第94話:ほのかは負けず嫌い?

「そうだなぁ……直接、勝呂すぐろさん達にアプローチして探り入れよっかな」

「え?」


 ほのかの爆弾発言に、所長もルカも俺も。

 そこに居た全員がフリーズした。


「なに言ってんのよ、ほのちゃん! いくら冗談でも、そんな危ないこと考えちゃダメよ」

「いや冗談って言うか、あたしはマジで……」

「おいおい、ほのか。冗談じゃないなら尚更ダメだろ。変なこと言いだすなよ」

「だっていつもいつも、ひらりんに頼ってばっかじゃ……」

「ほのちゃんは負けず嫌いだからね。言いたいことはわかるけど。正攻法で情報収集すればいいだけの話よ」

「そうですよ、ほのか先輩」

「いや、負けず嫌いってわけじゃなくてね。そうじゃないんだよ。そうじゃないんだけど……」


 ほのかは戸惑ったような顔で、俺に視線をチラリと向けた。

 なんだかすごく複雑な顔をしている。

 だけどほのかが何をしたいのかは、よくわからない。

 そうじゃないなんて言ってるけど、さっきの口ぶりからしたらやっぱりほのかが負けず嫌いなだけって気がする。


 俺なんかに仕事で負けたくないっていう気持ち。


 俺自身は勝つとか負けるとかよりも、自分ががんばって、できるだけ周りの人たちを助けたいと思っているだけだ。別にほのかに勝とうなんて思ってるわけじゃない。


 ほのかは俺をチラチラ見ながら、皆に向けて話を続ける。


「周辺を嗅ぎ回ってもなかなか実態が見えないしさ。それなら直接相手の懐に飛び込んだ方が早いじゃん。ほら、あるじゃん。コケ…コケ…コケっ?」

「どうしたんですかほのか先輩。いつの間にニワトリさんになったのですか?」

「いや、そうじゃなくてルカたん! ほら、中国の偉い人が言った言葉!」

「それは『虎穴こけつらずんば虎子こじず』でしょ、ほのちゃん」

「そうそう、それそれっ! さすが所長!」


 ほのかがビシッと指を所長に向けた。

 所長はやれやれという感じに苦笑いを浮かべる。


 つまりほのかは、あえて危険を冒さなければ、望む情報は得られないって言いたいと。

 ほのかにしては珍しく、仕事に対してえらく積極的な態度だ。どうしたんだろ?


「とは言うものの、ひらりんが近づいたらもっと危険じゃない? あの人たち、なんか男相手なら手加減しなさそうな感じだし。ひらりんなんか監禁されたりして~」

「いやいや。まさか暴力とかはないだろ。あの人たちもビジネスマンでヤクザじゃないんだから」

「わからないよぉ。だからあたしに任せときなさい」


 ほのかは大きな胸の上辺りに手を置いて、美形な顔を俺に向けた。

 いつになくキリっとした表情だ。


「なんでそんなに急に積極的なんだよ。昨日は『ひらりんならきっとやってくれる』なんて言ってたくせに」

「そ、そんなのもちろん冗談に決まってるじゃん。ひらりんだって『一緒にがんばろ』って言ったでしょ。だからあたしも、がんばらなきゃって思ってるわけよ」


 なんかわからんけど、ほのかはムフムフと鼻息荒く主張している。


「ほのか先輩、もしかして……」

「そうだよルカたん。さすがルカたん、わかってるね。とうとうあたしが本気を出したってことを」

「いえ。ほのか先輩はもしかして、勝呂さん達が超イケメンだから近づきたいって思ってるのかと」

「うへぇ!」


 ほのかはわかりやすく、ガクッとずっこけた。

 うへぇってなんだよ?

 お笑い芸人のコントかっ?


「ななな、なんてこと言うのよルカたんは!? そんなはずないでしょっ!」

「うふふ、冗談ですよ」

「んもう。そんな冗談、笑えないんだからっ」

「まあほのちゃん。あなたの意気込みは充分わかったから。だけど危険なことはやめてよ」

「そうだよほのか。危険を伴うようなことまで、誰も求めてはいない」


 俺は至極真っ当なことを言ったつもりだ。

 だけどほのかは予想外のリアクションをした。

 視線を落として、いつになく弱々しくつぶやいた。


「だけど……あたしの力じゃ今まで何もつかめてないし、結局ひらりんに頼ることになりそうだから……」


 どうしたんだよ。

 そんなことを言うなんて、ホントに珍しい。

 俺に気を遣ってくれてるのか。


「遠慮すんなよ。俺たちはチームメイト・・・・・・なんだから別にいいじゃないか。俺は気にしないよ」

「ひらりんが良くったって、あたしは……」


 ほのかはまだ納得してないと言うか、不満げと言うか。

 毛先をいじりながら、ちょっと歯切れの悪い態度で俺を見る。


 その大きな瞳の奥には、不満と言うか不安と言うか、それとも寂しげと言うか。

 そんな何とも言いようのない色が、ゆらゆらと揺れているように見えた。


「とにかくほのちゃん。危険なことはしないようにね」

「あ……うん。危険なことはしないから大丈夫だよ所長」

「わかった。よろしくね」


 所長が釘を刺してくれたおかげで話は収まった。

 いや。一旦は収まったように見えたけど。


 俺は──ほのかの想いに、もっと目を向けてあげるべきだったのかもしれない。

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