集中した方がいいのかもしれない。


 確かに勝呂が自分たちの競合エリアで起業したのは脅威ではある。

 だけど何もライバル企業はヒューマンリーチ社だけではない。


 勝呂の動向調査に時間を割くのは、営業所の戦術として本当に正しいのだろうか?

 そもそも自分は、冷静で正しい判断ができているのだろうか?

 勝呂達の動きを掴もうとしているのは、単に営業戦術上のことなのか、それとも自分が変に勝呂を意識してしまっているからなのか。


 麗華は自分の心の内に目を向ける。



 確かに勝呂さんは、昔私が憧れていた人だ。

 熱心で、仕事ができて、何が何でも結果を出す人。

 見た目もカッコ良くて、新人の頃の私から見たら、本当に輝いて見えた。


 勝呂さん本人に『憧れてます』って言ったこともあったっけ。

 今から考えると、なんてことを言ってしまったのか。

 恥ずかし過ぎて死にそうだ。


 そんなふうに、今となっては恥ずかしい思い出として、麗華の脳裏には刻まれている。


 異性として好きとか付き合いたいたかったのかと言うと、それは少し違うと麗華は今となれば思っている。

 だがもしあの頃、勝呂がカッコいい人のままだったら、異性として好きになっていたという可能性も否定できない。


 だけど結局、そうはならなかった。

 それは勝呂すぐろ 悠平ゆうへいという人物が、見た目の爽やかさやカッコ良さとは裏腹に、成果を出すためには手段を選ばないという強引で自分勝手な人だと麗華が気づいたから。


 勝呂は業績も上げていたし、少々わがままなところはあったものの、麗華も最初のうちは熱心さの裏返しだと思っていた。

 だけどそのうち、社内外でのやり取りを見て、これは少しやり過ぎじゃないかと思うような強引な部分に気づき始めた。


 さらにいくつかの強引な営業手法が明るみに出て、勝呂は周りの同僚や上司にも疎まれるようになっていった。それで居づらくなったのだろうか、やがてリクアド社を辞めてしまった。


 それでも当時は、見るからにおかしな言動を普段から取るほどじゃなかったのに。

 この前会った勝呂さんは、強引で自分勝手な姿をもはや隠そうともしていなかった。

 しばらく会っていない間に、色々とあったのかな。

 自分の会社を立ち上げて社長になったことで、ワンマンさがより一層表面に出てきたのかもしれない。


 麗華がそんなことを考えていると、突然後ろから声が聞こえてドキリとする。


「おっ、麗華。こんなとこで奇遇だな」


 声の方に振り返ると、高級そうなスーツ姿の勝呂が立っていた。


 ──まさかこんなところで勝呂さんに会うなんて。


 一瞬そう思ったが。

 志水市は地方都市で、ビジネス街は志水駅周辺に集中している。

 企業回りをしていれば、顔見知りに会うことも時々ある。

 別に勝呂さんが私を付け回していたということでもないのだろう。

 麗華はそう思い直した。


「どこ行くんだ? 昼飯か?」

「え? あ、はい」

「ちょうどいい。俺も今から昼飯なんだ」


 ──あ、しまった。


 急に訊かれて、つい正直に答えてしまった。

 今からアポイントがあるとか言っとけばよかったのに。

 勝呂さんのことを考えている時に突然本人に会って、私は動揺してる。

 落ち着け。落ち着くのよ。


 麗華は自分にそう言い聞かせる。


「この近くにいい店があるんだよ。一緒に行こうぜ」

「あ、いえ。私は……」

「いいじゃんかよ。金がないなら奢ってやるからさ」

「お金の心配をしてるわけじゃありませんから」

「あはは、冗談だよっ! 『そうなんですよぉ、奢ってくださいよぉ』なんて言っとけばいいのに」

「言いません。天地がひっくり返っても絶対に言いません」

「相変わらず麗華は真面目だなぁ。まあ、そういうところが昔から可愛いんだけどな」


 んん……

 やっぱりこの男と話すと調子が狂うわ。


 まあ私だってあれよ。

 自分が甘えたいと思うような男性が相手なら、冗談でそういうことを言うこともあるわよ。ええ、そうよ。私は決して、そこまでお堅いわけじゃないんだから。


 麗華がそんなバカなことを考えていたら、なぜか凛太の顔がふと頭に浮かんだ。

 そしてあわてて打ち消す。


 心を無にしよう。そう。心頭滅却よ。

 心頭滅却すれば火もまた涼し。

 あ、これは意味が違う。

 私、さっきとは違う意味で動揺してるぞ。

 落ち着け。落ち着くのよ麗華。


 麗華は少しパニくっているようだ。


「なあ、いいだろ麗華。その店中華料理屋なんだけど、マジ旨いから。行こうぜ」


 ──んんん。やっぱり勝呂さんは強引だ。

 やっぱり断ろう。

 いや。ちょっと待って。


 麗華はふと昨日のほのかの言葉を思い出した。


『周辺を嗅ぎ回ってもなかなか実態が見えないしさ。それなら直接相手の懐に飛び込んだ方が早いじゃん』


 ほのかが直接勝呂達にアプローチするなんてもってのほかだ。

 だけど自分なら元々勝呂さんと旧知の仲だし、ましてや今回の話は、勝呂にとって自分がメインターゲット。

 しかも食事をしながらの話ならリラックスして、彼もつい口が緩くなるかもしれない。


「わかりました、行きましょう。午後からアポイントがあるので、30分くらいしかご一緒できませんけど、それでもいいですか?」

「ああ、いいよ」

「それと支払いはワリカンで。そうじゃなきゃ行きません」

「わかったわかった。ワリカンで行こう。それにしても相変わらずお堅いな麗華は。ダイヤモンドかと思うほど固い。まあダイヤモンドも麗華も美しいからな。あはは」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」


 麗華は感情を一切込めずにクールに返して、勝呂と一緒に昼食に行くことにした。




=========

【お知らせ】

ファンタジア文庫さんから発売される書籍版の正式タイトルが決まりました!

社会人向けのラブコメということで、少しWEB版よりも落ち着いた印象のタイトルになります。


『実は同じ職場にあなたを好きな人がいます ~転勤先は美女だけの営業所!?』

(略称は『しょくすき』)


本作をずっと応援いただいてる皆さまからしたら違和感のあるタイトルだと思いますので、サブタイトルに今までのタイトルの一部を残していただきました。

書籍版はこのタイトルに素敵なイラストが付いてロゴデザインもされますので、文字だけで見ているよりもずっと良くなるはずです。


発売日やカバーイラストなども近いうちに公表できるようになりますので、楽しみにお待ちいただけたらと思います。


今後とも『てんびじょ』改め『しょくすき』をよろしくお願いいたしますm(__)m

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る