第72話:戦慄のメッセージ

 ボウリング場について、ほのかがふとアプリを開くと、そこにはこんなメッセージが書いてあった。


『ほのかの彼氏、ホントにイケメンなの?』


 戦慄のメッセージ。

 ほのかは背筋がゾゾゾっと震えるのを感じた。

 凛太の姿を見た母が、疑問を投げてきている。

 この文面を見るに、遠目からなのではっきりとはわかっていないという感じだ。


 さりげなくボウリング場内を見回すと、受付カウンターのすぐ横にあるベンチに座っている母の姿を見つけた。少し距離があるし、そんなにはっきりとは見えにくい距離ではある。


 ──ママをひらりんに近づけてはいけない。


 ほのかはそう思った。


「なあほのか。どっちから先に投げる?」

「あ、えっと……ひらりんからどうぞ」

「おう、わかった」


 せっかく凛太と遊びに来たというのに。

 母が気になってボウリングどころではない。

 ほのかは残念な気分になりながら、凛太がボールを投げる姿を眺める。


 ボールを持ってピンを見つめる凛太の姿はなかなか堂に入っている。

 そして投球フォームもなめらかでカッコ良くて、ほのかは思わず見とれた。


 ──ガッコォーン!


 凛太が投げたボールは、一発で見事にすべてのピンを倒した。


「ひゃぁっ……? い、いきなりストライク? や、やるじゃんひらりん!」

「ああ。久しぶりの割にはうまくいったな」


 爽やかに笑う凛太は、ガッツポーズをしている。


「運動神経いいんだねひらりん。……そう言えば昔はサッカーをやってるって言ってたっけ?」

「ああそうだよ。まあ体育だけはまあまあできた方かな、あはは」


 ──いや、あははじゃないよ。びっくりした。カッコいいじゃん、ひらりん!


 ほのかは心の中で叫んだが、それを口にはしない。

 なぜなら凛太の方から自分に惚れさせるつもりで来てるのに、自分から惹かれてばかりなのはちょっと悔しいからだ。


 ほのかが手にしたスマホにふと目をやると、また母からのメッセージが届いていた。

 またなにか疑問を投げてきてるのだろうかと、ドキドキしながらメッセージを開く。


『ふーん、凛太君はボウリング上手なんだね! なかなかカッコいいよ』


 なんとなんと。『GOOD!』と書かれたスタンプまで付いている。

 母の目にもさっきの凛太はイケていたようで、ほのかは少しホッとした。


 だけれども──


『いちいち凛太君の評価を送って来ないでよぉ! 気になって仕方ないじゃん!』


 ほのかは素早くフリックして、そんなメッセージを母親に送る。


「なにやってんだ? 次はほのかの番だぞ」

「あ、そだね。よぉーし、あたしもいいところを見せよっかなぁ。こう見えてもあたし、ボウリングは得意なんだよね」

「へぇ、それは楽しみだな」


 ほのかも実はボウリングには少しばかりの自信があった。

 女子の中ではいつも割といいスコアが出るし、ボウリングはまあまあ得意だという自負もあるのだ。


 だがしかし──




***


 1ゲームが終了した時点で、ほのかの成績はボロボロだった。

 ガターやミスの連続で、スコアは50も行っていない。

 母の目が気になり過ぎて、どうも変な力が入って全然実力が出せなかったのだ。

 それに凛太にいいところを見せたいという気負いがあったことも間違いない。


「なあ、ほのか。そんなに落ち込んだ顔をするなよ。たかがボウリングだし」

「いや、別に落ち込んでなんかないし……」


 そう言いながらも、シートに座り込んだほのかはどんよりと疲れたような顔をしている。


 母はあれからメッセージこそ送っては来ない。しかし受付横のベンチに座って、場内全体を見るようなふりをしながら、ずっとほのかと凛太を見ているのだ。

 だからほのかは母の目が気になってボウリングを楽しめないし、いいスコアが出ないから恥ずかしくもある。


「あ~あ。ボウリングはまあまあ得意なんだけどさ。今日は調子が悪いみたいだなぁ」


 苦笑いを凛太に向けて、言い訳をするほのか。

 しかしやはりちょっと悔しいのか、引きつった顔だし、肩ががっくし落ちている。

 そんなほのかに、横に立つ凛太が声をかけた。


「ちょっと休憩しようか。なにか飲み物を買ってくるよ。ほのかは何がいい?」

「買ってきてくれるの?」

「ああ」

「あ、なんでもいい。ひらりんに任せる。でもあったかいのがいいなぁ」

「了解だ」


 そう言って財布を持った凛太は、自販機を探してレーンから出て行った。


「あ……ヤバっ!」


 思わずほのかは小さな声で叫んだ。

 凛太が、母親が座るベンチのすぐ横にある自販機を目指して歩き出したからだ。


 ──ママにひらりんの顔を、ばっちり近くで見られちゃう……


 だけども今さら凛太に声をかけたり、追いかけて行くのもあまりに不自然だ。

 もうどうしようもない。


 自販機でドリンクを買う凛太を、ほのかの母は直接顔を向けてはいないが、きっとサングラスの下で目を向けて観察しているのだろう。

 それに気づいていないであろう凛太は、ほのかの母を気にするふうでもなく、二人分のドリンクを買ってレーン内で待つほのかの元に戻ってきた。


「ほら、ほのか。ホットココアを買ってきた。これでいいかな?」

「あ、うん。ちょうど甘い物を飲みたかったんだ。ありがと」


 凛太からココアを受け取ったほのかは、ぷしゅんと蓋を開ける。


「だろ? ちょっと疲れたような顔をしてるからな。やっぱりお母さんの目のあるところで疑似デートだなんて、ほのかも気が張って疲れてるんじゃないかと思ってさ。だって今日は最初から、ずっと堅い顔をしてたからな」

「あ……気づいてたの?」

「ああ。それくらいわかるよ。だからほのかがさ、少しでも気持ちがほっこりできるように、温かくて甘いココアにした」

「ひらりん……」


 ──なんという心遣い。


 ここまで凛太は特に何も言ってなかったけれど、自分のことをずっと見てくれていたのだとほのかは気づいた。

 ほのかは感動で目がうるうるしそうになる。それを誤魔化す意味もあって、手にしたココアをぐびっとひと口、口に含む。


 口中に広がる甘くてほろ苦いココアの味が、なぜだかいつもよりも身体中に染み入るように感じるほのかだった。

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