第65話:もちろんイケメンなんでしょうねぇ
「じゃあその平林君に、今度会わせなさい!」
「へっ……?」
母親の口から飛び出た言葉に、ほのかの全身には再び緊張が走った──
「もちろんイケメンなんでしょうねぇ!」
「えっ……あ……そ、そうだけどっ」
「うっわぁ、どんな人か楽しみっ!」
ほのかの母は、両手を合わせて身体をくねらせて、自分のことのように喜んでいる。
「ちょちょちょっと待ってよぉママ! まだ会わせるなんて言ってないしぃ!」
「なんでよ? ほのかに彼氏ができたら会わせてよって前に言ったら、あなたはうんって言ったじゃない」
「えっ……? あ、ああ。そうだっけ?」
「そうよ! しかも『ママにイケメン彼氏を見せつけてやる』とか、偉そうに言ったくせに」
そう言えばそうだった……とほのかは思い出して、冷や汗が出るのを感じる。バカなことを偉そうに言った、あの時の自分を殴ってやりたい。いや、絶対に殴ってやる。
「あ、でもさ。彼とはまだ付き合って日が浅いから、急に親に会わせるなんて言ったら、ビビるでしょ? だからダメ。そのうち会わせるからさ。まあ、そう言うことでっ!」
ほのかがこの場から逃れようと、ソファから立ち上がって、リビングの出入り口に向かって一歩を踏み出した時。
後ろ手に手首をグッと掴まれるのを感じた。身体の前への推進力が突然阻止され、ほのかは恐る恐る振り向く。
眉間にしわを寄せた母の顔が目と鼻の先に迫っていて、ほのかは思わず「ひぇぇっ」と声を上げた。母が迫力たっぷりの顔を、更にずいずいっと寄せてくる。
「じゃあ、ほのかがデートするのを遠くから見るだけで我慢するわ」
「ふぇぇぇーっ??」
「あなたに相応しい男かどうか、母親としてちゃんと見ておきたいから。これだけは譲れない。わかったわねっ!!」
さらに顔をぐいと寄せて鼻と鼻がくっついた状態で、有無を言わせない低い声で母が凄んだ。
母のこの迫力からして、単なる好奇心だけではないようだ。
本当に彼氏がいるのか、いるなら自分が認められる男なのか。それを確かめようとする、強い意志が母の目からほとばしっていた。
その目力の圧に押されて、ほのかはつい承諾してしまう。
「は、はいっ! わ、わかりましたお母さまっ」
「よろしい。じゃあ明日にでも彼氏とデートの日にちを決めて、ママに報告すること」
「あ……は、はいっ……」
急ににんまりと嬉しそうな笑顔を浮かべる母親に、ほのかは打ちのめされたような顔で答えるのが精一杯だった。
「あ、そうだママ。一つだけお願い」
「なに?」
「このことは、パパには言わないで」
「わかったわよ。知らないうちにほのかに彼氏ができてたなんてパパが聞いたら、びっくりして倒れちゃうからね。女同士の秘密にしといたげる」
「うん……それだけはお願いね」
男親は女親以上に、娘の彼氏に対する要求は厳しいに決まっている。
どんなヤツだ?
そんなヤツはダメだ。
ママの勧める男にしなさい。
こんなことを言われるのは容易に想像できるし、そうなればややこしいことになることは目に見えている。
ほのかはそう思って、せめて父親にはこんな話が伝わらないようにと考えた。
***
母親は約束通り、父には内緒にしてくれているようで、夕食の時にも特に父から何かを言われることはなかった。
両親とほのか、そして高校生の妹と4人での夕食は、まったくいつも通りの雰囲気だった。
そして夕食を食べ終えたほのかは、自室へと閉じこもるためにそそくさと席を立つ。
いつまでもリビングにいると、いつまた母親から何かを言われるかもと不安で一杯だ。
「あれ? お姉ちゃん。テレビ見ないのー?」
「うん。ちょっと明日までに読んどかなきゃいけない本があるんだ。部屋戻るよ」
「あっそ」
ほのかに似てクリっとした目が可愛い妹から、不思議そうな顔で訊かれた。しかしほのかは口から出まかせを言って、リビングからそそくさと逃亡した。
部屋に入って後ろ手でドアを閉め、ベッドの端に腰掛けた。
そしてふーっと大きく息を吐く。
「うぅぅぅぅ……どおしよぉ……」
ぼんやりと壁を見ながら、あれこれ考えを巡らせる。
明日会社で、凛太に疑似彼氏になってもらうお願いを本当にするか?
「あぁぁぁぁぁん、そんなの恥ずすぎるぅぅぅぅっ!」
凛太にお願いができないとなると、母親に本当は彼氏なんていないと打ち明けるか?
「やだやだやだぁぁぁ! お見合いなんて、絶対にしたくなぁぁぁい!」
そして顔を左右にぷるぷると振る。
栗色のゆるふわヘアが、左右にくるんくるんと巻くように揺れる。
でも──はたとほのかは考える。
「あたし……なんでお見合いするの、ヤなんだろ?」
確かに母が言ったように、以前『良い人がいたら紹介する』と言われた時は、本気で喜んだ。
自分が理想とする男性に、それまでなかなか出会えなかったからだ。そして今日母親から見せられた写真と経歴は、自分が求めていた人物と言える。
以前の自分なら、喜んでお見合いに応じていたはずだよねぇ……と自分でも思う。
「だって……見合いをするってことは、結婚を前提に付き合うってことだもんなぁ……」
イケメンで超一流企業に勤めているからって、結婚したい相手とは限らないよね……
今のほのかは、なぜだかそんな気になっている。
──となると。
気が乗らないお見合いを避けるためには、やはり凛太に疑似彼氏をお願いするしかない?
「確かにひらりんなら、事情を説明したら、本気で協力してくれそうだなぁ……」
他人のためにでも、嫌な顔一つせずに全力で動いてくれる。
そんな凛太の性格がわかっているからこそ、この話をお願いするには凛太が適任であることは間違いないと、ほのかも思う。
それに飲み会で、凛太には今彼女がいないだけでなくて、好きな人もいないというジョー・ホーゲット……ではなくて、情報をゲットした。
つまり凛太にとっては、疑似彼氏をどうしても断らないといけない理由はないということだ。
「ひらりんと恋人のフリをしてデート……?」
ふとそんなことを思い浮かべた途端、ほのかは顔がボワッと火が付いたように熱くなった。
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