第64話:母の口から衝撃的な言葉が飛び出した
◆◇◆◇◆
〈ほのかside〉
凛太の同級生たちのとの飲み会が催された翌々日。日曜日の夕方。
ほのかが自宅のリビングでソファにごろりと寝転がって、のんびりテレビを見ていたところに、突然母親から声をかけられた。
「ほのか。あのさぁ」
「ふぁっ? なぁに?」
ほのかは肘枕で視線はテレビに向けたまま、ちょっと面倒臭そうに答える。
「知り合いから良い人を紹介してもらったのよ」
「良い人? なんの紹介?」
ほのかの母は50歳を過ぎているが、とてもそんな風に見えない。ほのかと同様小柄で、ぱっちりした目の顔つきがとても可愛くて若く見える。そんな母の口から、衝撃的な言葉が飛び出した。
「あなたのお見合い相手」
「へぇ、良かったね……」
ほのかの目はテレビ画面を追ったまま、ひとごとのように上の空で答えた。母が口にしたびっくりするような言葉を明らかに認識していない。
「でしょ。あなたのお見合い相手、ようやく良い人が見つかったわ」
ほのかは、そこでようやく母の言葉の重大さに気づいた。
「えっ……? ちょちょちょ、待って! あ、あ、あたしの、おおおお見合い相手ぇぇぇっ!?」
ほのかは元々大きな目をこれ以上ないくらい見開いて、ぴょんと飛び上がるように起き上がった。そしてソファの上でちょこんと正座して、唖然とした顔で母親を見つめる。
「うん、そう。ほら、これ見てよ」
近寄ってきた母が白い封筒から取り出したのは、身上書と呼ばれる、お見合い相手の経歴などを記した用紙だった。そして写真まで同封されている。
母親が鼻先に身上書と写真を差し出したものだから、ほのかは思わず手を伸ばして、それを受け取った。
「どう? かなりのイケメンでしょ? それに経歴も一流大学を出て、超大手の金融機関に勤めてるから申し分ないし」
うっわ、確かに自分好みの、かなりの爽やか系イケメンだ──と、ほのかはコクコクとうなづく。
身上書を見ると、相手は28歳で3つ歳上。
勤め先はメガバンク。
年齢的にも合うし、見た目も経歴も、今までほのかが理想としていた男性であることは間違いない。以前のほのかなら、きっとぴょんぴょん飛び上がって喜ぶような相手だ。
母親も今までずっと『男はイケメンに限る』と言っていたし、母親のお眼鏡にもかなったのだろう。
「うーん……」
「ほのかがさ。いい出会いが無いって前から言ってたからね。知り合いに声をかけまくって、ようやく一人、紹介をもらったのよ」
「そうなんだ……」
「どう? かなりの優良物件でしょ?」
「うん……そだね……」
嬉しそうな顔の母が口にした『優良物件』という言葉。まるで物みたいに言うんだ……と、ほのかは違和感を感じて胸の奥がモヤモヤとする。
──いや。以前のほのかなら、そんなことは感じなかったかもしれない。
しかし今は──お付き合いする相手のことを物のように表現することに、なぜだかとてもひっかかるものを感じた。
「で、いつにする?」
「なにが?」
「なにがって、お見合いする日よ。来週? 再来週?」
「えっ? えっ? えっ? そんな急に言われてもっ……」
そんな具体的な話なのかとようやく認識したほのかは、顔を激しく横に振って慌て始めた。
「なによ、急にって。前から良い人がいたら紹介してもらうよって言ったら、あなた喜んでたじゃない」
「そ、それはそうだけどさぁ……」
「じゃあ、いつにする? お見合い」
「うーん……やっぱいいよ。確かに紹介してもらうって言ってたけど、もっと気軽な感じだと思ってたし。お見合いだなんて重いよ……あたし気が乗らない」
母親はほのかの態度に顔を曇らせた。
母は鋭い圧の視線をほのかに送る。
「気が乗らないってなによ。私はいろんな人に頭を下げて、紹介をお願いしたのよ。それでやっと良い人がいたのに。お願いした人に申し訳なさすぎて、気が乗らないなんて理由で断れないでしょ!!」
思いのほか母親が強い口調で怒りだしたので、ほのかは「ぎょえっ」っとたじろいだ。
「あ、いや、だって……あたしにだって色々都合ってもんが……」
「都合ってなによ! 既にお付き合いしてる人がいるとかだったら仕方ないけど、気が乗らないなんて理由にもならないわよ。私だってあなたのために、あちこち頭を下げてお願いしたんだからね!」
「あ、うん。いるのよ、お付き合いしてる人が……」
ほのかは母親の剣幕に押されて、つい反射的に口から出まかせを言ってしまった。
その場しのぎにもほどがある……と自分でも思うが仕方がない。
「えっ……? そんなの聞いてないわよ!」
母親はよっぽど驚いたようで、目を丸くして裏返った声を上げた。
「だっていちいちママに言う必要ないじゃん。あたしだって大の大人なんだから」
「……」
ほのかの表情を窺うように、母親が真顔で黙ってじっと見つめる。
(ヤバっ! 嘘ってバレてるっ?)
──と、ほのかは焦ったが、とぼけた顔で言い返す。
「なによ?」
「ほのか……ホントに彼氏なんているの?」
──あああああ、やっぱりバレてるぅ!?
なんとか信じ込ませなきゃぁーっ!!
と、ほのかは心の中で絶叫した。
「い、いるよっ! なんで疑うのよっ?」
「彼氏がいる女の子が、せっかくの日曜日に家でこんなにゴロゴロしてる?」
「あ、いや、それは、今日は彼氏が用事があるからよ。あたしだって、出かける時には出かけてるでしょ!」
それは本当は女友達相手であったり、一人でぶらぶら出かけたりなのだけれども。
「ふぅーん……なんか怪しいわね」
「怪しくなんかないしっ!」
「なんて人?」
「えっ?」
「名前は?」
明らかに母は疑っている。
ここで名前をどう言おうか考えたりしたら、ますます怪しく思われる。
だからほのかはふと頭に浮かんだ名前を即答した。
「平林君よ!」
いや……つい凛太の名前を即答してしまった。
ほのかは思わず出た名前に自分でも驚いて、別にひらりんのことを好きとかじゃないけどね……と言い訳のように自らに言い聞かせた。
凛太の名前を出してしまって良かったのかとも思うが、今のこの状況を乗り切るためには仕方がない。
(普段接する機会の多いひらりんの名前がたまたま頭に浮かんだだけ。それに名前を出すくらいなら、別に迷惑もかからないし……)
「どこの人?」
「そこまで言わなきゃダメぇ?」
「いいじゃない。もしもホントに彼氏がいるんだったら、それくらいはママに教えられるでしょ?」
「むぅぅぅ……お、同じ会社の人よ……」
「へぇ、そうなんだ! ママ、全然気づかなかったわよー」
そこで母の顔は、急にパァーっと明るくなった。にんまりと笑っている。
はあっ、ようやく乗り切れた──と、ほのかはホッと気を抜く。
「じゃあその平林君に、今度会わせなさい!」
「へっ……?」
母親の口から飛び出た言葉に、ほのかの全身には再び緊張が走った──
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