第84話:聞き間違いなんて一生の不覚

◇◇◇◇◇

<麗華side>


 ふぅっ……ようやくシャワーを浴びることで、少しは緊張がほぐれてきた。

 こんなことになるなんて、ホントに私ったら、なんてそそっかしいのかしら。ツインとクイーンの聞き間違いなんて、一生の不覚だわ。


 バスルームに入って一人になった麗華は、少し冷静になってそんなことを考えた。


 凛太と同じ部屋に泊まることになって、実は麗華は信じられないくらいドキドキして緊張している。


 しかし麗華は、二人で泊まることになったからといって、動揺するような情けない姿は上司として見せられないと考えた。

 だからずっと、いたって冷静なふりをし続けているのだけれど……


 一つしかない大きなベッドを目にした時には、さすがに心の中で動揺しまくった。

 そのせいでベッドが二つに分かれないか確認するなんていう、信じられない変な行動をしてしまったのだ。


 ──ああっ、絶対に平林君には奇妙な女って思われたよねっ!? 恥ずかしすぎるっ!


 麗華はシャワーを浴びながら、その見事なスタイルの裸体をくねらせた。


 ──私がこんなにドキドキしてることは、平林君に悟られてないかな? 大丈夫よね。悟られてないよね。


 麗華にとって凛太は部下だし年下だ。だから恋愛の対象にはならない……というか、してはいけないと理解している。


 ほのかとルカ。部下は他にもいるのだから、特定の部下と仲良くなるのは良くない。それに凛太だって、上司で年上である女性を、そんな対象として見ることはないに決まっている。


 だから自分も彼をそんな目で見ることはない。

 そう考えてはいる。


 だけど加賀谷製作所の専務との会食を止めてくれた時の凛太は、男らしくて頼りになってホントにカッコよかった。

 一緒にお酒を飲んでもすごく楽しい。ついつい飲みすぎて酔っぱらって失敗した時も、凛太は親切に最寄り駅まで送ってくれた。

 しかも公園で酔いが冷めるまで、嫌がりもせずに付き合ってくれた。

 普段見せる顔も優しくて、誠実さが滲み出ている。


 そんな凛太に、部下としてだけではなく、一人の男性として魅力を感じていることは間違いない。


 麗華にとってそれは事実だ。だけどもやはり凛太を異性として、恋愛の対象として見てはいけない。


 そんな風に麗華は自制している。


 普段仕事をしている時は立場も役割もあるし、まあまあ冷静に凛太と接することができている。


 しかしいくらなんでも、今日のこのシチュエーションは──


 凛太と同じ部屋に泊まって、同じベッドで寝ることになる。


 ──どうしよう。どうしたらいいんだろう。 いやもうホントに私、恥ずかしすぎて耐えられない。もしかしたら緊張で、一晩中眠れないかもしれない。


 麗華は表向きの冷静さとは裏腹に、心の中で悶絶を繰り返している。


 ──そう言えばこの向こうには。


 バスルームのすぐ向こうの部屋には凛太がいることに、改めて意識が向いた。

 そんなシチュエーションで、今自分は素っ裸でシャワーを浴びている。それだけでもドキドキする。


 平林くんはどう思ってるんだろう。私がすぐ近くでシャワーを浴びていることに、もしかしたら同じようにドキドキしたりするのかな、なんてことが頭をよぎる。


 さらに麗華の脳内で妄想が膨んでいく。


 ──あ。もしも平林君がこっちに来て、『一緒に入っていいですか?』とか言ってきたらどうしよう!?

 も、も、もちろん断るしかないよね。ダメよ平林君、私は上司なんだからって。


 しかし、そこでふと麗華は、飲んでいる時に凛太が言っていたことを思い出した。

 上司と部下でも、お互いに惹かれ合って恋愛するならなんの問題もないと。


 もしも凛太が麗華に惹かれるのなら、自分は凛太のことを好きになっちゃうかもしれない。

 もしも凛太がバスルームに来て、『一緒に入っていいですか?』なんて言われたら、『いいよ』って言っちゃうかもしれない。


 ──うわぁ。きゃぁぁぁぁ。


 麗華の妄想が止まらない。

 心の中で叫んで悶絶する。

 しかしそこでふと我に返った。


 今の自分は酔っている。

 だから変な妄想に走っている。

 冷静に考えるのだと自分に言い聞かせた。


「平林君が一緒に入っていいですかなんて言うはずがないよね。私がそれにいいよなんって言うはずもないじゃない」


 シャワーを浴びながら、麗華は自分に言い聞かせるようにブツブツと呟いた。すると少し冷静になれた気がした。


 ほっと胸を撫でおろしたその時。

 バスルームの外の、洗面所のドアをノックする音が聞こえた。


 ──平林君……よね? もちろん私のほかには彼しかいないんだから。


 麗華はシャワーを止めた。

 ドアを開ける音は聞こえなかったから、たぶん彼は洗面所のドアの向こうから声をかけたのだろう。


「所長。ちょっといいですか?」


 ──え?


 私の妄想が現実化した……と、麗華はドキリとする。


 平林君がバスルームに入ってくる。

 どうしたらいいのだろう。やっぱり断るべきよね。だけど──


 ──うーん、許可しちゃえ!


 麗華の中の悪魔がそう囁いた。

 麗華はきっと、自分で思っているよりも酔っているのだろう。だからついつい勢いでこう言ってしまったのだ。


「いいわよ平林君」


 ああっ……とんでもないことを言ってしまった、と後悔してももう遅い。今さら発言を取り消すことはできない。

 もうしばらくしたら、平林君に私の裸を見られ、私も彼の裸を見るのだ。


 麗華はそう覚悟を決めた。


「あの、所長。ちょっとコンビニに行って、アイスを買ってきますね。所長の分も買ってきますから。急に部屋にいなくなってても驚かないでくださいね」

「え? ……ああそう。わかったわ。気をつけてね」

「はい。行ってきます」


 そう言って凛太は出て行ってしまった。


 ──ああ、なんてこと! 私の早とちりだった。


 凛太は単にコンビニに行くと伝えに来ただけだった。それに気づいた麗華は頭を抱えた。


「ああああああああ。 はずかしぃぃぃぃ!」


 バスルームの中で、麗華は一人悶絶していた。


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