第86話:凛太が麗華にキスを迫る!?

 凛太がドアを開けて室内に戻ってきた。


 ──あ、戻って来た。


 一気に4缶も開けて急速に酔いが回った麗華は、ベッドの端に腰かけたまま、ぼんやりと凛太の顔を見る。

 ガウンをきっちりと来て、髪もしっかり乾かして戻って来た凛太は、なぜか固まっている。その視線はテーブルの上。


 テーブルの上には、チューハイとビールの缶が4本。しかも全部蓋が開いてる。


「お帰り、凛太っち」

「あ、ただいまです」

「所長。大丈夫ですか?」

「ん……なにが?」


 凛太はいったい何を心配してるのか。

 確かに頭の中はぐるんぐるん回ってるし、身体も顔も熱いけど。

 気分はとってもいいから大丈夫!


 なんて麗華は考えている。


「飲み過ぎてないかなって思いまして」

「この前は飲み過ぎて、凛太っちに迷惑かけらもんねぇ。あろときはごめんねぇ」

「あ、いえ。それはいいんですけど。ホントに大丈夫ですか?」


 この前は家に帰る前に公園で寝てしまって、凛太に迷惑をかけた。

 でもこの前と違って、今日は家まで帰る必要はない。

 だからなんにも心配はない。


 そう思う麗華は、知らぬ間に『凛太っち』呼びになってることも、呂律が回っていないことにも気づいていない。


「もちろん、大丈夫よ。ほら」


 大丈夫だってことを見せるために麗華はベッドから立ち上がる。

 そして凛太の方に向かって二、三歩歩いてみた。

 しかし思っているよりも随分酔いが回ってるようで、足元がぐらりとふらつく。


「きゃっ!」


 足がズルっと滑ったようになって、麗華は仰向けに身体が倒れていくのが自分でわかる。

 だけども身体は思うように動かない。そのまま後ろに倒れてしまう。


「所長っ! 危ないっ!」


 凛太が急いで駆け寄り、仰向けになった麗華の背中に両手を回して支えた。

 床に背中を打ちつけられる寸前、麗華は凛太に抱きかかえられて助かった。


 ──ゴンっ


 背中は凛太の腕に助けれらたが、勢いで後頭部を床に軽く打ちつけた。


「ふぎゅっ」


 それほど痛くはなかったけど、後頭部を打った衝撃で変な声が出た。


「所長!」


 ふと前を見ると、覆いかぶさるようにした凛太の顔が、息がかかるくらい近くにある。

 背中は凛太の大きな手が支えてくれていて、その温かみが伝わる。

 麗華の鼓動がドキンと跳ね上がった。


 ──凛太っち……これは私にキスを迫ってるのかも?


 酔っている麗華は間近に迫った凛太の顏に動揺して、とんでもない勘違いをした。


 ──うわわ、どどど、どうしよう?


 ダメよ凛太っち。

 私たちは上司と部下だもの。

 キスまでしてしまったら、それはもう言い訳ができない。


 でも……そうね。凛太っちの方から迫ってきたんだもん。

 二人とも納得の上ならいいよね。


 酔いに任せて、麗華の本能が理性を駆逐した。

 麗華は覚悟を決めて、すっと目を閉じた。

 つまりキスを受け入れる仕草。


「しょ、所長……」


 麗華の耳に、凛太の甘いため息のような声が届いた。


 ──きっと凛太っちもドキドキしてるんだよね……


 麗華はそう思って、激しい胸の鼓動を感じながらそのまま目を閉じていた。


「しょ、所長っ! 大丈夫ですかっ!? しっかりしてくださいっ!」


 いきなり凛太が麗華の両肩をガクンガクンと揺らす。

 どうやら凛太は、麗華が気を失ったと勘違いしたようだ。


「所長! し、死なないでくださいっ!」


 叫びながらさらに大きく肩を揺らす凛太。

 麗華の頭はぐおんぐおんと前後に揺れた。

 慌てて目を開けて麗華は凛太に向かって叫ぶ。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ったぁ、平林君んんんっ!!!! 生きてるからっ! 私、生きてるからっ!!」


 麗華の頭からは、酒の酔いも雰囲気への酔いも一気にぶっ飛んだ。


「あっ、所長! よかった……所長……大けがしたんじゃないかと、下手したら死んじゃうんじゃないかって心配しました……」


 麗華が目を開いて凛太の顔を見ると、目を少し潤ませて、顔をくしゃくしゃにしている。


「こら、平林君。大の大人の男が、こんなことくらいでそんな顔をするんじゃないわよ」

「あ、そうですね。取り乱しかけました。すみません」


 情けない顔に笑顔を浮かべる凛太。

 でもこんなに一生懸命心配してくれるなんて……


 そんな優しい凛太の顔を見て、麗華の胸はきゅんと鳴った。


「ううん。心配してくれてありがとね。平林君って、ホントにいい人だわ」

「あ、いえ。でも大ごとにならなくて良かったです」


 あまりの勘違いの恥ずかしさと。

 何度もきゅんきゅんして、どんどん凛太に惹かれている自分を自覚して。

 麗華は、早く寝てしまわないとなんだかもっと堕ちていきそうな気がした。


「そ、そうね。じゃ、じゃあ今日はもう早めに寝ましょうか?」

「そうですね、あはは」


 ベッドシーツを麗華が使い、ベッドカバーを布団代わりに凛太が使う。

 大きなクィーンベッドの両端にできる限り離れて、二人は寝転んだ。


「じゃあ所長、電気消しますね」

「うん」


 そんな会話がまるで恋人同士のやり取りのように思えて、麗華はまたキュンとした。

 凛太が枕元のスイッチを押し、小さな照明を残して部屋は暗くなる。


 少し離れたところに凛太が寝ている。

 彼の息遣いが聞こえてくる。


 あまりにドキドキなシチュエーションに、ちゃんと眠れるのだろうか。

 そんな心配をしながら、凛太に背中を向けて枕に顔を押しつける麗華。


 だけどアルコールのせいだろうか、すぐに深い眠りに落ちていた。

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