第66話:いったい誰に言い訳をしているのやら
「ひらりんと恋人のフリをしてデート……?」
ふとそんなことを思い浮かべた途端、ほのかは顔がボワッと火が付いたように熱くなった。
「ああ、いやいや……あくまでママを納得させるための演技だからっ! デートしたら楽しそうとか……ないんだからっ!」
一人きりで部屋にいるのに、いったい誰に言い訳をしているのやら。
ほのかは自分でもよくわからない行動に、ふと我に返って思わずぷぷぷと吹き出してしまった。
「あ、でも……」
凛太とデートする場面を母に見せても、普段から『イケメン以外はだめ』などと断言している母が納得するだろうか?
単に母を納得させてお見合いを避けるだけなら、他にも手段はある、と思いついた。
今まで何人もの男から言い寄られてきたほのか。その中には、見た目だけは絶品な男もいる。そういう男に擬似彼氏役を頼めば、問題は解決しそうだ。
──だけど……
「ああダメダメ、そんなの!」
そんなお願いをしたら、恩を着せられたり弱みを握られて、後々何か変な要求をされるかもしれない。
今まで言い寄って来た男たちの中には、ほのかが信頼できると思える相手はいなかった。
そういう意味では、誠実で信頼できる凛太しか、こんなお願いをできる相手はいない。
そして信頼うんぬん以前に、それらの男たちの中に、疑似とは言えデートをしてもいいなと思える男がいない──ということも、ほのかは感じていた。
ほのかは凛太に事情を説明するシーンを頭に思い浮かべた。
すると、想像の中の凛太は──
『ああ、任せとけ。一生懸命、擬似彼氏をやるよ。ほのかのために』
そして凛太は、優しくニコリと微笑んだ。
「あ、あ、あたしのため……?」
──そのセリフは、あくまでほのかの想像上の凛太なのだけれども。
凛太のセリフと笑顔にほのかは急に恥ずかしくなって、また顔からぼわんと炎が吹き出すように感じた。そして忙しくワチャワチャと栗色の髪をいじくり回す。
そして──ふと我に返って、自分で自分をバカみたいだと気づく。
「な……なにをやってんだか、あたし……」
単なる想像上の凛太に、なぜこんなに恥ずかしくてきゅんきゅんしてしまうのか。
あたしっておかしくなっちゃった?
中高生じゃあるまいし。
ひらりんのことを考えて、こんなに恥ずかしがって動揺したりするのって、おかしくない?
いやいや、とりま落ち着こうよ、あたし。
そんなふうに考えて、自分の気持ちを落ち着かせようとするほのか。けれども凛太のことを考えると、ドキドキきゅんきゅんしてしまうのを止められない。
ほのかは実は今まで男性と付き合ったことはあるものの、本気で男性を好きになった経験は皆無だった。
だから自分の感情がこんなに揺れていることに、どうしたらいいのかわからない。
ああ、でもやっぱり、こんなことを頼めるのはひらりんしかいないよね ──と、再びほのかは思う。
ところで、母が凛太の姿を見たとして、認めてくれるだろうか。
母親が凛太の姿を見るのは遠くからだし、よく見えなくて、イケメンじゃないからダメとは言ってこない可能性はある。そうなればラッキーだ。
もしも凛太の顔を母がしっかりと見たとしたら──
確かに初対面の時に感じたように、凛太は決して誰が見てもイケメンという容姿ではない。
でも何かに一生懸命になってる時の顔や、ふと見せる優しい笑顔は悪くはないよね……と今では思う。
そう。凛太の同級生との飲み会で『すぐに彼女ができるよ』と言ったのはお世辞でもなんでもない。今のほのかは、本気でそう思っているのだ。
だから母も、案外凛太の見た目を認めるかもしれない。
それでももしも母が凛太のことを『イケメンじゃないからダメだ』なんて言ってきたら──
「うん。その時はその時よね」
だからやっぱり明日、凛太にお願いしようと心に決めた。
(あ──そうだ、いいことを思いついた。もしもママがイケメンじゃないからダメとか言ったら、こう言い返したらいいんだ)
『付き合うのはあたしであってママじゃない。あたしはこの人が大好きなんだから、いいじゃないっ!』
そんなセリフを頭の中で思い描いた瞬間。
「あ゛あ゛あ゛あ゛〜っ! え? え? え? あ、あたしっ、ひらりんのことが好きなのぉぉぉ!?」
頭を抱えてしばらく悶絶してから、ほのかはまた我に返る。
「あ、違う。あくまでママを納得させるためのセリフを考えてるんだった」
ほのかは今、凛太のことを考えるとあまりに動揺して、もう何がなんだか訳がわからなくなってしまっていた。
◆◇◆◇◆
翌日。週初めの月曜日。
朝からほのかはそわそわしていた。
凛太に擬似彼氏のお願いをしなくちゃならない。そんなお願いをどんな顔をして、どんなふうに言ったらいいんだろう?
──ちゃんと言えるかなぁ?
『ひらりん。あたしの彼氏役をさせてあげるよ』
──あ、いや、バカだ。
こんな高飛車な頼み方はバカ女丸出しだ。
『ひらりん! あたしと一緒にママを騙して欲しいのよ!』
──言ってることは間違っていないけど。これじゃ、犯罪の誘いをしてるみたいじゃん?
一応は仕事をしながら、ほのかは色々と考えを巡らせるが、適当なお願い言葉がなかなか思いつかない。
そして凛太の顔が視界に入るたびに、ほのかはあれやこれやと考えてしまう。
(でも、彼氏になって欲しいったって、擬似だからねぇ〜 本気の告白するわけじゃないしぃ。まあ、さらっとお願いしたらいいのよ。そうそう、擬似彼氏。うん、ぎじぎじ。簡単簡単!)
意味の分からない言葉を頭の中で呟いて、不安を紛らわせる。
けれども他の人がいる前では、そんな話はできない。二人きりになった時がそのチャンスだ。そのチャンスだけは逃さないようにしなきゃいけない。
お昼を少し過ぎた頃。
神宮寺所長は得意先訪問で外出して、オフィス内にはほのかと凛太と、そしてルカの3人になっていた。
そして突然ルカが立ち上がった。
「お昼ご飯、買いに行ってきます」
コンビニ弁当を買いに行くらしい。
「あ、そうだ。ついでにちょっと銀行寄ってきていいですか? 小口の現金をおろしとかなきゃいけないんです」
小口の現金とは、電車賃とかコインパーキング代とかちょっとした品物の購入費とか。
会社の経費で現金払いをする必要があった時に、社員に渡すお金のことだ。
この営業所ではそれをルカが管理しており、手持ち分が少なくなると、銀行に行っておろしてくるのである。
「うん、いいよぉ。ゆぅーーーっくりしといで」
ちょっと気持ちが前に出すぎてほのかのセリフは不自然さが丸出しだ。
しかしルカは気にする様子も見せずに「ありがとうございます」と答えたのでほのかはホッとした。
オフィスから出て行くルカの背中を見届けてから、ほのかはデスクでパソコンに向かう凛太にチラッと目を向けた。
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