第73話:彼イケメンじゃないよね

 凛太が買ってきてくれた温かくて甘いココアを口にして、ほっと一息ついたほのか。


 ──さあ、気分を入れ替えて次のゲームはがんばろうか。


 そう考えたけど、ふと気づいてスマホを手にした。

 さっき凛太が母親のすぐ近くまで寄って行ってしまった。母は何げないフリをしていたけど、きっと間近で凛太の顔を見たに違いない。もしかしたら何かメッセージを送ってきているかもしれない。


 そう思って画面を開くと、やはりメッセージアプリには新着メッセージの表示がされていた。ほのかはドキドキしながらアプリを開く。


『彼イケメンじゃないよね』


 たったひと言、そう書いてある。そして顔を赤くして怒るウサギのスタンプ。


 ──ああっ……やっぱり母の目には、そう映ったか。ボウリングをするひらりんはまあまあカッコよかったんだけどなぁ。通じなかったかぁ。うーんんん……どうしよう? とにかくごまかそう。


 ほのかは急いでメッセージを返信した。


『そんなことないでしょ? まあまあイケてると思うけどね。ママはもう老眼かな?(笑)』


 ニッと笑うキャラクターのスタンプを添えて、そんなメッセージを送り返した。

 自販機横のベンチに座る母親が、スマホをせわしなく操作しているのが見える。そしてすぐにメッセージが返ってきた。


『はぁっ!? ママは老眼なんかじゃありません! 彼のどこがイケメンだっていうの? ママは彼を認めません!!』


 冗談でごまかそうと思ったほのかのメッセージが、かえって母の逆鱗に触れたようだ。

 ほのかの母は若さと美しさを保つことに熱心な人だ。老眼なんて言ったら怒るに決まっている。ほのかはうっかりとそんなことに気づかなかった自分を後悔するがもう遅い。


 ──うっわ、しまったぁ。やっちゃった…… どうしたらいいんだろう。このままじゃママは認めてくれそうにない……


 そうなるとたぶん母は、無理やりにでも見合いさせようとするだろう。それは困る。嫌だ。絶対に避けたい。

 ほのかはそう思った。

 そしてそれよりなにより──


 凛太のことを完全否定するような母の言葉に、心の奥から煮えたぎるようにむかむかする感情が湧きあがってくる。


 ──そりゃあひらりんは誰が見てもイケメンってタイプじゃないけどさ。でも人柄がにじみ出ている優しい顔で、まあまあイケてるって思うんだよね。それに見た目だけで娘の恋人として認めないとか判断するってどうよ。ウチのママおかしくない?


 ほのかは母のメッセージを見つめながら、心の中でそんなことを呟いた。


 だけど今の母の反応は──ほのか自身が初めて凛太に会った時に見せたリアクションとそっくりだ。なのにほのかは過去の自分自身を棚に上げて、母に対して憤っている。


 ──とは言え。どうしよう……


 ほのかの家庭では母親が一番発言力が強い。普段家の中では父なんか母の前ではタジタジだ。母は押しも強いし口数も多い。小酒井家においては、母の意向を無視してものごとを進めることはできないのである。

 そうしないと家庭内に暴風雨が吹き荒れることを覚悟しないといけない。それは困る。


 つまり凛太のことを母に認めさせないと、ほのかは見合いをするしかなくなるのだ。

 母に認めさせるには、やはり凛太を直接母に会わせて、凛太の人柄を見てもらうしかないのか……


 ──いやいやいや。それはやっぱヤダ。


 実際には付き合っていない二人。直接凛太が母と話なんかしたら、どこかボロが出そうで怖い。

 それに遠くから母が見るだけならまだしも、偽の恋人として母に会って演技をしてもらうなんて、凛太に対して申し訳なさすぎるとほのかは思う。


 ──うーんんんん……ど、どうしよう……


 ほのかはレーン内のベンチに座ったまま、ココアの缶をぎゅっと握りしめた。


「おいほのか、大丈夫か? 体調悪いのか?」


 気がつくと目の前に、心配そうな顔をした凛太が立っている。


「え? あ、ごめん。ちょっと考え事してた。体調は大丈夫」

「そっか。あんまり無理すんなよ。体調が悪いんなら正直に言ってくれ」

「あ、ホントに大丈夫だから」

「そっか。じゃあこれからどうする? もう一ゲームやるか?」

「えっと……うーん……」


 凛太が体調を気遣ってくれている。


 ──相変わらずひらりんは優しいなぁ。


 その気遣いにほっこりする反面、あの母のメッセージを見た後ではボウリングに集中できそうもない。


「できればもうボウリングはやめて、次行かない?」

「ああ、わかった。ボウリングは集中力がいるもんな。ほのか、ちょっとやりにくそうだしな。お母さんのせいだろ?」


 やっぱり凛太はちゃんとわかってくれている。そう思うとほのかはホッとした。


「じゃあゲーセン行こう。あそこならまあなんとかなるだろ」

「そ、そだね」

「クレーンゲームとかは集中力がいるけど、なんなら俺が景品取ってやるよ。それにプリクラなら集中力要らないしな」

「えっ……プリクラ? プリクラ撮るの? あたしとひらりんが?」

「だってプリクラって、カップルでゲーセン行ったらド定番だろ? 恋人のフリしてるんだから、撮った方がリアリティ出ると思ったんだよ。ごめん。嫌ならやめとこう」


 凛太と二人でプリクラ。今のほのかにとっては、嫌がるどころか、そんな恋人同士のようなこともやってみたくて仕方がない。想像するだけで心がウキウキする。だけどそんな気持ちはやっぱり凛太には悟られたくない。


 そう思いながらふと凛太の顔を見ると、ものすごく申し訳なさげな顔をしている。


 ほのかは凛太とプリクラを撮ることを嫌がっている──凛太はそう思ってるに違いない。

 それに気づいたほのかは慌てて両手を横に振った。


「いやいやいや、違うってひらりん。嫌なんじゃないよ。ちょっと……恥ずかしいなと思っただけ」

「へっ……? 恥ずかしい? ほのかが……?」


 凛太は意外そうな顔をしている。ほのかが実は凛太に惹かれているってことを知らないのだから、意外に思って当たり前だ。当たり前ではあるのだけれども──


「そうよっ。あたしが恥ずかしがったらおかしいですかぁ? あたしだってたまには恥ずかしがることもあるよっ。んもう、ムカつく」


 ほのかは拗ねたようにそう言って、凛太から顔をそらせてぷいと横を向いた。

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