第74話:恥ずかしがったりムカついたり

「へっ……? 恥ずかしい? ほのかが……?」


 凛太は意外そうな顔をしている。ほのかが実は凛太に惹かれていることを知らないのだから意外に思って当たり前だ。当たり前ではあるのだけれども──


「そうよっ。あたしが恥ずかしがったらおかしいですかぁ? あたしだってたまには恥ずかしがることもあるよっ。んもう、ムカつく」


 ほのかはねたようにそう言って、凛太から顔をそらせてぷいと横を向いた。

 べつに本気で怒っているわけじゃない。けれども自分だけどんどん凛太に惹かれていくことも、凛太がそのことにまったく気づかないことも、やっぱりちょっとムカつく。


「あ、ごめん。そうだよな。許してくれ」


 凛太のそんな言葉が聞こえる。だけどそんな言葉で許してやるもんかと、ほのかは顔を横に向けたままでいた。


 ……とその時。ほのかは、くしゃりと大きな手で頭を撫でられるのを感じた。顔を凛太に向けると、なんと──凛太がほのかの顔を見つめて頭を撫でている。


 ──あ……ひらりん……


 優しく見つめる凛太が、もの凄く素敵でカッコよく見えた。ほのかは思わずきゅんとして、潤んだ瞳で凛太を見つめた。

 

 しかしその数秒後、我に返って恥ずかしさがこみ上げる。


「ちょちょちょ、ひ、ひらりん! な、なにすんのよっ」


 母に声が届かないように小声で凛太に訴えかける。

 なんで急に、こんなホントの恋人同士のようなことを凛太はしてくるのか。凛太の行動の不可解さに頭が混乱する。

 それに凛太の方から自分に惚れさせるはずが、ますます自分が惹かれていく。そのことにも、ほのかは戸惑いと悔しさがこみ上げる。


「あ、ごめん。ほのかのお母さんにさ、ちょっとは本物の恋人に見えるようなことも必要かななんて思って。それにほのかを怒らせたから、ちょっと慰めようかと思って…… ホントごめん」


 凛太も小声で話しながら、本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げている。それを見てほのかは焦った。


「あ、いや、ひらりん。別に怒ってないから。それにそんな頭を下げたりなんかしたら、あたしたちが喧嘩してるようにママに見えるからやめて」

「あ、そ……そうだな。でもホントに悪かったよほのか。普段の俺なら絶対にあんなことしないのに、なぜか無意識についやっちゃったって言うか……なんであんなことしたんだろ。今日の俺、ちょっとおかしいな。あれはセクハラだな。あんなことされたら嫌だよな。ホントごめん」


 ──嫌どころか、セクハラどころか、すっごく嬉しくてきゅんとしたんですけど……


 そういう本音は心の内に抑えて、ほのかは照れ隠しのために冗談で返す。


「まあ嫌ってほどじゃないからいいよ。別にセクハラとも思わないし。きっとひらりんはあたしがあんまりに可愛いから、ついつい無意識にそんなことをしちゃったんだよねぇ……むふふ」


 ほのかにとっては照れ照れで焦って、精いっぱいの冗談のつもりだった。きっと凛太は『なに言ってんだバーカ』とか言うだろうと予想をしていた。しかし凛太から返ってきた言葉は──


「あ、そうなんだよな……うん」


 思いもよらない凛太の返事に、ほのかは心の中で『マジぃぃぃ!?』と叫びながら、幸せな気分で頭がくらくらするのを感じていた。


 ──あ…… もうダメ。しにそう……


 このままだと気が遠くなってしまうと感じたほのかは、正気を保とうとがんばって、凛太に向かって言葉を振り絞った。


「あ、ひらりん。じゃあ次に行こうか」

「お、おう。そうだな。行こう」


 そうして二人は、一ゲームでボウリングを切り上げて次の目的地のゲームセンターへと向かった。




***


 ゲームセンターに向かって歩道を歩いてる最中にも、ほのかには母から頻繁にメッセージが届いた。


『次はどこ行くの?』

『ママは認めないから、さっさと帰りなさい』

『お見合い相手はもっと素敵な人よ。そっちにしなさい』


 ほのかは歩きながら、その度にメッセージを送り返す。


『次はゲーセン行く』

『帰らないよ。認めてよ』

『興味ない。凛太くんだって素敵な人だよ』


 しかし母は一向に認めてくれそうもない。


「なあほのか」

「えっ?」

「大丈夫か?」

「あ、うん。なにが?」

「何がって……青い顔してるし、スマホしょっちゅういじってるし、何かずっと考え込んでるし」

「あ、いや……ママがね、メッセージを送ってくるのよ。それでついつい真剣に返信してた」

「なんて?」

「次どこ行くのかとか、楽しそうだねとか、彼氏と仲良いねとか」

「そっか。擬似デートは上手く行ってるってことか?」

「あ、うん。まあそうだね」

「そっか。それは良かった……でもちゃんと前見て歩けよ」

「あ、うん。大丈夫だって」


 ホントは全然上手くなんかいっていない。だけどあんまり凛太を心配させるのもどうかと思って、ほのかは無理に笑顔を浮かべて曖昧に返事した。

 だけどこのままじゃあ、上手くいかないことは間違いない。どうしたらいいんだろうかとほのかは迷う。

 

 ──もうちょっと強い口調で、ひらりんはいい人なんだよって送ってみようか。


 ほのかはそう考えて、歩きながらまたメッセージを打ち始める。


『凛太くんは仕事もできるし、優しいし、ホント良い人だよ』


 ──うーん……まだこれじゃ弱いかなぁ。ほかにもひらりんのいいところ……あったかな?


「おいほのかっ! 信号赤だぞっ!」

「えっ?」


 凛太の声に驚いて顔を上げようとした時だった。ほのかは肘をぐっと掴まれて、後ろに思い切り引っ張られるのを感じた。

 そのせいで身体が後ろに飛ばされる。勢い余ってほのかは後ろ向きに尻もちをついた。


「あん、痛ったあ〜 んもう、ひらりん何を……」


 そう言いかけて前を見ると、赤信号の横断歩道で車道に体一つ飛び出た凛太が目に入った。

  凛太は体勢を崩している。慌ててほのかを引っ張った勢いで、自分が車道に出てしまったようだ。勢いよく走る車が、激しくクラクションを鳴らして凛太に迫っている。


「ひらりん危ないっ!」


 ──このままじゃひらりんが轢かれてしまう!

 

 ほのかがそう思った瞬間、車はキュキュキュっとタイヤ音を鳴らしてハンドルを切る。凛太はまるで踊るように身体を捻った。間一髪、車は凛太の身体を避けて通り過ぎた。

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