第83話:さすが冷静な麗華所長

 所長が予約した部屋は、ツインベッドではなくてクイーンベッドだった。つまりカップルが宿泊する部屋。ベッドが一つしかない。


 二人してフリーズしていたらスマホからメッセージの着信音が鳴った。また山野所長からだろうかと思って確認した。


『ひらりん出張お疲れ様! 無事に帰りの新幹線に乗れたかな?』


 一瞬背筋が凍った。ほのかからだ。


 アイツどこまで真面目なんだよ。公私混同をしてないか、チェックのためのメッセージか?

 いや、そんなふうに考えてはいけないな。きっとほのかは俺たちを心配して、メッセージをくれたんだろう。


『実は新幹線が事故で運休だ。帰れないから長野に泊まることになった』


 事実を手短に返信した。別に遊びのために泊まる訳じゃないから、ほのかも怒らないよな。それよりも、今のこの状況をどうするかだ。

 目の前の大きなベッドが、異様な存在感を誇っているこの部屋。


 所長を見ると、なぜかベッドの周りをぐるりと回って、叩いたり引っ張ったりしている。バカでかいベッドなのだから、もちろんびくともしない。


「どうしたんですか?」

「このベッド。なんとか二つに分かれないかと思って」

「そりゃ無理でしょ!」

「うん。そうみたいね」


 さすが所長。なんとか事態を打開できないか、色々と検証してるんだな。だけど所長。さすがにそれは無理ですよ。


 ──って言うか、やっぱり所長は酔ってるのか? 行動が変だし。


「まあ仕方ないわね。平林君がベッドで寝なさい。私は床で寝るわ」

「ダメですよ所長。女性を床で寝かせるなんてできない。俺が床で寝ますよ」


 ソファがあったらそこで寝るんだが、この部屋にはソファがない。


「こんなことに男も女もないわ。こういう事態になったのは私のせいだから、私が床で寝る」

「いえいえ。上司にそんなことさせられません。俺が床で寝ます」

「ダメよ平林君。私が……」

「いけません所長。俺が……」


 お互いに譲らずに真剣な顔で見合って、おんなじことを言い張ってる。

 そこに二人とも気づいておかしくなった。俺も所長もプッと笑いが漏れた。


「うふふ、おかしいね平林君」

「あはは、おかしいですね所長」


 酔いのせいもあるのか二人とも笑いが止まらない。そのうち腹を抱えて笑い声をあげてしまった。


「あはははは、おかしい。なんかおかしくて、ああもう涙が出るよ平林君」

「わははは、そうですね所長。俺も笑いが止まりません。死にそうです」


 そこに俺のスマホからまた着信音が鳴った。


「あ、すみません所長……」


 メッセージを確認した途端、俺の笑いはピタリと止まる。ほのかからだ。


『JRのサイト見たら確かに止まってるね。大変だ。どこ泊まるの?』


 あ、えっと……このホテルの名前は……


「どうしたの平林君?」

「あ、ほのかからメッセージです。新幹線が止まったことをさっき伝えたら、どこに泊まるのって」

「ああ、ここはスペシャル・イン長野駅前ってホテルね」

「ありがとうございます」


 そのホテル名をほのかに送ったら、またすぐに返信が来た。

 そのメッセージを見た俺の身体に戦慄が走る。


『どんな部屋か見たいなぁ。写真撮って送ってよ』


「へ? あ、いや。どうしよう」

「どうしたの?」

「ほのかが部屋の写真を見たいって」

「え?」

「泊まる部屋の写真を撮って送って欲しいって言ってるんです」


 俺と所長二人とも、改めて室内を見た。

 大きなベッドが異様な存在感を主張している。


 いやいや。いくらなんでもこの部屋の写真をほのかに送るわけにはいかないよな。怪しすぎる。


「平林君。今写真をメールで送ったから見て」


 横でスマホを操作しながら、所長がそんなことを言った。


 写真?

 なんの?


 自分のスマホを見ると、どこか別のホテルの室内写真が所長から送られてきていた。


「それ、以前出張した時に泊まったホテルよ。記念に撮ってあったの。もちろんシングルルーム。それをほのちゃんに送って」

「なるほど」


 ビジネスホテルのシングルルームなんて、よっぽどデザインに凝ったホテル以外はよく似てる。

 

 俺は所長から貰った写真をほのかに送った。


『へぇ。こぢんまりとしてるけど、綺麗な部屋だね。ゆっくり休んでちょ』


 ほのかは素直に信じたようだ。所長の機転のおかげで危機的状況はなんとか乗り越えた。

 はぁ……と安堵の息をつく。


「ありがとうございます所長。さすがです」

「なんかほのちゃんを騙してるようで、心が痛むわ」


 騙してるようって言うか、ホントに騙してるんだけどな。

 でも仕方ない。真っ正直にこんなクイーンベッドの室内写真を送ったら、誤解を招くに決まってる。


「まあ所長。これは二人だけの秘密ということで」

「そうね。また二人だけの秘密ができちゃったわね」

「ですね、あはは」


 これで一難は去った。しかし寝る場所をどうするのかという、もう一難は解決していない。


「まあ仕方ないわね。ひとつのベッドで寝るしかないか……」

「え?」

「あ、平林君。もちろん変な意味はないわよ。これだけ大きなベッドだし、掛け布団を平林君が使って、私はベッドスプレッドを使うわ」

「ベッドスプレッド……ですか?」


 所長はベッドの掛け布団をめくった。


「ほら。ホテルのベッドって、掛け布団の上に大きくて綺麗なカバーで覆ってあるでしょ」

「はい」

「このカバーのことをベッドスプレッドって言うの」

「へぇ、そうなんですね」


 さすが所長。物知りだな。


「ベッドスプレッドは割と厚みもあるし、部屋はエアコンも効いてるし、全然問題ない」

「なるほど。別々の掛け布団を使って、離れて寝ればいいわけか」

「まあ、そういうことね」


 うわ、さすが所長だ。ほのかへ送った写真のことといい、ベッドスプレッドのことと言い、冷静に機転を利かせている。

 こんなイレギュラーなシチュエーションで、しかも酒が入っているのだから、普通はそこまで冷静に思考できないのが当たり前だ。


 しかもいくら相手が俺だとは言っても、一応は男と一緒にホテルに泊まるなんて状況なのに、まったく焦った様子がない。どこまでもクールで頭が切れる所長。

 そんな所長の凄さに改めて感心した。


 でも掛布団は別々とは言うものの。

 一つのベッドで女性と一緒に寝るなんて初めての経験だ。ましてや神宮寺所長のような超絶美人だぞ。そりゃあ、めちゃくちゃ緊張する。


「じゃあ平林君。私、先にシャワーを浴びてきていいかしら。汗だくだし、早くこのビジネススーツから着替えてリラックスしたいの」


 所長は室内のクローゼットを開けて、ガウンを手にしている。厚手のガウンだし、これならお互いにそんなに恥ずかしくなさそうだ。


「あ、はい。もちろんお先にどうぞ」

「うん。ごめんね。じゃあお先に」


 そう言い残して所長はバスルームに向かって行く。しばらくするとシャワーの音が聞こえてきた。


 このすぐ向こうで、所長がシャワーを浴びている。それを考えるとドキドキする。


 何を考えているんだ俺は。所長は上司だ。しかもたまたまトラブルで、一緒の部屋に泊まることになっただけだ。

 変な想像はするな!

 心頭滅却すれば火もまた涼しというじゃないか!


 そんなふうに思うようにしても緊張は収まらない。こりゃあ心臓に悪いな。ちょっと表に出て、アイスでも買って来よう。

 冷たいものを食えば、少しは落ち着くだろう。所長の分も買ってくれば、きっと喜んでくれるに違いない。


 俺はそう考えて、所長にひと声かけてホテルの外に出かけることにした。


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【読者の皆様へ】

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『隣の美人女子高生がなぜか俺の部屋に入りびたる ~もう来るなと追い返したのになんでグイグイやって来る?』

https://kakuyomu.jp/works/16816452219201449543

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