第37話:そろそろ本題の話をしましょうか

「それでは平林さん。そろそろ本題の話をしましょうか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 お姉さんのりんさんがそう言うと、氷川さんは「じゃあ私は一旦席を外しますね」と言った。


「えっ……?」

「加賀谷製作所の社長様に関わるお話なので、姉妹と言えども部外者がいると、姉も話せないことがありますので」

「あっ、なるほど」


 さすがきっちりとした氷川さんだ。

 そしてお姉さんは社長秘書。

 きっと情報漏洩に対する意識が高いのだろう。


「加賀谷製作所のお話が終わったら、また私も戻ってきますから」

「はい、わかりました。ホントに申し訳ありません」

「いえいえ。そういうこともあって、待ち合わせ場所をここにしました。姉とのお話し中に、ショッピングモールでお買い物をできますから。だから私のことは気にせず、平林さんはゆっくり姉とお話してくださいね」


 なるほど。お姉さんと話をする俺が、氷川さんを待たせることに気を遣わないよう、そんなことまで考えてくれてるんだ。

 

 凄いな氷川さん。

 美人で仕事ができて、心配りまでしっかりしてくれるなんて。


「お心配り、ありがとうございます」


 俺は感謝の気持ちがデカすぎて、思わず氷川さんに深々と頭を下げた。



 氷川さんが立ち去った後、俺はお店のカウンターでアイスコーヒーを買ってきた。そして氷川さんのお姉さん、凜さんと向かいあってテーブルにつく。


 こうやって改めて凜さんを見ると、ホントに氷川さんとそっくりで、めちゃくちゃクール美人だ。

 双子なんだから似てて当たり前と言えば当たり前だけど、なんだか不思議な気分。


「さて平林さん。加賀谷製作所の社長と直接会って話をしたいということですけど……」


 凜さんは真面目な表情で口を開いた。


「はい。私どもは御社の新規プロジェクトのための人材募集をさせていただきたいと考えているのですが、今のところそのご依頼をいただけていません。そこで社長様に直接、私どもにも依頼をいただけるようお願いをしたいのです」

「なるほど……」


 凜さんは真顔でコクコクと何度かうなずいたあと、急に表情を崩してクスクスッと笑った。


 ──あれ?


 俺、変なことを言ったかな?


「あ、笑ったりしてごめんなさい」

「はぁ……何かおかしなこと、言いました?」

「いえ。蘭から聞いてたとおり、真面目で誠実で一生懸命で熱心な人だなぁ、って思いました」

「あ、そうなんですね」


 凜さんは楽しそうにそう言ってくれた。

 俺は自分の取り柄を、真面目で一生懸命なだけだと思ってるので、まあ良かったかな。


「平林さん。今日は妹のらんの友人である平林さんとたまたまお話しする機会があった……っていうてい・・ですから。そんなビジネス口調じゃなくて、もう少しフレンドリーにしません?」

「あ……はい。わかりました」

「はい、素直でよろしい」


 凜さんは、凜とした表情を崩してニコリと笑った。

 蘭さんもそうだったけど、整ったクールな美人だからツンツンしてるのかと思いきや、凜さんも案外フレンドリーなところがあって驚いた。


 急に出た「素直でよろしい」なんてセリフも、柔らかい表情で言われたから可愛く感じてしまう。


 それにしても確かに、俺の話し方は取引先の人にきっちりと話すような、ビジネスビジネスした口調だった。


「ところで平林さん」

「はい?」

「なぜ加賀谷製作所の社長秘書が氷川という名前だと知ったのですか?」

「ああ、それは……たまたま加賀谷製作所さんに勤める知人がいまして」

「そうなんですね。誰ですか?」

「あ、それは……すみません氷川さん。万が一その知人に迷惑がかかると困るので、名前は伏せさせてください」

「ああ、それはそうですね。こんなことを訊いて、私の方こそすみませんでした」


 氷川さんは、すぐに納得してくれた。

 人の気持ちがわかる人で良かった。


 眉尻を下げて申し訳なさげな表情の凜さんは、テーブルからアイスカフェラテのカップを持ち上げて、ストローに口を付けた。


 クールで整った美人は、こんなちょっとした仕草も絵になるな。ストローに薄く付いたリップのピンク色がなんだかセクシーに感じて、つい目が行ってしまう。


「あ、氷川さん。実はその知人は、良い会社で仕事も楽しいからって言って、俺が加賀谷製作所さんに人材紹介することを勧めてくれたんですよ」

「へぇ、そうなんですね。それは良かったです。良い人材をご紹介いただけそうですか?」

「はい。ご紹介できる人材は何人か候補がありますし、その知人の言葉を聞いて、ぜひご紹介したいって、思ってるんです」

「そうですか。それは心強いですね」


 凜さんのこの言葉は……俺の話を前向きにとらえてくれているってことだろうか?

 もしそうならありがたい。


「ところで平林さんの会社は候補者がいるのに、なぜウチから人材紹介の依頼をもらえてないんですか?」

「えっと……それはですね……」


 凜さんは良い人だと思うけど、加賀谷製作所の社員さんだ。

 あの専務のことを、正直に言ってしまっていいものだろうか?


 俺がちょっと迷っていると、凜さんは軽く苦笑いした。


「専務のせいですよね。だいたい想像がつきます。大丈夫ですよ、正直に言ってくれて」


 あ──この人は信頼できる。

 凜さんの穏やかで誠実な表情と話し方を見て、俺はそう直観した。


 だから専務からの食事の誘いを神宮寺所長が断ったことが原因だと、正直に話した。


「なるほど。そうなんですね。それは大変失礼しました」

「僕の言うことを、信用していただけますか?」

「はい。そんなことだろうと思ってました。でも私は社長秘書ですから、自分の感情がどうであれ、ウチの役員のことを悪く言ったりはしません。仕事では常に自分の感情を押し殺して、上司や同僚と接しています」


 なるほど。さすがは秘書だ。

 普段は自分の感情を出さないようにしているのか。

 だから周りからは、厳しくて冷たく見られているのかもしれないな。


「だけど……」


 ──ん?


 どうしたんだろ?

 凜さんはテーブルに置いてあった紙ナプキンを両手でくしゃっと丸めて、テーブルの上に置いた。


「今日は妹の友人と、たまたまプライベートで出会ってお話をしてるんでした」


 凜さんはそう言うとニヤリと笑った。

 どうしたんだろ?

 面白いおもちゃを見つけたいたずらっ子のような顔。

 そして右手を上げて、そしてテーブルの上の丸めたナプキンに向けて、拳を振り下ろした。


「死ね、バカ専務!」


 ──どんっ!


 という鈍い音と共に、紙ナプキンがくしゃりと潰れた。

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