第36話:氷川さん姉妹はなんと……

◆◇◆◇◆


 翌日、土曜日。


 俺は朝から部屋の掃除や洗濯など、休日のルーチン作業を早めに済ませ、約束の時間に駅前のスペリオール・カフェに向かった。

 まあ私服とは言っても遊びに行くわけではないから、ポロシャツにチノパンという無難な格好にした。


 途中でお洒落な洋菓子屋を見つけて入ってみると、それはもうめちゃくちゃ旨そうな、高級なプリンがあった。いや、商品には『カスタードプディング』と書いてある。


 これ……プリンだよな?

 うーん……なんかわからんけどお洒落だ。

 氷川さんはプリンが好きだってことだし、ちょうど今日のお礼にいい。


 そう思ってよくよく値札を見たら……一個500円!

 たっけ~っ!


 いや。でも今日は休日にわざわざ俺の話を聞いてくれるんだ。

 それくらい太っ腹でいかなくて、どうするんだ。


 よしっ、買おう!

 そう思って、思い切って氷川さんたちへの手土産として、カスタードプディングを2つ買った。

 もちろん俺が自分で食べる用に、もう1個買ったのは言うまでもない。





 カフェに着く直前に、氷川さんから『もう着いたので、先にお店に入って待っています』とショートメッセージが入った。

 俺はカフェに着いて、店内をぐるっと見回す。


 すると4人がけのテーブル席に、女性が二人並んで座っているのが目に入った。

 向こうも俺に気づいたようで、片方の女性が俺に向かって手を挙げてくれた。


 その時店内の男性客から、ボソボソと呟くような声が漏れ聞こえてくる。


「あの美人と待ち合わせてるのは、あの男か……」


 あの男で悪かったな。

 ──なんて頭によぎった時に、続きの言葉が耳に届く。


「あーっ、羨ましいぞ、あの男……」


 ──あ、羨ましがられてるんだな、俺。


 手を挙げてくれた美女は、艶々とした黒髪のロングヘアに、細身の赤ぶち眼鏡をかけている。間違いなく氷川さんだ。


 以前会った時は会社の制服姿だった。

 今日の服装もきっちりとした氷川さんらしい白のブラウスだが、それでもフリルなどデザインが施されたお洒落な感じ。

 やはり私服の氷川さんは前の印象よりも少し柔らかくて、美人がより一層映えて見える。


 なるほど。

 周りの男性客が、美人だ、羨ましいって呟くのも納得だ。

 店内でもかなり目立っている。


 氷川さんが座る席に歩いて近づくと、その隣に座る女性が目に入った。

 それが氷川さんのお姉さんであることは間違いないだろう。


 その女性は艶々と光る黒髪のボブヘアで、細型の黒ぶち眼鏡をした、きりっとした美人。


 あれ……?


 そこには、髪の長さが違うことと、眼鏡の色が赤と黒だということを除けば、まったく瓜二つのクールな超美女が二人並んで座っていた。


 俺が近づくと、氷川姉妹は揃って立ち上がってくれた。二人とも短めのタイトなスカートで、スラッとした脚が眩しい。


「氷川さん。この度はこんな機会を作っていただいてありがとうございます! お休みの日に、本当に申し訳ございません。」


 俺がお辞儀をすると、氷川さんはニコリと微笑んで、隣に立つお姉さんを紹介してくれた。


「いえ、どういたしまして。こちらこそ、せっかくの休みの日にお呼び立てしてごめんなさいね。こちらが加賀谷製作所で社長秘書をしている、双子の姉です」

「はじめまして。氷川ひかわ りんです。妹のらんがお世話になりまして、ありがとうございます」

「ふっ……双子なんですかっ!?」

「「はい、そうですよ」」


 え~っ!?

 なんと、双子の美人姉妹!!


 そして、さすが双子。

 見事にハモっている。


 それにしても氷川さんって、氷川 らんっていう名前だったんだ。

 初めて知った。

 なかなか可愛い名前だ。


 そしてお姉さんは凜。

 ランとリン。

 二人揃って芸能人みたいな可愛い名前だな。


 二人ともクールな感じなのだが、こうやって並んでいると、なんと言うか……

 いや、ホントに美しい。


「あ、はじめまして。リグアドの平林です。妹さんには、こちらの方こそ大変お世話になっていまして……」

「はい、平林さんですね。妹の蘭から、とっても誠実で良い人だと聞いていますよ」

「えっ? そ……そうなんですか?」

「はい。だからこそ、今日はお会いしてお話をお伺いしようかと思いました」

「ひ……氷川さん、ありがとうございます!」


 氷川さん……あ、元々知ってた方の氷川 蘭さん。

 彼女がそんなふうに言ってくれたおかげで、今日のお姉さんとの面談が実現したんだと思うとあまりにありがたくて、思わず蘭さんをじっと見つめてしまった。


「あ、いえ……私は思ったままを姉に伝えただけですよ……おほほ」


 氷川さんは照れ臭いのだろうか。

 ちょっと顔を赤らめて、手を口に当てて、わざと大げさにおほほなんて笑い方をしている。


「あ、これ手土産です。お二人で召し上がってください」


 プディングが入った黄色い紙製の手提げ袋を出した。すると氷川さんは両手をフルフルと横に振る。


「あら、平林さん。そんなお気遣いはいらなかったのに……」

「あ、いえ。来る途中に美味しそうな洋菓子屋を見つけまして。そこで買ったカスタードプディングです」

「ああ、あそこのプディング、美味しいんですよねぇー! でも高いから、めったに買えないんですよ。実は私たち、二人ともプリンが大好きなんですよ」


 氷川さんは頬を緩めてそう言った。

 この手土産、なかなかグッドチョイスだったかもしれない。


「そうなんですか? 実は僕もプリンは大好きでして。だからこれを選びました」

「えっ? じゃあここにいる3人は3人ともプリン好きなんですね、うふふ」


 お姉さんがプリン好きなのは中島情報のおかげでわかっていた。

 心の中で「ありがとー中島!」と叫んだ。だけど妹さんの方も好きだったのは意外だった。

 でも双子だし、食べ物の好みも似ているのかも。


「休みの日に、わざわざ話を聞いてもらうんですから、これくらいのお礼は当然です。ぜひお二人で召し上がってください」


 俺が紙袋をもう一段グイと差し出すと、氷川さんは遠慮がちに受け取ってくれた。


「氷川さん。そんなに遠慮しないでください。大丈夫です。ちゃんと自分が食べる分も買いましたから」


 俺は小さな紙袋に入ったプディングを手に持って、氷川さんに見せてニッと笑った。


「あら、平林さんって、案外お茶目なんですね」


 お姉さんの凜さんが楽しそうに笑顔を見せた。

 そして言葉を続ける。


「それでは平林さん。そろそろ本題の話をしましょうか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 俺が答えると、凜さんは優しく微笑んだ。

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