第87話:麗華所長の寝相

◆◆◆◆◆

<凛太side>


 同じベッドの端で、神宮寺所長が寝ている。

 すぐに、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。


 すごく綺麗な女性がすぐ目と鼻の先で寝ているなんて。

 うわ。こんなのめっちゃ緊張する。

 全然眠れない。


 やっぱり所長は大人だ。

 こんなシチュエーションでも落ち着いていて、すぐに眠りについてしまった。


 いや……これはやっぱり、俺が男と意識されていないっていう証拠だよな。

 当たり前と言えば当たり前なんだけど、ちょっと悔しくもある。


 そんなことをグダグダと考えながら、寝返りをして所長の寝ている方を向いた。

 部屋は暗いけど、神宮寺所長が俺に背中を向けて、掛け布団にくるまっているのが小さな灯りで見える。

 いつもキリッとした所長だけど、こうやって寝ている姿を見ると、なんだか可愛い。


 ──あ、いや。上司を可愛いだなんて失礼だな。


「うぅぅ〜んんん……」


 突然所長が寝苦しそうな声を上げて、こちらに向かって片足を大きく上げて寝返りを打った。

 そしてこちらの方にすらりとした長い足が投げ出される。

 一瞬神宮寺所長の寝相の悪さに驚いたが、それよりもっと驚いたのは……


 ──え? ええっ?


 ガウンの裾がはだけて、生足が結構上の方まで見えた。

 や、ヤバい。

 こんなモデルのような美人の生足。

 パンティまで見えかけ……


 いや、待て待て待てっ!

 落ち着くんだ!

 落ち着くんだよ、平林 凛太!


 ダメだダメだ。

 所長は俺を信頼して、同じベッドで寝ることにしてくれたんだ。

 俺がそんなイヤらしい目で見たなんてことになったら、所長の信頼に反することになる。


 ──ごめんなさい、神宮寺所長!


 心の中で所長に謝ったら、少し気持ちが落ち着いた。


 でも、これだけ魅力的な女性が近くに寝ているんだ。

 俺だっていい年した男なんだし、ドキドキしても当たり前だよな。

 だから許してください所長!


 なんて自分勝手に思ってしまった。


「こら平林くん……」

「え?」


 ドッキーン、と心臓が止まりそうになる。

 ま、まさか所長は起きてるのか?


 そう思ってしばらく所長を眺めていたけど、ピクリとも動かない。

 所長はホントに寝てるんだよな?

 部屋が薄暗くてよく見えない。

 

 ちょっと不安になって、上半身を起こしてずりずりと体をずらし、少しだけ所長の方に近づいた。

 所長の顔を覗き込むと、しっかりと目は閉じていてやっぱり熟睡している。


 どうやら寝言だったようだ。

 俺……夢の中で所長に怒られてるんだな、あはは。


 それにしても、所長ってすごくいい香りがする。

 シャンプーの香りかな。


 あ、ヤバい。

 こんな近くに寄ってて万が一所長が今目を覚ましたら、俺が襲い掛かろうとしてるように思われるよな。


 もしもそんなことになったらきっと所長は激怒するし、俺はセクハラでクビになる。

 うわっ、怖すぎる!


 さあ、俺も早く寝よう。

 そう考えて、また少し距離を取って掛け布団代わりのベッドカバーを被った。

 そして目を閉じる。


 それからもなかなか寝付けなかったけど、やがて俺も眠りに落ちた。



***


 スマホのアラームが鳴って、目が覚めた。

 休みの日はいつも朝8時にアラームが鳴るようにセッティングしてある。


 天井がいつもの景色と違うことで、ここが長野のホテルであることを思い出した。

 でもなぜか、身体に重みを感じる。

 なぜだ?


 ふと横を向くと、すぐ目の前に神宮寺所長の寝顔がある。

 ちょっと顔を動かせば、キスできるくらいの距離。


 ──え? どういうこと?


 所長は寝顔も整っていて、すごく美しい。

 すっぴんなのにこんなに綺麗だなんてやっぱりすごいって改めて思う。

 ドッキンと心臓が跳ねあがった。

 昨日といい今日といい、心臓に悪すぎる出来事が多すぎる!


 よくよく見ると身体の重みの犯人は、俺の身体の上に乗かっている所長の腕だ。

 神宮寺所長が俺に抱きつくようにして、片方の腕を俺の胸辺りに置いている。

 掛け布団代わりのベッドカバーの上からなので、直接肌は触れ合ってはいない。


 ──うん。だから大丈夫だよな。


 あ、いや。何が大丈夫なのか、自分でもよくわからない。

 ドキドキが止まらない。


 俺が寝ている場所はベッドの隅っこだし、どうやら所長の方から寝返りで近づいてきたようだ。

 それだけはホッとした。

 俺の方から迫ったとなるとシャレにならない。


 だけどもこのまま所長が目を覚ましたら、どっちにしてもえらいことになる。


 俺はそぉーっとベッドから出ようと、身体を動かした。

 だけどそれが悪かった。

 俺がもぞもぞ動いたせいで、すぐ目の前で所長の目がぱちっと開いた。


「え? ひ……平林君っ!?」


 慌てて身体を起こした所長は、周りをキョロキョロと見回す。

 そして青い顔になった。

 自分の方から俺に寄ってきて、そして抱きついていたという事態を把握したようだ。


「ごっ、ごめぇぇぇぇんんんん、平林君っ!!!!」


 所長は真っ赤な顔をして、ベッドの上でガバッとジャンピング土下座をした。

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